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2021年3月24日 (水)

平成の三四郎逝く

 衝撃的な訃報だった。1992年のバルセロナ五輪柔道で金メダルを獲得した古賀稔彦氏が亡くなった。53歳。

 少年の頃、柔道をやっていたせいもあって、柔道には思い入れが強い。そもそもの成り立ちから、柔道を「スポーツ」とは捉えられないし、柔道家を「アスリート」とは呼べない。「競技」でもない。

 「礼に始まり、礼に終わる」ことを徹底的に教示される柔道は、勝負同様か、それ以上に礼儀、相手に対する敬意の心が重要とされる。勝負に強い柔道家は枚挙に暇がない。しかし、本当に強い柔道家は少ないものだ。

 「強くなければ生きていけない。優しくなければ生きる資格がない」

 レイモンド・チャンドラーのハードボイルド小説「プレイバック」の中で、主人公・フィリップ・マーロウが言うセリフ。

 真に強い柔道家とは、この言葉が相応しい者をいうのだと思う。

 心技体の強さと優しさを兼ね備えた平成の三四郎。

 自分にとって理想的な柔道家だった古賀氏を、心に残る3つのシーンを回想して送る。

 1990年  体重無差別で争われる全日本選手権で、軽量級の古賀氏が決勝まで勝ち進み、前年の世界選手権・無差別級の覇者である小川直也氏と対戦した姿。「柔よく剛を制す」お手本のような戦いだった。観客は、敗者・古賀に拍手した。

 1992年  左ひざのケガをおしてバルセロナ五輪決勝を戦い、勝利した姿。

 2004年  女子代表コーチとして、アテネ五輪で教え子の谷本歩実が金メダルを獲得し、ともに抱き合って喜んだ姿。

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