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カテゴリー「映画・テレビ」の32件の記事

2022年3月30日 (水)

「ドライブ・マイ・カー」

 最優秀主演男優賞を受賞した俳優が、プレゼンター役のコメディアンを平手打ちするという、歴史に残る出来事があった第94回アカデミー賞で、日本映画「ドライブ・マイ・カー」(濱口竜介監督)が国際長編映画賞を受賞した。

 いつもなら(「いつも」とは、過去に同じ賞を受賞した「おくりびと」や、カンヌ映画祭で最高賞を受賞した「万引き家族」など)映画館に足を運ぶことはなかったが、この映画のいくつかのプロフィールを知って、足が動いた。つまり、心が惹(ひ)かれた。

 「ドライブ・マイ・カー」とは、「ドライブ・マイ・ハート」であり、「ドライブ・マイ・ライフ」ということなのだろう。そのこと自体は、それほど珍しいものではなく、むしろ、ありきたりなテーマ。これは決して批判的な感想ではなく、それはそれでよい。充分だ。

 この映画を観て、多少の重さと多少の嫌悪を覚える人はいるだろう(PG-12指定:Parental Guidance)が、鑑賞後には清涼感さえ漂う。

 言葉の言い回しが文学的なのは原作者の世界観であるし、そのことも含めて、綿密な設計が施された映画だった。

 原作【HARUKI MURAKAMI】 は、おそらく世界中で翻訳本が出版されている数少ない日本人作家。

 主要な舞台【HIROSHIMA】 は、おそらく世界中で知られている日本の都市。

 ある意味“主役”である「マイ・カー」【SAAB】は、車を製造するどの国の観客にも公平だ(SAABは、かつてスウェーデンに存在した自動車メーカー。自動車製造部門は2011年に破産)。

 そして、最も綿密で、挑戦的、核心的、かつ、確信的な設計は「アジアの宥和」だった。

 「ヘイト・スピーチ」に代表される、アジアに漂う不穏な空気感。この国に蔓延し、定着した感もある嫌韓。そうなってから、10年、15年以上になるだろうか。この映画の中では、異なる国の人たちが協力・協業したことで、見事な作品が制作されている。映画のエンドロールではまるで日韓、あるいは日本・アジアの合作映画のように、アジア人俳優・スタッフのクレジットが流れる。

 「ドライブ・マイ・カー」とは、「ドライブ・マイ・ハート」であり、「ドライブ・マイ・ライフ」であり、「ドライブ・マイ・カントリー」という意味だろう。

 「この国、日本は、極東の、この場所で生きていくしかない」というメッセージを受け取った。

 過大な解釈だろうか。

2019年11月 9日 (土)

土曜の夜の映画館

 映画「マチネの終わりに」を観た。この公開されたばかりの映画を観に行ったのには、それなりの理由があった。

 小説「マチネの終わりに」を読んだのは、ちょうど3年前、2016年の今頃だ。証券会社のストラジストが、自身のブログで紹介していた。そこで読んだ“推薦文”のような文章がきっかけだった。

 それなりに良いストーリーだと思ったが、ベストセラーになる過程で、多くの著名人が書評を書いていた。「究極の」とか「珠玉の」とか「史上最高の」とか。これらの言葉の後には「ラブストーリー」と続く。こうなってくると、自分の“ヘソ曲がり根性”が顔を出す。

 映画を観て、いくつかのことを感じたが、この映画自体に関することではなかった。

1.同学年の俳優・福山雅治について。

 若い頃は、この人のヒット曲をカラオケで歌ったこともあった。その後、俳優や写真家など、マルチな才能を発揮しているようだったが、彼の音楽や演技に触れることはなかった。今回、この映画で彼を観て思ったことは「彼は努力の人」ということ。顔や才能には微塵も嫉妬しないが「努力を継続できる人」であることに敬意の気持ちが芽生えた。

