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カテゴリー「浜田省吾」の18件の記事

2018年11月17日 (土)

金盞香/インディアンサマー

 天候が安定せず、崩れがちな10月と比べて、新潟の11月は穏やかに晴れる日が多い。

 11月17日 七十二候の「金盞香」(きんせんかさく)は立冬の末候。しかし、キンセンカは寒さを感じさせない。金盞は金盞花(キンセンカ ≒ マリーゴールド)とは違い、水仙のことを指す。水仙は冬の花。

 晩秋から初冬にかけて、穏やかで暖かい日が続くことを「小春日和」という。また、欧米圏でも「インディアンサマー」という。日本では春に、(語源となった)北米では夏に例えた違いはあるが、穏やかな日が続く。

 浜田省吾の「MIND SCREEN」(1979年)に「インディアン・サマー」という曲がある。このレコードは様々な理由・経緯から複数の女性作詞家が起用されている。この曲もその中の1曲。

 詞の世界は確かに言葉選びなどに多少の違和感がある「かもしれない」。だがそれは、様々な理由や経緯を知ってから感じたこと。貸しレコード屋の「えるぴい」で借りて聴いていた頃から、その違和感を感じていたかといえば、自信がない。

 詞は「真夏の恋の想い出を、波が押し寄せる渚で回想する」曲。

 しかし、彼のメロディで、彼が歌うことで、「その恋がたったひとつの夏ではなく、最も熱く恋をした人生の夏だったこと」も想起させる。

2018年9月 4日 (火)

「J.BOY」という骨格

20180904 「9月4日」という日付が体に染み込んでいる。それは肉親の誕生日と同じような感覚で。

 1986年9月4日は浜田省吾 「J.BOY」 の発売日だった。32年前だ。

 子供は自分を被写体としては捉えられない。子供が大人になること、少年・少女が大人になることとは、自分を被写体として捉えられ、社会の中の個人として、時には個人を蹂躙する社会を視る客観性を持つことだと思う。

 少年の社会には自分しかいない。歳をとる度、次第に自分は小さくなっていく。しかし、その小ささや儚さに気づくことで、自身の内面を占める自分は、次第に大きくなっていく。

 1986年。18歳の頃、50歳までの人生を想像することはできなかった。しかし、今の人生があの時の延長線上にあることは紛れもない事実。そして、何ひとつ違和感もない。これからも、これまでどおり、何か大きな幸運は訪れないだろう。そして、これまでどおり、大きな不幸も訪れないはずだ。

 「これまでとそう変わり映えしない人生が続く」と思うことは、不幸なことかもしれないし、幸せなことかもしれない。それは、「諦め」でもあるが、同時に「自信」でもある。

 大きくブレないだろうという自信は、この「J.BOY」というレコードが自分の骨格になっているからだ。

2018年8月23日 (木)

晩夏の鐘

 「晩夏の鐘」

 夕日に浮かんでいるシルエット 白い帆の行方を見ている

 ワインのやわらかな酔いに 潮風を肩に感じて

 A LATE SUMMER 過ぎた日々 セピア色の思い出 さざ波のように繰り返す

 微笑み寄り添って 浜辺を歩く老夫婦(ふたり) 黄昏の中溶けてゆく

 静かに鳴り響く晩夏の 鐘の音に見送られて 鐘の音に導かれて

20180823 

 「晩夏の鐘」は「J.BOY」(1986年)の7曲目に入っているインストゥルメンタル曲。

 「J.BOY」(1999年 リミックス・リマスター盤)の19曲目にこの歌詞がついた「晩夏の鐘」が入っている。

 若い頃(とはいっても30歳だが)、「晩夏の鐘」の歌詞は自分にとっては遠い遠い未来のものだった。しかし今では、まるで自分のことを歌っているように感じる。砂浜を歩く夫婦を見つめる側の存在から、見つめられる側になった。

 歌詞の中の風景が未来感だったとすれば、今のそれは現実感に覆われている。

 暦は処暑。しかし、県内は台風によるフェーン現象の影響で過去最高気温を記録。県内で気温40℃超えは初観測とのこと。

2018年7月14日 (土)

絵画としてのバンダナ

20180707_3 ようやく「浜田島」のバンダナを額装。田島照久氏のツィッターで観た銀色のスチール製のフレームがイメージにあったものの、実際はブラウンの木製。

 浜田省吾グッズの定番であるバンダナ史の中で、歴史に残る名品だろう。

2018年3月30日 (金)

Down by the Mainstreet

 15歳の夏は長い夏だった。6月の中旬に部活を引退した後、夏休みまでひと月あった。夏休み直前、仲間4~5人で夜の学校のプールに忍び込み泳いだことがあった。翌日、そのプールでいつものように水泳部が練習している光景が不思議だった。昨日泳いだ夜のプールとはまるで違う場所のように思えた。違うのは時間だけなのに。

