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カテゴリー「西向きの窓辺」の147件の記事

2019年2月17日 (日)

若者の味方

 土曜の夜、日曜の朝は部屋に籠もって本を読む。休日の、おそらく最も自由な時間をそうやって過ごしているのだから、それが自分にとって「楽しい時間」で「幸福な時間」であることは間違いない。自分が“引き籠もる”要因がもうひとつある。それは「テレビがつまらないこと」。特段、楽しい番組を放送して欲しい訳ではないが、見ていて気分が悪くのであれば避けた方が良い。

 SNSに非常識な動画を投稿する若者が後を絶たない。今日もマスコミは、それらの出来事を社会問題として取り上げている。彼らに同情したり、彼らの肩を持つコメンテーターは、ほぼいない。

 不適切な行為を撮影し、SNSに投稿する人には共通点がある。それは「若者」であることと「アルバイト」であることだろう。人手不足・労働力不足のこの国では、「若者とアルバイト」には相応の比重(重荷、あるいは負担)がかかっている。そのことをマスコミは報道しない。もちろん、「負担があるから動画の投稿が許される」ことにはならない。

 「働き方改革」で、正社員の負担軽減が図られつつある状況下。非正規雇用者やアルバイトのような「すそ野」(あるいは底辺)まで、労働条件改善の波は、どこまで波及しているだろうか。波及などしていない。

 マスコミは「正しい者」の側に立っているが、「弱い者」や「少数派」の側には立っていない。それらの側に立った取材はされず、報道もされない。テレビはスポンサーで成り立っている。動画を上げたバイト店員達が勤務するスポンサー企業は軒並み大企業だ。それらの“下半身”の取材ができるはずもない。

 現在の社会は若者たちが創ったのではない。現在の社会は大人たちが創った。若者たちは「大人たちが創った社会に入ってきた」だけだ。大人たちは「常識でわかるだろう」と言う。では彼らに常識を、いつ・誰が教えたのだろう。教えたとすれば、親や先生や社会を構成する大人たちだろう。教えなかったとすれば、親や先生や社会という大人たちだ。

 常識のない若者に頼らざるえない世の中は、大人が創った。若者たちを嘲(あざけ)る大人たちの姿は、自分には滑稽に、かつ、不思議に思えてならない。なぜならそれは、鏡を見てそこに映る自分自身を嘲笑している姿だと思うからだ。

2018年12月23日 (日)

不穏な空気

 天皇誕生日。陛下は在位中で最後の誕生日となる23日を前に、自身の生涯と自身の御代「平成」を振り返られた。

 多くの叡智と思慮に満ちた言葉の数々。その中で次の一文が名言であり金言。

 「我が国の戦後の平和と繁栄が、多くの犠牲と国民のたゆみない努力によって築かれたものであることを忘れず、戦後生まれの人々にもこのことを正しく伝えていくことが大切であると思ってきました。平成が戦争のない時代として終わろうとしていることに、心から安堵しています」

 一方、週末に報じられたニュースの中には不穏な空気が漂っている。

 ①「国連予算の分担率で、日本はこれまで30年以上に渡ってアメリカに次ぐ2位の予算を負担してきたが、次年度から中国に抜かれ3位に後退する」という事実。これに対し、「日本の経済力の相対的低下と、世界第2位の経済力を持つ中国の成長を印象付けた」という報道。

 ②「政府はクジラ資源の管理を担うIWC(国際捕鯨委員会)から脱退する方針を固めた」という事実。これに対し、「日本の国際機関からの脱退は異例。国際社会から協調軽視との批判を浴びることは必至」という報道。

 ③「政府は韓国海軍の駆逐艦が海上自衛隊の哨戒機に対して火器管制用レーダーを照射(ロックオン)したことに対し、韓国に抗議した」という事実。

 「アジアとの共生」、「世界との協調」は天皇陛下の“遺言”と受け取ったのだが。

2018年12月 4日 (火)

罪刑法定主義

 師走としては記録的な暖かさを記録した今日、お昼のワイドショーでは各局が「東名あおり事故」の裁判員裁判を取り上げていた。

 東名あおり事故 … 2017年6月、神奈川県の東名高速道路上で、あおり運転で停車させた車に大型トラックが追突。停車させられた車から降り、路上にいた夫婦を死なせたとして、26歳の男が危険運転致死傷罪などに問われている。

 ワイドショーの司会を務めるテレビタレントは被害者や遺族側に立ち、被告を厳罰に処すべきと世論を誘導している。世論もそちら側になびいている。

 「罪刑法定主義」 どのような行為が犯罪であるか、その犯罪に対してどのような刑が科せられるかは、あらかじめ法律によって定められることを要するとする原則。これには4つの派生原則 ① 慣習刑法の排除 ② 遡及処罰の禁止 ③ 絶対的不定期刑の禁止 ④ 類推解釈の禁止 がある。

 被告には厳罰を望む。しかし、それは「予め定められた法律の範囲内」で。

 感情で刑罰が決められる世の中は、恐ろしい世の中だ。

 被告は刑務所ではなく、実社会で罪を償うという道がある。そう考える理由は、被告にとってむしろその方が厳罰だと思うからだ。

2018年12月 3日 (月)

