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カテゴリー「書籍・雑誌」の15件の記事

2020年1月18日 (土)

ロバート・B・パーカー

 2020年1月18日はアメリカの作家、ロバート・B・パーカーの10周忌にあたる。
 2010年1月18日。彼は書斎で死を迎えた。 
 初めて彼の作品を読んだのは昭和60年(1985年)。彼より前から読み続けている作家はいない。自分にとってロバート・B・パーカーは、人生で最もつきあいの長い作家になった。
 彼の死は新聞記事にもなった。彼の作品には多くのファンがいた。
 しかし、その頃の自分は、彼の死を悼むこともなく、いや、もちろん、心の中では自らの時間の流れと重ね合わせ、感傷的になってはいたが、彼の作品を読み返したりすることはなかった。あの頃は、最も多忙だった。
 10周忌だから、という訳ではないが、ようやく彼の晩年の作品を読んでいる。「われらがアウルズ」、「勇気の季節」…他にも、彼の死後に翻訳され、出版された本が何冊かある。
 そんな晩年の本を読んでいると、多少の違和感がある。彼のアイコンとなる代表シリーズ「スペンサー・シリーズ」ではないこともあるが、やはり大きな要因は翻訳者が異なるせいだろう(「スペンサー・シリーズ」の多くを翻訳した菊池光氏は彼よりも4年早く逝去した)。
 違和感と記すと、それは悪い意味に受け取られるかもしれないが、それは自分が言葉を知らないだけだ。
 「勇気の季節」の原題は「The Boxer and the sky」、スペンサー・シリーズ後期の「昔日」の原題は「Now & Then」、「暁に立つ」の原題は「Split Image」。いずれも邦題、つまり翻訳によるタイトルの方が、自分にとって実にシックリくる。

 彼の作品には、知る限りで4名の翻訳者がかかわっている。思えば日本で彼の作品が長らく読まれ続けた理由の1つに、翻訳者の貢献があったことは間違いはない。

 もちろん、それにはパーカーの力量があってこそ。後期の作品には比較的、若者に向けた作品が多い。高齢にしてなお、新境地を開拓したという評価もあるだろう。しかし、ボクシング(ボクシングは彼の作品に度々登場する)に打ち込む少年が主人公の「勇気の季節」に見られるように、少年に語る言葉は、読者と後世に向けた遺言のようでもある。

2018年10月26日 (金)

滑走路

 旧優生保護法のもと、障害者などに不妊手術が繰り返された問題では、「旧」の文字が付されることで、あたかも古い問題であるかのように錯覚する。優性保護法は1948年から1996年まで存在した。ついこの前までの出来事だ。優生保護という法律も言葉も、この上なく破廉恥なのに、人々は「そういうものだ」と素通りして来た。そして、現在進行形で放置し続けている言葉が「非正規」ではないか。

  非正規の友よ負けるなぼくはただ書類の整理ばかりしている

  青空の下でミネラルウォーターの箱をひたすら積み上げている

  うしろ手に携帯電話抜くときにガンマンになった気がする僕は

  青空と発音するのが恥ずかしく なってきた二十三歳の僕

  空だって泣きたいときもあるだろう葡萄のような大粒の雨

  筍のように椅子から立ちあがる昔の僕のような少年

 「歌集 滑走路」 を遺した萩原慎一郎氏は“非正規”の歌人。彼は「非正規雇用」の歌人。「逆境に負けず生きる希望を歌った」と評され、「彼の歌は心を射抜く」と評される。

 しかし、彼は32歳で命を絶った。彼は逆境に負けたのだ。彼を敗者にする社会とは何だろう。そのこと自体が「非正規な社会」の証左だろう。

 彼の歌が心を射抜くとは思わない。彼の歌は心にとどまり、そして、住みつく。それほどの力を持っている。

2018年5月 1日 (火)

日本再興のカギを握る「ソニーのDNA」

20180430 辛口、あるいは激辛評論家と呼ばれる佐高信氏の著作はほぼ買い求める。近著「日本再興のカギを握る“ソニーのDNA”」はソニーからグーグルに転じた辻野晃一郎氏との対談をまとめたもの。