2.ひとつ年下の女優・石田ゆり子について。

 彼女の美しさや可愛らしさは述べるまでもない。しかし、彼女の容姿が実年齢と乖離しているかというと、そんなことはないと思う。彼女の魅力は「年齢を重ねたからこその可憐さ」を持っていることだろう。彼女は多くのアドバイスを受け入れ、受け取れる「素直な耳と素直な心」を持っているのだろう。

3.映画「マチネの終わりに」について。

 この映画はギタリスト・薪野聡史のマネージャー役・三谷早苗を演じた女優・桜井ユキのものだった。

 

 土曜の夜の映画館がとても賑わっていたことに驚き、戸惑った。19時からの上映開始の時よりも、21時のロビーの方が、数倍、混んでいた。逃げるように映画館を出たのは、土曜の夜におじさん一人で恋愛映画を観ていたことを、ロビーの人たちに知られたくなかったからだ。

2019年1月14日 (月)

2019年 正月の楽しみ

 正月の楽しみのひとつが「古い映画」を観ること。正月の深夜は古い映画が放送されていたものだったが、近年は若い芸人や地方局が製作した番組などが放送されていて、減少傾向にある。

■ロング・グッドバイ(The Long Goodbye) 1973年アメリカ

 架空の人物で世界で有名な「探偵」といえばシャーロック・ホームズ、エルキュール・ポワロ。フィリップ・マーロウは、それらに次ぐ存在だろうか。レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説を原作とする映画。原作と映画では登場人物は同じでも、ストーリーが省かれたり、作り替えられたりしているようだ。1970年代のアメリカ映画の映像はいつもかっこいい。いくつかのアレンジで流れる「The Long Goodbye」の曲も同様。原作はもちろん、この映画にも影響を受けた文化人は多い。ラストシーン。ジェームズ・スペンサーならば、それが例え映画であっても、裏切った友人を殺さなかっただろう。金田一耕助ならば、頭を掻いて終わっただろう。

■ストレンジャー・ザン・パラダイス(Stranger Than Paradise) 1984年アメリカ

 モノクロの映画で奇怪な音楽が流れる。人生の歯車は多くの場合、ぎこちなく回る。しかし、それが噛み合って、うまく回ることもある。そうだからといって、みんなが幸せになるとは限らない。ほとんどのことは「それほど大きな意味はないのだ」と、気楽になれる。

■ストリート・オブ・ファイヤー(Streets of Fire) 1984年アメリカ

 この作品が1984年のアメリカ映画だったせいで、ずっと抱いていた勝手な先入観があった。ずっとブルース・スプリングスティーンの「闇に吠える街」(Darkness on the Edge of Town)に入っている「ストリート・オブ・ファイヤー」が主題歌だと思い込んでいた。映画の冒頭、「ロックンロールの夢物語」とテロップが現れ、全編のバックにロックミュージックが流れる。物語や時代背景などアメリカ人の心には刺さるのかもしれないが…。

■ボディガード(The Bodyguard) 1992年アメリカ

 映画「用心棒」、刀、そしてサムライと、バブル期の日本が影響力を持っていたことを表すような場面が登場する。若い頃、この映画を最も好きな映画だと話していた時期があった。「男が女性を、愛した女性を守る」というのは、映画に限らず、最も根元的なテーマ。“レイチェル・マロン”がプライベートジェットから駆け降りるラストシーンで「オールウェイズ・ラヴ・ユー」(I Will Always Love You)が流れる。この曲はホイットニー・ヒューストン最大のヒット曲で、「カントリーソングをリメイクしたもの」であることを知った。圧倒的な歌唱力で世界を魅了した歌姫は、もうこの世にいない。ケビン・コスナーはホイットニー・ヒューストンの葬儀で17分間の弔辞を読んだという。若い頃、この映画を最も好きな映画だと話していたことを誇りに思う。