炭坑夫とジャーナリスト

 ロシアではジャーナリストの殺害が日常的に起こる。

 国際的な非営利団体「ジャーナリスト保護委員会」(Committee to Protect Journalists:CPJ)によれば、1992年以降、ロシアでは58人のジャーナリストが殺害されている。

 ロシアの新聞記者がインタビューで「炭坑夫が炭坑に入るように、警察官がパトロールに出掛けるように、我々は取材活動を行う」と語っていた。

 彼は炭坑夫と警察官に例えた真意は「ジャーナリストは、炭坑夫や警察官と同じように、その職を全うしようと思えば、命の危険が伴う職業だ」という矜持だ。

 日本の記者やジャーナリストは、新聞社やテレビ会社、メディアの社員という意識の他に「命を賭した仕事である」という認識を持つ人はどのくらいいるだろうか。自称“ジャーナリスト”が大半だろう。

2018年12月 2日 (日)

皇嗣の見識

 秋篠宮文仁親王(以下、親王)が53歳の誕生日を前にした記者会見(22日)の内容が公開され、皇室行事・大嘗祭(だいじょうさい)について、「宗教色が強いものを国費で賄うことが適当かどうか」と述べ、公費で賄うとする政府見解と異なる考えであることを示された。

 大嘗祭は、一世に一回の儀式で、新天皇が世の中の安寧と五穀豊穣を祈る儀式。前回、大嘗祭が行われ、公費支出された際にも「政教分離に反する」という批判が一部にあった。

 親王は来年5月に皇嗣(こうし)となる方。その方が「内廷費(皇室の私費)で賄うべきではないか」と、政府方針に疑義を呈したことが「異例だ」と報道されている。この会見で親王は、自身の家族の婚姻に関する報道についても真摯に穏やかに現状認識を示されていた。

 高いバランス感覚を持った、極めて優れた人物なのだと感心し、感嘆した。

 諸外国との皇室外交等で培われた国際感覚。官舎住まいだった后(きさき)を選ばれた庶民感覚。そして、考え方を異にする者たちへの“市民感覚”。

 今回の発言は異例でもなんでもなく、皇嗣の見識に、政府もマスコミも追いついていないだけだろう。

2018年11月 6日 (火)

亀よさらば

 亀は長寿の代表格のような動物。これには「細胞の代謝が遅い」という生物学的な裏付けがある。亀は「浦島太郎」の伝説や昔話で、主人公を竜宮城に連れて行く。「鶴は千年、亀は万年」のことわざでは、長寿の象徴として扱われ、吉兆の意味を持つ。一方、「のろま」の象徴として扱われ、いくつか亀を用いた侮蔑表現がある。

 人は時に、長寿に肖(あやか)りたいと亀を崇(あが)めてきた。人は時に、のろまな亀を馬鹿にしてきた。

 亀は長寿ゆえ、のろまだからゆえに、常に人の隣にいたのだと思う。

 亀は亀として生きる。亀以上でも、亀以下でもなく。

2018年11月 5日 (月)

螺旋状の循環 2

  27年前、国際文化論の授業では「外国人労働者をどう受け入れるか?」を議論した。労働市場の開放は、一定数の日本人労働者の職業を奪うことが想定された。しかし、その議論も含めて、大きな問題にや社会的な課題には発展しなかった。バブルの後始末に負われた日本の人手不足は、やがて“人余り”となったからだ。

 しかし、今回は経済や景気の波が解決しはしないだろう。少子高齢化の日本では慢性的な人手不足が続くからだ。出入国管理法の改正案を同じ産業界でも温度差があるように感じる。デフレ業種といわれるチェーン展開業種や新業態・新店舗の出店を積極的に進めたい業種、そして、建設業の深夜労働、ホテル業の客室清掃、交代制のシフトを組む製造業などは外国人労働者に頼らざるを得ない現状がある。これまでの「外国人技能実習生」の制度が黒に近いグレーだったことは、自分も目の当たりにしてきた。改正案では受入れ拡大業種として14分野が検討され、これに含まれないコンビニエンスストア業界は追加を希望しているという。一方、労働組合は「進め方が拙速」と懸念を示している。

 「クズネッツの波」が15年~20年で起こるとすれば、バブルの後遺症に悩まされた時間をプラス10年した現在。「コンドラチェフの波」として48年~60年で起こるとすれば、IOT、AIの大規模な技術革新でマイナス10年した現在が景気循環の節目に当たっているように思う。

 時間が経過し、時代が変わり、歴史が繰り返されている。それはまるで螺旋状に。

 但し、その螺旋が「上向き」なのか、「下向き」なのかの判断は“微妙”と言わざるを得ない。

2018年11月 4日 (日)

螺旋状の循環 1

 景気循環には「キチンの波」、「ジュグラーの波」、「クズネッツの波」、「コンドラチェフの波」がある(とされている)。「キチンの波」は在庫投資による40ヶ月の周期、「ジュグラーの波」は設備投資による7年~10年の周期、「クズネッツの波」は建設投資による15年~20年の周期、「コンドラチェフの波」は技術革新による48年から60年の周期とされる。