 辻野氏は1957年生まれ。1984年にソニーに入社。「VAIO」の事業責任者等を歴任後、2006年にソニー退社。翌年グーグルに入社し、日本法人代表取締役社長に就任。2010年グーグル退社。アレックス株式会社を創業。

 対談集の帯を引用して紹介する。

 ソニーはかつて“輝ける異端”だった。組織に従順で挑戦しない者が出世し、「個」を犠牲にする日本企業から創造性は生まれない。原子力災害で露(あらわ)になった東京電力の実態、東芝の粉飾決算と巨額損失、シャープの経営危機と外資による買収、三菱自動車や神戸製鋼の不祥事など、大企業病の症状が、いま日本に表出している。これら日本企業が抱える問題は、連続する政治スキャンダルとも決して無縁ではない。「日本病」ともいうべきこの病の進行を食い止めるためには、世間の常識に捉われず、異端であることを厭(いと)わず、自由闊達を標榜し、個を尊重して世界から尊敬され繁栄した、かつてのソニーが育んだDNAが参考になるのではないか。ソニーのカンパニープレジデントやグーグル日本法人社長を経て独立起業した実業家と、多くの企業トップに切り込んできた評論家が「株式会社日本」の病巣に迫る。

2018年4月 1日 (日)

GIVE & TAKE

 組織心理学者 アダム・グラント氏は全米トップのビジネススクール「ペンシルベニア大学ウォートン校」の史上最年少終身教授。彼の著書「 GIVE & TAKE 与える人こそ成功する時代 」 (2014年 三笠書房)

 (本の紹介文から抜粋) 「組織はギバー(人に惜しみなく与える人)、テイカー(真っ先に自分の利益を優先させる人)、マッチャー(損得のバランスを考える人)から成る。他者志向の発想とコミュニケーションが仕事の成功をもたらす。リーダーシップ、営業、交渉、事業の立ち上げ、昇進…あらゆるシーンでこの考え方が役に立つだろう」。

■訪問先企業ではどこもパラノイア(疑心暗鬼)がはびこっている。パラノイアの発生元は「テイカー」(奪う人)。テイカーとは他人とのやり取りにおいて利己的な人。「何をしてもらおうかという意識の人」。反対が「ギバー」(与える人)。他人とやり取りするときの意識が「何をしてあげようかという意識の人」。誰もが「与える時」と 「奪う時」があり、「大体の人を大体においてどう扱うか」という標準がその人のスタイル。大多数の人は「ギブ」と「テイク」の間、つまり「何かしてくれたら私も何かしてあげる」人(マッチャー)を言う。

■会社組織の何千人もの人々を観察し、エンジニアたちに生産性を測ってもらい、医学生の成績表を見たり営業マンの売上を調べるとそれぞれの職業において最低の成績を出したのはギバーだった。仕事が一番遅かったエンジニアは「見返り以上の頼まれごと」をこなしていた人だった。他人がすべき仕事で手一杯になり、自分の仕事が終わらなかったのだ。

■医学部で最も成績が悪かったのは次のような文に共感度が最も高い学生だった。「人のために何かしてあげたい」

■営業で最も売上が低かったのはギバー指数が非常に高い営業マンだった。連絡を取って聞いてみたところ営業マンはこう答えた。「顧客が大切なのでうちの粗悪商品は売りたくない」。

■ギバーはしばしば自己を犠牲にしてしまう一方で組織に改善を起こす人でもある。

■測定可能なあらゆる指標(利益率、顧客満足度、従業員定着率等)は「与える」行為のチームで助け合い、知識を共有し、面倒を見合う頻度が高い組織ほど優れ、営業費の削減にもつながっていた。

■1人のテイカーがいると、1人のギバーがもたらす好影響の2倍から3倍の 悪影響が生じる。効果的な採用やチーム作りにおいてはギバーを登用することではなくテイカーを排除すること。