■ディパーテッド(The Departed) 2006年アメリカ

 第79回アカデミー賞作品賞。マーティン・スコセッシ監督初のオスカー受賞作になった。「インファナル・アフェア」(Infernal Affairs 2002年 香港)のリメイクで、日本でも映像化(ダブルフェイス 2012年)された。ラストシーンまで息が抜けない。

■蝉しぐれ 2005年

 原作は藤沢周平氏の代表作「蝉しぐれ」。丹念に作り込むことができた分、出来はドラマ版(2003年)の方がいい。しかし、映画は監督・黒土三男氏の執念の作品。「藤沢氏と蝉しぐれ」への崇敬の念が、映画を美しいものにしている。ドラマ版の主役二人はこの役を足掛かりにし、映画の方は仕事として出演している、美しすぎる二人だった。何度か記しているとおり、ドラマ版で牧助左衛門を演じた勝野洋の演技は素晴らしい。

■必死剣 鳥刺し 2010年

 原作は藤沢周平氏「隠し剣孤影抄」の短編「必死剣鳥刺し」。この小説の主人公は死を覚悟して生きる者。主演の豊川悦司にはオーラが漂っていて、生命力に満ち溢れている。それが仇となって前半は戸惑う。しかし、ラスト10分。壮絶な殺陣のシーンで、その生命力が活きる。

■アゲイン 28年目の甲子園 2015年日本

 「マスターズ甲子園」を題材に親子世代間の葛藤と融和を描いた映画。父親世代を演じた有名な俳優陣は食傷気味なキャスト。対して子供世代の俳優陣は次世代を背負う実力派が出演していたことに驚くほど。浜田省吾が主題歌に応じたのは野球、高校野球へのリスペクト(自身が高校球児だった)だろう。「マスターズ」世代への淡く切ない応援歌。

2018年12月 1日 (土)

朝まで生テレビ

 昨日の深夜に放送された「朝まで生テレビ」の録画を見終わった。それこそ学生の頃は、本当に朝まで見ていた。もう30年近く前になる。

 今回のテーマは「激論!外国人労働者問題と日本の未来」。このテーマは「30年前と一緒だな」と思っていたら、番組HPにそのことが記されていた。

 「朝まで生テレビ」では、1990年の入管法改正を前に「激論!開国 or 鎖国 どうする外国人労働者」(1989年10月)を放送しました。あれから約30年。果たして何がどう変わったのでしょうか。改めて、人口減少の実態、外国人労働者を受入れ、共生している自治体の実状を含め、外国人労働者問題と日本の将来について徹底討論する」(抜粋)

 つけ加えるなら「激論!外国人急増!ドーするニッポン」(1992年1月)の記憶も残っている。

 在日外国人は約264万人(法務省)。これは都道府県人口13位の京都府の人口よりも多い。外国人労働者は約128万人(厚労省)。これは同じく31位の青森県の人口を凌ぐ。長岡のような田舎でも、外国人労働者を見かけることが珍しくなくなった。

 外国人労働者の受入れや処遇、そして外国人の移民問題の本質は、日本の少子高齢・人口減少の問題。彼ら、彼女らの力を借りなければ、この国は生き延びて行くことはできず、国が成り立たない。

 政府が入国管理法の改正を急ぐ大きな理由が、経済界・産業界との“バーター取引”であることは容易に想像がつく。

    http://kasa.air-nifty.com/blog/2016/06/post-feb3.html

    http://kasa.air-nifty.com/blog/2018/11/post-06f8.html

    http://kasa.air-nifty.com/blog/2018/11/2-c9e3.html

2018年11月25日 (日)

ぶらり途中下車のラーメン

 テレビ新潟(TeNY)で毎週日曜11時40分から放送されている「新潟一番サンデープラス」。この番組で定期的に特集・放送されるシリーズ「ぶらり途中下車のラーメン」を楽しみにしている。

 県内のローカル線を丹念に巡り(本当に乗車しているかは不明)、土地土地(駅々)のラーメン店を紹介していく。これまで信越本線編や弥彦線編が放送され、今日は飯山線の3回目だった。

