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カテゴリー「浜田省吾」の21件の記事

2021年4月11日 (日)

追記・この新しい朝に

 この歌を聴き、この場所にコメントを残す多くの良識ある方々と同じように、私の人生も浜田さんとともにありました。もう40年近く前、14歳の時に「愛の世代の前に」や「僕と彼女と週末に」などを聴いていました。

 「愛の世代とは何なのか」、「約束の地とは何処か」、「一瞬の閃光とは何か」、そして、「なぜ数えきれないほどの魚が打ち上げられていたのか」。14歳の自分には重い宿題のように感じたものでした。

 今の若者たちも、私たちと同じように、お気に入りの音楽を聴き、歌い、それに癒され、励まされているのでしょう。ですが、おそらく、浜田さんのような存在のアーティストには出会えていないのではないか。

 パソコンもスマートフォンも、インターネットもCDさえもなかった。だけど、浜田省吾がいたことで、私たちは恵まれていたと思えるのです。

 「この新しい朝に」を毎日聴いています。毎日口ずさんでいます。朝、歯磨きしながら。昼、パソコン打ちながら。車を運転しながら。夜、お風呂の中で。

 長い坂道の向こうで自分が会いたいのは、浜田さんと浜田さんのライブで盛り上がる浜省ファンの姿です。

2021年3月20日 (土)

この新しい朝に

 この新しい朝に (Music Video) - YouTube

  目深にフードをかぶって走ってる誰もいない通りを

 風は冷たくでも春の気配を微かに感じながら

 ビルの地平を染める新しい太陽 君も見ているかな ささやかな祈りの言葉胸に

 この長い坂道の向こうに広がる景色はまだ見えてはこないけど

 長い坂道の上に広がる空は高く青く深く強く凛と輝いてる

 孤独な心と途切れた未来図を抱えた街が目覚める

 でも人は弱くない そう君も弱くない ただ少し疲れているだけ

 愛する人の寝顔にそっとキスして君は立ち上がる 好きな歌口ずさみ強い意志を胸に

 この長い坂道の向こうに広がる景色はまだ見えてはこないけど

 長い坂道の上に広がる空は高く青く深く強く凛と輝いてる

 辿り着くまで涙は見せない 大丈夫って 大丈夫って 大丈夫だからって

 この長い坂道の向こうに広がる未来はまだ見えないけど

 この長い坂道の向こうに広がる世界はまだ見えてはこないけど

 長い坂道の上に広がる空は高く青く深く強く凛と輝いてる

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 長い間、日本には「戦前・戦後」という時代認識があった。近年は「震災前・震災後」という認識が生活の中に浸透した。そして現在。私たちは「コロナ前・コロナ後」という区分で時代を認識し、それを受け入れざるを得ない。

 誰もが、常に、あらゆる場所で、生活様式の大きな変革を迫られ、それへの対応に苦慮している。そんな不安で、不透明な時代を、この歌が二つに分けたような気がする。浜田省吾の「『この新しい朝に』がない時代とある時代に」。

 暗黒の時間は底を打ち、もう希望しかないのではないか。そう感じさせてくれるような、最大級のパワーをもらった。

 ありがとうございました。

2019年1月17日 (木)

Welcome back to the 70`s

20190117_nhk

2018年11月17日 (土)

金盞香/インディアンサマー

 天候が安定せず、崩れがちな10月と比べて、新潟の11月は穏やかに晴れる日が多い。

 11月17日 七十二候の「金盞香」(きんせんかさく)は立冬の末候。しかし、キンセンカは寒さを感じさせない。金盞は金盞花(キンセンカ ≒ マリーゴールド)とは違い、水仙のことを指す。水仙は冬の花。

 晩秋から初冬にかけて、穏やかで暖かい日が続くことを「小春日和」という。また、欧米圏でも「インディアンサマー」という。日本では春に、(語源となった)北米では夏に例えた違いはあるが、穏やかな日が続く。