■ギバーが活躍する環境を作るために最も大事なことは「誰をチームに迎えるかをよく考えて決めること」。当初、生産的な与え合いの文化を築きたければギバーを揃えればいいのだと考えるが、意外にもそれは間違い。1人のテイカーがいると、1人のギバーがもたらす好影響の2倍から3倍の悪影響が生じることがわかった。効果的な採用活動やチーム作りにおいて大切なのはギバーを登用することではなく、【テイカーを排除すること】。

■ギブやテイクは内的な動機という性質が強くその人の価値観や他人に対する意図が表れる。人当たりの悪いギバーは組織で最も過小評価されている。誰も聞きたくないが誰もが聞く必要のある批判的な意見を敢えて言う人。そんな人々をもっと評価するべき。早々と見限るべきではない。

■私たちが忘れがちなもう1種類が致命的な「人当たりのいいテイカー」。いわゆる詐欺師タイプ。表向きはいい顔をするが、裏ではひどい仕打ちをする人はレストランの従業員やタクシーの運転手への接し方を見ていればよくわかる。

■組織からテイカーを駆逐し、安心して周りに助けを求められる環境を整えること。人の力になりつつも自分自身の目標を野心的に追求してもいい文化を作ること。

■「成功とは何か」という考え方も変えられる。「競争を勝ち抜くことよりも、貢献そのものの方が大切なのだ」と。

 今日は「エイプリルフール」だ。しかし、自分はこの本に書かれていることとアダム・グラント教授を信じたい。

2018年1月23日 (火)

TV Bros.

 昨日からの寒波が関東で平成26年以来、4年ぶりの大雪を降らせた。今日からは北陸・東北の日本海側に大雪の予報が出ている。午前中は日が差していたが、徐々に荒れ始め、風を伴った雨は、雷が鳴って雪になった。週末まで続くこの寒波が降らす雪が、この冬の峠になる。

 年末に、20代の頃、「ダカーポ」という雑誌を読んでいたことを、正月に「ニューシネマパラダイス」という映画を見たことを記した。2つの記憶がまた次の記憶を呼び覚ました。それが「TV Bros.」(テレビブロス 東京ニュース通信社)。

 あの頃、2週間分のテレビ番組表と番組案内、芸能・エンタメ情報などを掲載した雑誌が隆盛だった。似たようなテレビ誌が10種類近くあった。「TV Bros.」を発行している東京ニュース通信社は「週刊TVガイド」というこの分野でメジャーなテレビ誌を発売していた。一方、「TV Bros.」は、当時180円という価格で「TVガイド」の廉価版としての位置づけだったが、その中身は独特で、個性的な雑誌だった。

 その独特さは数多くの連載コラムにあった。「このコラムは一体誰のために書いているんだろう」。よくそう思った。端からストライクゾーンに入れる気がなく、アウトコース低めの明らかなボールか、インコース高めの明らかなボール。そんなコラムばかりだった。普通に暮らし、テレビと新聞、一般的な娯楽雑誌からでしか情報がなかったら、到底知る由もないような事柄が、この雑誌には詰め込まれていた。マニアックな音楽、映画、見たことがない誌面レイアウト。有名か無名か、多数か少数かではなく、作品の優劣によって時には酷評を見ることもあった。健全な批評誌の側面を併せ持っていた。自由というより、好き放題に書いているライターの中からは多数の有名コラムニストが生まれた。昨年、「TV Bros.」は創刊30年を超えたという。健全であるからこそ、長生きするのだろう。

2017年12月31日 (日)

ダカーポ

Dacapo 20代の頃、「ダカーポ」(マガジンハウス)という雑誌を読んでいた。あの頃の自分にとって、週刊誌はずいぶん敷居が高い気がしていた。文春や新潮は読む記事がなく、論調にも違和感があった。朝日やサン毎は堅く、ポストや現代はオヤジくさい。写真週刊誌は下世話。「ダカーポ」には適度に硬派な記事があり、それでいて適度に軽く、切り口はやや斜め斬り。毎月2回の発売(第1・第3水曜)で隔週誌であることも自分にマッチしていた。