 夏休みはたいして受験勉強もせず、9月に行われる体育祭の準備に忙しく過ごした。仲間の何人かは違う何かに興味を持ち始めていた。夏休みを境に、それぞれが歩く人生の方角に視線が向いていた。わずかひと月かふた月前までは体育館でバスケットボールをパスしあい、ドリブルしているだけで、時は流れたが、もうその時計は動かないようだった。

 半年が経ち、春は短い春だった。ちょうど今頃の季節だ。卒業式のあと、別れを惜しむように友達と何度も会った。部活の仲間とは距離ができ、同じクラスの仲間たちと会うことが多くなっていた。

Mainstreet 浜田省吾のアルバム「Down by the Mainstreet」に収録されている「Edge of the knife」では、真夜中の高校のプールに忍び込んだ男女が、水着もつけずに泳ぐシーンが描かれている。 

 自分の年齢と浜田省吾のオリジナルアルバムを併記してみる。

 13歳 愛の世代の前に 14歳 PROMISED LAND 16歳 Down by the Mainstreet 18歳 J.BOY 20歳 FATHER'S SON 22歳 誰がために鐘は鳴る 25歳 その永遠の一秒に 28歳 青空の扉 33歳 SAVE OUR SHIP 37歳 My First Love 47歳 Journey of a Songwriter

 16歳で聴いた「Down by the Mainstreet」は地方の中小都市で生まれた少年たちが主人公だった。最も多感な時期だったからか、詩の中の少年と自分を重ねていた。金属の柵を越えて中学校のプールで泳いだのは1983年だ。「Down by the Mainstreet」は翌年の1984年に発表された。彼は「少年たちが金網を越えてプールに入ること」を知っていた。そして、その場面を歌詞として切り取ることができる。浜田省吾の能力や魅力はそういうところにある。

 彼のアルバムを順位付けすることはできないが「自分の人格形成に最も影響を受けたレコード(CD)」といえば、この「Down by the Mainstreet」になる。「Edge of the knife」は夏の歌で、夜のプールも夏の記憶なのに、自分にとっての「Down by the Mainstreet」は春のちょうど今頃のイメージで記憶されている。

 毎日顔を合わせていたクラスメイトとは卒業を機に会わなくなった。何人かは通学の電車で顔を合わせることがあったが、会話することもなくなっていった。

 あの春休みから34年の歳月が過ぎた。あの日以来、1度も会っていない友人もいる。友人は知人になり、今ではもう他人かもしれない。

2018年2月25日 (日)

Favorite composition

 昨日の続き

 「レイト・フォー・ザ・スカイ」は1974年9月13日に発表されたジャクソン・ブラウンのレコードアルバム(左)

 「タクシードライバー」は1976年2月8日に公開されたマーティン・スコセッシ監督のアメリカ映画(中)

 「愛の世代の前に」は1981年9月21日に発表された浜田省吾のレコードアルバム(右)

 この構図、デザインは自分のストライクゾーン。もちろん、音楽と映画も。

Late_for_the_skyTaxi_driverShamada

2018年1月 9日 (火)

HAMADA ISLAND Ⅴ

200907Hamadaisland_5 2009年7月 横浜の赤レンガ倉庫で第1回が開催された「浜田島」。会場の広場にあったディスプレイの写真が1枚だけ残っていた。

 2018年1月 今回、5会場目の開催で、この試みは一段落と伝えられている(画像はHPから)。昨日が最終日だった。時間はあったが、足が向かなかった。

 この間、8年6ヶ月 = 102ヶ月 = 442週 = 3,100日 = 74,400時間

 自分は、彼の時間に、自分を重ねてみることで、自分の位置を確認してきたような人生だった。彼の弛(たゆ)まぬ足取りは、一時も途絶えることがない。年齢を重ねるほど、そのことがどれだけ難しいことかを知る。

2017年9月23日 (土)

The Moonlight Cats Radio Show

Whats_going_on 浜田省吾と彼のツアーバンドメンバー(The J.S. Inspirations)が、R&Bの名曲をカバーしたアルバム「The Moonlight Cats Radio Show Vol. 1 ・ Vol. 2」が9月6日に発売された。同日、Vol. 1最後の曲「What’s Going on」のミュージックビデオが公開された。   https://youtu.be/vaywEzsviuU

 マーヴィン・ゲイ(Marvin Gaye)の代表作のカバーはUNHCR(国連難民高等弁務官事務所)が提供する難民の写真が使われている。映像を観て、このカバーアルバムがベテランミュージシャンと共に肩の力を抜いて作られたという形式を取りながらも、骨太な意味を併せ持っていることに気づかされる。