 浜田省吾の「MIND SCREEN」(1979年)に「インディアン・サマー」という曲がある。このレコードは様々な理由・経緯から複数の女性作詞家が起用されている。この曲もその中の1曲。

 詞の世界は確かに言葉選びなどに多少の違和感がある「かもしれない」。だがそれは、様々な理由や経緯を知ってから感じたこと。貸しレコード屋の「えるぴい」で借りて聴いていた頃から、その違和感を感じていたかといえば、自信がない。

 詞は「真夏の恋の想い出を、波が押し寄せる渚で回想する」曲。

 しかし、彼のメロディで、彼が歌うことで、「その恋がたったひとつの夏ではなく、最も熱く恋をした人生の夏だったこと」も想起させる。

2018年9月 4日 (火)

「J.BOY」という骨格

20180904 「9月4日」という日付が体に染み込んでいる。それは肉親の誕生日と同じような感覚で。

 1986年9月4日は浜田省吾 「J.BOY」 の発売日だった。32年前だ。

 子供は自分を被写体としては捉えられない。子供が大人になること、少年・少女が大人になることとは、自分を被写体として捉えられ、社会の中の個人として、時には個人を蹂躙する社会を視る客観性を持つことだと思う。

 少年の社会には自分しかいない。歳をとる度、次第に自分は小さくなっていく。しかし、その小ささや儚さに気づくことで、自身の内面を占める自分は、次第に大きくなっていく。

 1986年。18歳の頃、50歳までの人生を想像することはできなかった。しかし、今の人生があの時の延長線上にあることは紛れもない事実。そして、何ひとつ違和感もない。これからも、これまでどおり、何か大きな幸運は訪れないだろう。そして、これまでどおり、大きな不幸も訪れないはずだ。

 「これまでとそう変わり映えしない人生が続く」と思うことは、不幸なことかもしれないし、幸せなことかもしれない。それは、「諦め」でもあるが、同時に「自信」でもある。

 大きくブレないだろうという自信は、この「J.BOY」というレコードが自分の骨格になっているからだ。

2018年8月23日 (木)

晩夏の鐘

 「晩夏の鐘」

 夕日に浮かんでいるシルエット 白い帆の行方を見ている

 ワインのやわらかな酔いに 潮風を肩に感じて

 A LATE SUMMER 過ぎた日々 セピア色の思い出 さざ波のように繰り返す

 微笑み寄り添って 浜辺を歩く老夫婦(ふたり) 黄昏の中溶けてゆく

 静かに鳴り響く晩夏の 鐘の音に見送られて 鐘の音に導かれて

20180823 

 「晩夏の鐘」は「J.BOY」(1986年)の7曲目に入っているインストゥルメンタル曲。

 「J.BOY」(1999年 リミックス・リマスター盤)の19曲目にこの歌詞がついた「晩夏の鐘」が入っている。

 若い頃(とはいっても30歳だが)、「晩夏の鐘」の歌詞は自分にとっては遠い遠い未来のものだった。しかし今では、まるで自分のことを歌っているように感じる。砂浜を歩く夫婦を見つめる側の存在から、見つめられる側になった。

 歌詞の中の風景が未来感だったとすれば、今のそれは現実感に覆われている。

 暦は処暑。しかし、県内は台風によるフェーン現象の影響で過去最高気温を記録。県内で気温40℃超えは初観測とのこと。

2018年7月14日 (土)

絵画としてのバンダナ

20180707_3 ようやく「浜田島」のバンダナを額装。田島照久氏のツィッターで観た銀色のスチール製のフレームがイメージにあったものの、実際はブラウンの木製。

 浜田省吾グッズの定番であるバンダナ史の中で、歴史に残る名品だろう。

2018年3月30日 (金)

Down by the Mainstreet

 15歳の夏は長い夏だった。6月の中旬に部活を引退した後、夏休みまでひと月あった。夏休み直前、仲間4~5人で夜の学校のプールに忍び込み泳いだことがあった。翌日、そのプールでいつものように水泳部が練習している光景が不思議だった。昨日泳いだ夜のプールとはまるで違う場所のように思えた。違うのは時間だけなのに。