 その後の形跡を調べてみると「WEBマガジン」として継続していることがわかった。

 <WEBマガジン「dacapo」は1981年に創刊した“現代が3時間でわかる情報誌”「ダカーポ」が生まれ変わったクロスメディアマガジン。2008年にデジタルに移行し、ライフスタイルの最前線の動きを独自の取材でリポートしています>

 しかし、WEBサイトの更新は放置されており、雑誌時代のエッセンスも感じられない。50代が目前になった今は、文春や新潮、ポストや現代、朝日やサン毎の方が、かなり自分と至近距離にある。

 ダ・カーポ(da capo)はイタリア語で「先頭に戻って演奏」を指示する演奏記号。今日は大晦日。「da capo」に従って先頭に戻る時間。

     May the year of 2018 bring you a lot of happiness and smiles.

2017年12月 2日 (土)

<新版>日本語の作文技術

 本屋の文庫本売場で見慣れた黒い背表紙の本を見つけて手にとった。「<新版>日本語の作文技術」。<新版>という文字に惹かれた。本の中身は旧版の一部が削除されただけで、加筆されたものはないようだ。フォントが大きくなり読みやすくなった。

 著者の本多勝一氏は、自分が「人生で影響を受けた5人」の中に入る。本多氏の著作には他の“モノ書き”とは違うルールがある。そのルールは氏の著作のほとんど全て(知っている限り)の表紙をめくった場所に「凡例」として記載されている。

  1.数字の表記は四進法(日本式…数字の3桁ごとではなく、4桁ごとにカンマを打つ)とすること。

  2.人名はその人物が属する国の表記法とすること。

  3.アメリカの国名は合州国と訳し、合衆国と記さないこと。

  4.ローマ字は日本式(訓令式)とし、ヘボン式を排すこと。

  5.外国語の分かち書きのカタカナ表記はナカテン「・」ではなく、二重ハイフン「=」を用いること。

 本多勝一氏は元朝日新聞の記者・ジャーナリスト。本多氏の本を初めて読んだのは今から30年前の1988年頃。19か20の頃。本多氏の本の入り口に、この「凡例」があることは、彼の著作への興味を掻き立てた。なぜなら、本を読むためにそんなルールが適用されるのは初めてだったから。

 ジャーナリストである本多氏に対する評価は様々あるが、自分は1度たりとも「偏っている」と感じたことはない。「本多氏の切り口は真横一文字に水平か、あるいは、一直線に垂直」だと思っている。ほとんどブレない。本多氏は探究的(物事の本質をさぐって見きわめようとすること)な理系人物であり、探求的(あるものを得ようとしてさがし求めること)な文系人物でもある。

 手元にある「日本語の作文技術」は1988年7月の第14刷(朝日新聞社 420円)。「新版」は2015年12月初刷(朝日新聞出版刊 600円+税)。本多氏の著作は多数あるが、この本は後年まで“作文技法の古典”として受け継がれるのではないか。

 旧版には多田道太郎氏(フランス文学者・京都大学名誉教授 1924年12月2日 - 2007年12月2日)の解説文がついている。今日、12月2日が多田氏の誕生日であり、命日でもあること を知り、因縁めいたものを感じた。

2017年7月30日 (日)

夏の本屋/本屋の罪

Img_20170717 休日の本屋には想像以上に客がいた。暑さの中、涼んでいる立ち読み客もいるだろうし、夏休み中ということもあるだろう。本や雑誌を10冊買うとしたら、インターネット経由で購入する割合が9冊か9.5冊。9割以上はネット経由だ。本屋で立ち読みして買うのが王道というか、本来の姿なのかもしれないが、最近のネットでは立ち読みに似た機能もついている。 

 10代、20代の頃、頻繁に本屋に出入りしていた。電車通学していたことも、頻繁に本屋に出入りした理由だった。1時間に1本しかない電車の待ち時間は駅や周辺の本屋で立ち読みするくらいしか時間潰しの方法がなかった。特に夏の本屋は、涼しくて快適な場所だった。 

 夏休みの宿題に読書感想文があった。課題の本は指定されていたのか各自の任意だったのか忘れてしまったが、自分が読んだものは覚えている。中学1年は太宰治の「人間失格」(新潮文庫)。中学2年は夏目漱石の「こころ」(新潮文庫)。中学3年は植村直己の「青春を山に賭けて」(文春文庫)。