 ラーメンの紹介は各地のミニコミ紙や雑誌、ラーメンを特集した本やクーポン券が付属しているもの等、様々ある。しかし、ラーメンの温度、店や店主の雰囲気などの情報は映像でなければなかなか伝わらない。

 番組で取り上げられる店、ラーメンは誰もが知っているような有名店ばかりではない。家族経営の零細店舗、地道な料理人、“ラーメン職人”たちの姿などが映され、ラーメンを取り上げているようで、実は「人」を描き出している。

 全てのラーメンには、土地の食文化があり、食べてもらうためのアイデアがあり、作り手の歴史と想いがある。少々大げさだが、このシリーズを見ていると食欲よりも幸福感を感じる。

    番組のHP https://www.teny.co.jp/1ban/

2018年9月11日 (火)

峠 最後のサムライ

 越後長岡藩の家老・河井継之助(1827年-1868年)の生涯を描いた小説「峠」(司馬遼太郎 1968年刊)が映画化され、2020年に公開される。「峠」はそれまで名前を知られていなかった河井継之助を世間に広めた作品。発刊以来54年間の累計発行部数は300万部以上にのぼるという。

 映画の監督・脚本は、数々の黒澤明監督作品に携わり、監督としても名作を撮っている小泉堯史氏。河井継之助を演じるのは役所広司。彼は2011年公開の映画「聯合艦隊司令長官 山本五十六 -太平洋戦争70年目の真実-」で山本五十六を演じている。

 キャストは他に(役所広司と師弟関係の)仲代達也、田中泯、香川京子ら。そして永山絢斗、渡辺大、東出昌大という“新潟県にゆかりある”若手俳優もキャスティングされている。

 河井継之助を紹介する文に「惻隠」(そくいん)という言葉が出てくる。「かわいそうに思うこと、同情すること」の意味を持つ言葉。この映画の制作が決定されたのは嬉しいニュースだが、今年公開とならなかったのは残念ことでもある。それは今年が戊辰戦争終結後150年、河井継之助没後150年、「峠」刊行後50年と節目がそろう年であることがひとつ。そして、「惻隠」とは真逆の思想が横行している世の中に問いかけることができただろうという思いがひとつ。

 惻隠の反対語は忖度(そんたく)ではないか?と思う。

    http://kasa.air-nifty.com/blog/cat24082190/index.html

2018年8月15日 (水)

トラック野郎と沖縄

2018_bsugawara 終戦記念日

 先週8月8日、翁長(おなが)沖縄県知事が死去したニュースは「ニュース速報」として流された。これは推測だが、他県の知事が亡くなったとしても「速報」されないだろう。

 県民生活に寄り添い、保守政治家でありながら中央政府に敢然と立ち向かう姿が、度々、ニュースで伝えられていた。自らの死を伝える報道が、「未だ終戦を迎えていない沖縄」を照射した。

 知事死去の速報が流された夜、録画していた「トラック野郎 御意見無用」(1975年)を鑑賞し、本棚から雑誌「現代思想」2015年4月臨時増刊号を抜き出した。「トラック野郎」の主演は菅原文太、「現代思想」の特集は「菅原文太 反骨の肖像」。

 菅原文太(1933年・昭和8年8月16日-2014年・平成26年11月28日)という俳優がいた。芸名のような名前は本名で、「仁義なき戦い」や「トラック野郎」という大ヒットシリーズの主役を張った。

 彼が亡くなる数ヶ月前に沖縄知事選(2014年)で翁長氏の応援演説をする姿を思い出した。

 「沖縄の風土も本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです」。“「トラック野郎と沖縄”は決して無関係ではなかった。

 彼の映画の数々が優れた娯楽作品だったことは言うまでもない。しかし、映画の中の彼がアウトローやアナーキーなヒーローを“完全に演じていただけ”だと知ったのは彼が俳優をセミリタイアした頃だった。自分は“演じていない彼”に興味を持った。