 11月2日 出入国管理法の改正案が閣議決定。外国人労働者の受け入れ拡大に向け、新しい在留資格を創設する。政府は新制度を来年4月にスタートさせる考え。これに対し野党は「事実上の移民政策だ」として反対する姿勢。制度改革が議論される背景には深刻化する人手不足がある。

 現在の状況が27年前と瓜二つ。そっくりだ。

 27年前。大学4年の秋。就職活動を終えた自分は人生で最も自由な時間を満喫していた。経済上のバブルは崩壊していたが、バブルの余熱は世の中を覆い、蔓延していた。

 アルバイト先の配送センターでは外国人留学生と並んで働いた。全てのアルバイトの中で、最も長く勤務していた“古株”は中国人留学生だった。中東からの留学生は体臭がキツく、それを察知した部門長は、彼に別の仕事を与えた。そのアルバイト先は早朝を除き、ほぼ24時間稼働しているようだった。同じ仕事をいくつかの時間帯で別々の人間が担当していた。夕方、迎えのマイクロバスが最寄り駅に着くと、バスからは勤務を終えたパートの女性たちが降りて来た。その仕事を昼は女性パート、夜間は自分たちのような学生や留学生、そして深夜は外国人労働者が担っていた。

 そんなアルバイト明けの授業に「国際文化論」という時間があった。所属していたゼミでは常に違和感を感じ、居心地が悪かったが、その授業の時間では、大学という存在、大学生という環境に感謝することがあった。担当は専門知識を有する若い講師だった。自由な議論、アカデミックな時間。そこでの議論に結論はなかった。多数派が存在しないのだ。 <続く>

2018年11月 2日 (金)

公共放送(仮)

 最近、にわかに「4K」・「8K」という言葉を見聞きするようになった。4K・8Kは現行の映像規格を超える超高画質映像のこと。現在の4倍から16倍の画素数により、立体感・臨場感ある映像を体感できるようになるという。

 NHKはこの4K・8Kをスーパーハイビジョンと称し、今年12月1日からNHK4K、NHK8Kの放送を開始する。現在の放送が4K・8K規格の映像に変わるわけではない。4K・8K規格の「チャンネル」が増える。

 前回の東京オリンピック時にカラーテレビが国民生活の中に大きく浸透したように、今回の東京オリンピックがこれらの普及に“活用”される。

 NHKの年間受信料は24,770円(最も安価なプラン)。この費用を捻出するために、時給800円の人は31時間働かなければならない。31時間働くということは、1日8時間で4日間を要する。一方でNHK職員の平均給与は1,500万円を超えるという報道もある。

 次世代超高画質映像の開発や放送にかかる設備の費用はこれらの“血税”ならぬ“血受信料”から拠出されている。非正規雇用で年収120万の貧困家庭も、年収1,500万円のNHK職員も、年収1億円の富裕層も、同じ負担を強いられるのが受信料。民間事業者では当たり前になっている放送のスクランブル化は着手される気配がない。

 市民感覚や国民感情、そして生活者の目線を持たない「公共放送(仮)」。超高画質映像がどれほど立体感や臨場感を写し出そうと、「公共放送(仮)」の実態は不透明で、その内実は独自の財源を持った単なる「放送省」だろう。省益、既得権益の塊(かたまり)でしかない。

2018年10月25日 (木)

騙されないで

 長い間、内戦下にあるシリアで拘束されていたフォトジャーナリストが解放された。3年4ヶ月ぶり。彼は抑圧された者に寄り添おうとした稀有なジャーナリスト。しかし、かよわい命を大事にしたいと願う者は、自分のかよわい命も粗末にしないだろう。

 10/2にバブル後の最高値24,448円をつけた日経平均株価。今日の終値は21,268円。前日比▲822円値を下げた。この間、前日比▲915円、▲423円、▲604円の日がある等、荒い値動きになっている。アメリカの金利上昇。金利上昇に伴う住宅市場の伸び率の鈍化。アメリカと中国の貿易戦争の激化。サウジアラビアによるジャーナリスト殺害事件が産油国・中東情勢にも影響を及ぼしている。こんな時、株屋は必ず「業績好調な売られすぎ銘柄の買い時だ」と言うだろう。

 冒頭の話を例えに使うなら、長い間、バブルの後遺症に喘(あえ)いだ日本経済は、ある意味「拘束」状態にあった。そして、アベノミクスによって解放された。しかし、アベノミクスはとうの昔に終わっている。「かよわい命=かよわい資産」を大事すべき。かけがえのない資産を粗末にしないこと。

 世界は「自国至上主義」になってしまった。世界を牽引するリーダー達が、自国第一主義者たちで占められる現状は「第二次世界大戦前と酷似している」という指摘もある。

 アメリカ、中国、ロシア、中東…それらの指導者たちを日本人は批判できない。経済において自国至上主義の引き金を引いたのは、この国の首相だった。彼を選び、彼を信任し続けている姿は、世界から自国第一主義の国と思われているはずだ。

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