 13歳で太宰治はどうなんだろう。少なくとも「人間失格」ではないと思う。14歳で「こころ」もどうか。15歳の植村直己は正解だと思う。これは父の本棚から拝借して読んだ。続けて、「北極圏1万2000キロ」や「極北に駆ける」も読んだ。太宰治や夏目漱石を感想文用の義務としては読んだ(読まされた)が、本を読む権利を行使したのは植村直己だった。植村直己は国民栄誉賞も受賞した登山家・冒険家。その後、自分はドキュメンタリーやルポを好んで読むようになった。その芽生えとなった最初の本になった。

 中1の文化祭で書道で書く文字は自分が決めて良いことになっていた。自分は「桜桃忌」と書いた。太宰治が入水自殺し、遺体が発見された忌日で、奇しくも彼の誕生日でもある6月19日のこと。「走れメロス」は教科書で習った。後年、「斜陽」にも挑んだが、しっくりこなかった。出版社や学校の推薦で提示される選択肢。そのお薦めカードを引いて、終いには桜桃忌などと書いてしまう少年だった。本屋の罪、出版社の罪があるように思う。

 店頭で「新潮文庫の100冊」というボードディスプレイを見かけ、写真に撮った。「新潮社が1976年から毎年夏に行っている文庫本のキャンペーン」ということも調べた。「100冊」に含まれるラインナップは毎年、見直されているという。今年のそれには「人間失格」と「こころ」が入っていた。それどころか、この2冊は日本の文庫本発行冊数の1位と2位を争っているという。それだけ日本人の多くがある程度の年齢で通り過ぎる本ということだろう。

 2017年の100冊を眺めていると、古典的名作は4分の1程度にとどまっている。読んでおくべき本から、読ませたい本(売りたい本・作家)が多数を占めているように感じる。

 人と本には偶然の出会いがあるものだ。最近の本屋は立ち読みもしやすくなった。本屋に出掛けよう。“偶然の出会い”と“涼”を求めて。

2017年7月 1日 (土)

憂国の書

Img_20170701 数日前のベランダ。今年の梅雨は空梅雨かと思っていたら、雨が続いた。今日の降水確率は80%。明日から1週間の降水予報は90%、90%、80%、70%、70%、60%、50%。憂鬱な天気が続いても、梅雨時の雨は必要な雨。“憂国の書”の方が気が滅入る。

 2015年3月27日の「I am not ABE」事件を目撃したのは偶然だった。よく見るニュース番組だったが、毎日欠かさず見ている訳ではなかったからだ。

 2011年に出版された「日本中枢の崩壊」は現役の官僚が実名で著した告発として衝撃的な本だった。出版後、早い時期に読んだ気でいたが、手元の本は第八刷になっている。ベストセラーになってから購入したのだろう。5月に出版して、7月に八刷。当時、ものすごい勢いで売れたことがわかる。

 著者である元通産省官僚の古賀氏は、その後の言動からも「信頼すべき人物」という認識で揺るがない。人物とは逆に、本の読後感は非常に悪いものだった。特に中盤に書かれている官僚組織の風土・文化、悪しき慣習、官僚の思考、行動様式、処世術等々が、吐き気をもよおすほど酷かったからだ。

 古賀氏が新刊「日本中枢の狂謀」を上梓した。相変わらず読後感は最悪だ。綴られている言葉は感情的でなく、煽動するような表現もない。日本中枢=安倍政権が、官僚と財界、そしてマスコミ・ジャーナリズムも巻き込んで「狂謀」(著者の造語)状態にあると分析し、指摘している。

 「国の形が変わる岐路。大戦の反省から、軍隊は持たず非戦を誓った。戦後70年をかけて、国民にそのことが定着した。政府もその方針に沿って国を動かしてきた。しかし、安倍首相は国を守るのに必要なのは軍事力だと考え、軍事費のGDP1%枠を撤廃し、軍事的にも列強の仲間入りを果たしたい。憲法9条にも自衛隊を明記しようとしている。際限なき軍拡が、憲法上の要請になり、国民生活が犠牲になる」と警鐘を鳴らす。