 名優は数多くいる。政治的、主義主張を発言する俳優も少なからずいる。しかし、たいていの場合、彼らは、自分は安全な場所にいることが多い。彼らの言葉が刺さらないのに比べて、菅原文太氏の言葉は腑に落ちた。

 「本来、人の命を養うための営みが、利益や効率を追い求めて、いつの間にか商業や工業のようになってしまった」 

 「暴力映画に出てきた私が言うのもなんですが、命を賭けて戦争に反対しましょう」

 「土そのものが、土を育てる。土に何を与えるかが重要だ」

 そして、この言葉が一番有名だ。

 「政治の役割は二つある。一つは国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これが最も大事です。“絶対に戦争をしないこと”」

 明日16日は菅原文太氏が生きていれば、85歳の誕生日になる。

2018年8月 1日 (水)

就職戦線異状なし

 過酷な夏として記憶に残る夏がある。

 1991年。大学4年の夏は就職活動のためにアルバイトに区切りをつけていた。バブル経済は既に崩壊していたが、就職戦線はまだその余熱の中にあった。

 槇原敬之の「どんなときも。」は映画「就職戦線異状なし」(1991年6月公開。金子修介監督・織田裕二主演)の主題歌で、テレビの映画宣伝や音楽番組などで大量に流され、街で耳にすることも多かった。映画の公開時期と自らの就職活動が重なっていたため、映画そのものの評価はさておき、自分にとってはセンチメンタルな気分になる歌であり映画であることに間違いない。

 当時の就職解禁日が8月1日だった。今日から27年前。一流大学の学生や優秀な学生は内定先から拘束を受けていた。就職解禁日という仕組みは形骸化していた。「ニュースステーション」のキャスター・久米宏氏が、その就職戦線について冷めたコメントをしていた。普段、何も語らない父が珍しく「うちにも大学4年生がいるが、どうなっている」と言った。

 自分が夢を追った就職活動は失敗した。しかし、その活動が評価され、地元の優良企業に内定を得た。

 その夏はお盆を過ぎた頃に東京へ戻り、人生で最も怠惰な毎日を過ごした。たまに鳴る電話の大半はアルバイト先の係長からだった。就職戦線から帰還した自分は、何一つやる気を無くしていた。後期の授業が始まるまでのひと月近くをクーラーのない部屋で昼夜逆転の生活を送った。扇風機は熱風で役に立たず、小型冷蔵庫の扉を開けて涼み、一日に何回もシャワーを浴びて凌いだ。

 今年は間違いなく「最も暑い夏」なのだが、「最も過酷な夏」はあの夏だ。

 今年の就職戦線はどうなのか。しかしもう二度と「就職氷河期」はやってこないだろう。売り手市場が永遠に続くのではないか。そして、氷河期世代がバブル期世代を一方的に敵視する確執や誤解も、やがて解けるだろう。

2018年6月17日 (日)

映像の世紀 独裁者 3人の狂気

 NHK BS 「映像の世紀プレミアム 9 独裁者 3人の“狂気”」を観た。

 「20世紀の世界を恐怖に陥れた3人の独裁者の素顔を描く。ファシズムを生み出し、ローマ帝国の復活を掲げて愛国心を煽ったムッソリーニの元には、全国からラブレターが殺到した。そのムッソリーニにあこがれて独裁政権を築いたヒトラーは他人を信じられず、忠実な青少年団ヒトラーユーゲントの育成と愛犬ブロンディの調教に力を注いだ。そして、ヒトラーと4000万人の犠牲者を出す独ソ戦を繰り広げたソビエトのスターリンは、実の息子が敵軍の捕虜となっても見捨てる冷酷な男だった。独裁者たちは「天使の顔」をして国民の前に現れ、やがて国民を弾圧する「悪魔の顔」をむき出しにした。3人の独裁者たちの“狂気”を描く」 (以上、番組案内から引用) 