 夏休みはたいして受験勉強もせず、9月に行われる体育祭の準備に忙しく過ごした。仲間の何人かは違う何かに興味を持ち始めていた。夏休みを境に、それぞれが歩く人生の方角に視線が向いていた。わずかひと月かふた月前までは体育館でバスケットボールをパスしあい、ドリブルしているだけで、時は流れたが、もうその時計は動かないようだった。

 半年が経ち、春は短い春だった。ちょうど今頃の季節だ。卒業式のあと、別れを惜しむように友達と何度も会った。部活の仲間とは距離ができ、同じクラスの仲間たちと会うことが多くなっていた。

Mainstreet 浜田省吾のアルバム「Down by the Mainstreet」に収録されている「Edge of the knife」では、真夜中の高校のプールに忍び込んだ男女が、水着もつけずに泳ぐシーンが描かれている。 

 自分の年齢と浜田省吾のオリジナルアルバムを併記してみる。

 13歳 愛の世代の前に 14歳 PROMISED LAND 16歳 Down by the Mainstreet 18歳 J.BOY 20歳 FATHER'S SON 22歳 誰がために鐘は鳴る 25歳 その永遠の一秒に 28歳 青空の扉 33歳 SAVE OUR SHIP 37歳 My First Love 47歳 Journey of a Songwriter

 16歳で聴いた「Down by the Mainstreet」は地方の中小都市で生まれた少年たちが主人公だった。最も多感な時期だったからか、詩の中の少年と自分を重ねていた。金属の柵を越えて中学校のプールで泳いだのは1983年だ。「Down by the Mainstreet」は翌年の1984年に発表された。彼は「少年たちが金網を越えてプールに入ること」を知っていた。そして、その場面を歌詞として切り取ることができる。浜田省吾の能力や魅力はそういうところにある。

 彼のアルバムを順位付けすることはできないが「自分の人格形成に最も影響を受けたレコード(CD)」といえば、この「Down by the Mainstreet」になる。「Edge of the knife」は夏の歌で、夜のプールも夏の記憶なのに、自分にとっての「Down by the Mainstreet」は春のちょうど今頃のイメージで記憶されている。

 毎日顔を合わせていたクラスメイトとは卒業を機に会わなくなった。何人かは通学の電車で顔を合わせることがあったが、会話することもなくなっていった。

 あの春休みから34年の歳月が過ぎた。あの日以来、1度も会っていない友人もいる。友人は知人になり、今ではもう他人かもしれない。

2018年2月25日 (日)

Favorite composition

 昨日の続き

 「レイト・フォー・ザ・スカイ」は1974年9月13日に発表されたジャクソン・ブラウンのレコードアルバム(左)

 「タクシードライバー」は1976年2月8日に公開されたマーティン・スコセッシ監督のアメリカ映画(中)

 「愛の世代の前に」は1981年9月21日に発表された浜田省吾のレコードアルバム(右)

 この構図、デザインは自分のストライクゾーン。もちろん、音楽と映画も。

Late_for_the_skyTaxi_driverShamada

2018年1月 9日 (火)

HAMADA ISLAND Ⅴ

200907Hamadaisland_5 2009年7月 横浜の赤レンガ倉庫で第1回が開催された「浜田島」。会場の広場にあったディスプレイの写真が1枚だけ残っていた。

 2018年1月 今回、5会場目の開催で、この試みは一段落と伝えられている(画像はHPから)。昨日が最終日だった。時間はあったが、足が向かなかった。

 この間、8年6ヶ月 = 102ヶ月 = 442週 = 3,100日 = 74,400時間

 自分は、彼の時間に、自分を重ねてみることで、自分の位置を確認してきたような人生だった。彼の弛(たゆ)まぬ足取りは、一時も途絶えることがない。年齢を重ねるほど、そのことがどれだけ難しいことかを知る。