 これは本来、ジャーナリストたちの仕事のはずなのだが…。

 古賀氏は「首相は“サラリーマン・ジャーナリズム”がよく分かっている」と言う。正鵠を射る言葉だ。安倍政権のマスコミ支配は完成している。調査報道と取材を積み重ねるジャーナリストは消滅し、残っているのは、発表報道とニュースリリースを編集するエディターだけだ。

 物事がある一定方向に動き出した時、そのスピードを制御することが難しくなることがある。安倍政権が長期政権となっている現在、肥大・加速を続けているもの、それはアメリカに追従した軍事国家戦略だ。誰も安倍首相が独裁者になり、戦争を始めるとは思っていない。しかし、彼の後に続く者や組織や集団が戦争を始めないという保証はどこにもない。日本の閉鎖的な会社で働いた人なら、身をもってわかるだろう。ワンマン社長を誰も諫(いさ)めることができないことを。物事は意図しない局面を迎えることがある。暴走や独裁を止められなくなる虞(おそれ)がある。再び戦渦の中へ続く道筋を舗装路にしてはいけない。

2017年6月29日 (木)

適度な距離

 仕事の関係上、やむを得ず日本経済新聞を購読していた。同紙は日本経済の情報紙。つまり、「大手企業や上場企業の情報紙」といえる。そういう種類の新聞だから仕方がないのだが、いわゆる提灯記事やバーター記事をよく目にした。ある企業について、経済面で批判的な論調の記事があると、別の面、あるいは数日後に当該企業の宣伝記事が載ったりする。極端な場合には、別面に全面広告があったりする。要するに「持ちつ持たれつの新聞」なのだ。

 日経だけが異なる論陣を張ったということは、25年間記憶がない。唯一あったが、それは自社のスキャンダルに対する反論キャンペーンだった。丹念な取材に拠る骨太な記事や健全な批評は影をひそめ、大企業のニュースリリースに拠る伝聞記事に辟易していた。“経済寄り”の記者は、ジャーナリストというよりもアナリストが書いたような記事になる。政治面も権力・政権側。よく記者クラブ制度の弊害と批判されるが、記者クラブ制やニュースリリースが無くなったら、新聞はどうなるんだろう。白紙になるのか、ページを半分にするか、広告を増やすか。やはり、“大手・上場企業の情報紙”と考えれば納得がいく。但し、そうであれば、購読料は今の半分でいい。

 週刊の経済誌というのがある。ここでも売上1位は、日経ビジネス(日経BP社)。2位が週刊ダイヤモンド(ダイヤモンド社)、3位が週刊東洋経済(東洋経済新報社)のようだ。この順位も企業との癒着度順と考えられないこともない。3位の週刊東洋経済は、発行を続けている週刊誌では日本最古の歴史ある週刊誌。このあたりは「ウィキペディア」の受け売りなのだが、「他の経済誌のように財界経営者寄りに偏ることはなく、大衆の立場から書かれることも比較的多いため、格差社会や労働法制の規制緩和に対しては、批判的な記事も多い」。これには納得できる。また、「四季報の発刊企業であるため、投資家目線での企業情報が充実している」。これにも納得する。

  新聞購読料はだいたい3,000円×12ヶ月=36,000円。経済誌は690円×50冊=34,500円。ほぼ似たようなものだが、定期購読すれば3年で63,000円くらいになる。薦めている訳ではないし、実際、興味を持った週にしか購入しない。大手・上場企業の情報紙を読まされるよりはだいぶマシだし、その程度の「距離」が適切だと思っている。

【補足】更につけ加えるなら、東洋経済新報社が運営するビジネスニュースサイト「東洋経済オンライン」は、余計な個人情報を登録する必要もなく、掲載してある記事の全てが無料で閲覧できる(特に哲学者・中島義道氏の「哲学塾からこんにちは」は珠玉のコラム)。日本経済新聞で欠かさず読んでいたのは“KAZU”三浦知良氏の「サッカー人として」。