 感想は「映像だから真実であるということはない」。

 映像は編集される。字幕は翻訳・意訳される。つまり、映像番組は意図された方向へと導かれる。

 20世紀を“代表”する3人の独裁者。その後の世界に独裁者が続いたことは番組の終盤で触れられた。ファシズムを理解し、憎悪し、人類にとって負の歴史を繰り返さないというメッセージはあった。しかし、その独裁体制は我々の身近にもあった。そのことには1㍉も触れられていない。それは記録番組として未完成だし、ジャーナリズムとしては空振り、歴史としては改竄(かいざん)に近い。

 今年は2018年。1945年に太平洋戦争・第二次世界大戦が終結してから73年が経過した。仮に歴史を1年に1%ずつ塗り替えようとしたら、今年で73%の歴史を塗り替えることが可能だ。もちろん、単純なたし算のような訳にはいかないが、このような映像や記録というのは後世に遺るもの。その意味で、歴史学者100人よりも、映像や記録の作り手1人の方が担う役割が大きいように思う。

2018年6月14日 (木)

映画「万引き家族」

20180614 CSの無料放送日をネット広告で見つけた。元々、麻雀やパチスロなどのギャンブルやVシネマ、雑多なエンタメ番組を放送しているチャンネルだ。数本のアメリカ映画(Vシネマ)を予約して、まとめて流し見するつもりだった。題名も内容も下品で下劣なのに、映画のテーマは夢を追いかける若者の純粋な姿や過去のトラウマに囚われた女性が立ち直っていく様を描いたり、すべての映画がハッピーエンドだった。流し見などできなかった。無料放送だからという意味とは別に、トクした気持ちになった。

 昨日は「手のひら返し」というタイトルをつけたが、今日は自分自身が「手のひら返し」、翻意してみる。同時に同意と祝意、そして賛意を。

 第71回カンヌ国際映画祭で是枝裕和氏が監督した「万引き家族」が最高賞「パルムドール」を受賞した。様々な形で祝意が寄せられる中、是枝氏は文部科学大臣からあった祝意の打診を辞退すると表明した。このことがしばらく波紋を広げていたようだ。

 是枝氏は自身のブログで「受賞を顕彰したいという問い合わせを頂きましたが、全てお断りさせて頂いております」と、それらのすべてを辞退していることを明らかにした上で「顕彰の意味や価値を否定するものではありません。しかし、かつて映画が国益や国策と一体化し、大きな不幸を招いた過去の反省に立つならば、このような平時においても公権力(それが保守でもリベラルでも)とは潔く距離を保つというのが正しい振る舞いなのではないかと考えています」と記した。

 是枝氏の作品は確かテレビ放送で1本見ただけ。たいへんお恥ずかしいのだが配役(キャスト)に馴染めず、これまでは敬遠する映画監督だった。しかし、今回の明確な発信と発言は見事であり、一気に興味を抱かせる監督になった。

 映画監督は映画でこそ評価されるべきで、監督自身も今回の賞や、その後のひと騒動で評価されたり、イメージを持たれることは本意ではないと思う。しかし、自分がそうであるように、多くの人はこう考えるのではないか。「こういう考え方をする映画監督の作品が駄作であるはずはない」と。すでに日本アカデミー賞を受賞している名監督に対して失礼かもしれない。

 自分は「手のひら返し」したい。是枝氏の筋の通ったスタンスとコメントに同意する。これまでのイメージに囚われた思い込みを翻意し、今回の受賞に祝意を。そして、氏の「心の持ちよう」に賛意を示したい。

【追記】是枝氏は6月6日 日本外国特派員協会で行った会見の中で「海外の映画祭で、なぜ日本映画には社会と政治がないのかと言われた。それは、日本の配給会社がしてこなかったからです。日本映画の幅を狭くしている」と持論を展開した。

    http://kasa.air-nifty.com/blog/2018/03/a-few-good-men.html