 浜田省吾はシンガーソングライターであるが、彼の本質は詩人であること。そして、ジャーナリスティックな視点を持っていることだと思う。彼は近年、UNHCRとその啓蒙活動に力を貸している。UNHCRは紛争や迫害により難民や避難民となった人々を支援し、その問題解決に向けて活動している国連機関。紛争や迫害を逃れ、家を追われた人の数、移動を強いられた人の数=難民(refugees)は前年比30万人増加し6,560万人いる。その数は過去最多を更新し続けている。

 彼のファンは100%、良識ある人々だ。彼は音楽を通じて、良識ある人々の心を揺さぶることで難民救済を働きかけている。難民問題と無縁ではいられないことを見通しているからだ。

The Moonlight Cats Radio Show Vol. 1

 1. Soulful Strut(Instrumental)  2. My Cherie Amour  3. Mercy, Mercy, Mercy  4. You’ve Really Got a Hold on Me  5. Will You Still Love Me Tomorrow  6. What’s Going on

The Moonlight Cats Radio Show Vol. 2

 1. The in Crowd(Instrumental)  2. My Girl  3. The Supremes Medley(Stop! In the Name of Love~You can’t Hurry Love)  4. Crazy Love  5. This Boy  6. Ain’t No Mountain High Enough

2017年4月29日 (土)

「誓い」という出合い

Dsc_0438 一昨年、2015年(平成27年)4月29日にリリースされた、浜田省吾10年振りのオリジナルアルバム「Journey of a Songwriter ~旅するソングライター~」

 最後の17曲目にある「誓い」

最後まで諦めずに闘った友を 小雪舞う初冬の朝 仲間と見送る 陽気な男だった 涙は似合わない 飲もうグラスに無邪気な思い出満たして 弾こうギターに敬う心を託して そして再会の時を今ここに誓う

最後まで案じてたこの国のゆくえ 愚かさの果てにある 悲劇を見据え 遺した志は 世代が引き継ぐ 飲もうグラスに不屈の希望を満たして 弾こうギターに朽ちない理想を託して そして再生の時を今ここに誓う

海に漕ぎ出そう 生まれたところへと 長く短い旅の終わりを祝って 飲もう グラスに無邪気な思い出満たして 弾こうギターに敬う心を託して そして再生の時を今ここに集う すべての心ある仲間と誓う

 人は人生で多くの人と出会い影響を受ける。

 人は人生で多くの本と出会い影響を受ける。

 人は人生で多くの歌と出会い影響を受ける。

 当時、この曲と出合ったことで、決断の詩(うた)になった。

2016年11月11日 (金)

急性声帯炎を案じる

Mainimg13_2 1週間前の金曜日にメール配信された「浜田省吾ツアー 公演延期のお知らせ」に驚いた。「11月5日(土)、6日(日) マリンメッセ福岡にて予定しておりました『ON THE ROAD 2016 “Journey of a Songwriter” since 1976 』は、本人の急性声帯炎、急性咽頭喉頭炎の為、公演を延期させていただくこととなりました」というもの。

 彼は1952年12月生まれ。来月には64歳になる。ライブ・ツアーを活動の根幹とし、少々のことではライブに穴を空けない。そのことは40年のキャリアが証明している。だからこそ、長年のファンは心配する。

 彼が「ライブは一期一会」と口癖のように言うこと。昨年、“Journey of a Songwriter”のリリースがオリジナルアルバムとしては前作“MY FIRST LOVE”から10年経過していたことについて、「自分の音楽を記録するために必要な時間だった」と語ったこと。ファンに対し「僕の歌を人生のバックグラウンドミュージックに選んでくれてありがとう」と話すこと。「千里の馬」(下記リンク)のようなエピソードを記していること。

 枚挙にいとまがないが、つまり、彼は“誠実”なのだ。

 これまで、人生の様々なシーンで、彼と彼の歌に励まされたり、癒されたり、気づかされたりしてきたのは、彼がシンガーソングライターであり、詩人であり、更には“ジャーナリスティックな視線”を持っているから。

 多くのファンが彼を想い、慕い、信じてきた。来週、横浜アリーナでのライブが予定されている。横浜で、あるいは次の名古屋で復帰することを願っています。しかし、「声帯、咽頭、喉頭」それぞれの炎症を軽く扱わないで欲しい。

 私と同じように、多くのファンの人生の傍らには、常に、彼のレコードやCDがあった。これからもずっと、彼に存在し続けて欲しいから。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2016/09/post-b87c.html

【追記】本日、延期された福岡公演の開催日程がメール配信された。「横浜で復帰」に前進している証拠と受けとめたい。

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