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2020年3月

2020年3月21日 (土)

春の嵐

 今年は例年と比べて春の強風、暴風の日が多い。夜中の雷で目を覚ますこともあった。この風が収まると、桜が芽吹く。

 3月も下旬に入り、4月からの新年度に向けて人が動く話を聞く。噂も届く。

 この歳になると、卒業、入学という話よりも、異動、退職の話を耳にする。

 知人の何人かが退職するという話を聞き、その誰もが、2つの辞める理由を持っていることに気づく。

 「表と裏」。2つの理由だ。

 表の理由は「常に美しい」。やりたいことをやるため。新たな次のステージに進むため。子供や親、家族の理由。自分は辞めたくないが、辞めざるを得ない、という理由も美しい。

 一方で、裏の理由は「常に正しい」。人間関係に疲れて。やりがいのない仕事。組織、待遇等への不満。これらの理由は正しい。

 「何一つ手につかず、何のやる気も起きない」、「目標・ノルマのために寝汗をかく」。これらの理由も、辞める理由として正しい。

 今週、森友問題(近畿財務局が国有地を破格の金額で森友学園に払い下げた問題)で2018年3月に自殺した近畿財務局職員の遺書全文が公開された。

 手記の内容は読むに耐えない。彼が清廉・実直で、公僕としての使命感に溢れた人物であったことは容易に推測できる。

 彼は職を辞することで疑惑の責任を転嫁されたかもしれないが、死を回避することはできた。汚名挽回する機会は残されていたはずだ。

 しかし、それを声高に主張するのはよそう。闘う道を選ぶことは、死よりも苦痛かもしれないからだ。

 春の嵐の後に、桜は芽吹く。清廉な花が散った土壌からは清廉な花が咲くだろう。

2020年3月19日 (木)

仕事と体形

 人は体形を持っている。単純に区分すれば、やせ型、標準型、ぽっちゃり型やがっちり型ということになる。

 背の高さによるバランスにもよるし、年齢、性別、職業などの影響も受ける。

 当然、先天的・遺伝的な理由があり、後天的には、食べることや飲むことが好きだとか、体が必要とする以上にたくさん食べることなどが体形に影響する。

 体形は、その人のキャラクターに成り得る。ぼっちゃり型の方が、キャラクターになりやすい。やせている人気キャラはいない。

 欧米などの企業では、太っていることが自己管理力の欠如と捉えられることがあるという。この考え方には、先述した先天的なものの要因があるので全面的には賛成できない。

 しかし、その人の「仕事そのもの」を目の当たりにした時、その評価基準として、体形が一つの参考になり得る。

 ぽっちゃり型とか、がっちり型とかいうのでなく、明らかに巨体・巨漢の人(100キロとか120キロとか。もちろんスポーツ系の人物は除く)がいる。

 そういう人は、食べ物や飲み物の過剰摂取や運動不足という理由もあるが、最大に過剰摂取しているものは「甘え」だと思う。

 「組織の甘い汁を吸っている人物」。自分はそう考えている。

2020年3月14日 (土)

「怒りの葡萄」の時代へ

 ブルース・スプリングスティーンの1995年のアルバム「ザ・ゴースト・オブ・トム・ジョード」(The Ghost of Tom Joad/トム・ジョードの亡霊)を聴くまで、トム・ジョードのことを知らずにいた。

 トム・ジョードはアメリカの作家、ジョン・ スタインベックによって1939年に書かれた小説「怒りの葡萄(ぶどう)」の主人公。この小説でスタインベックは1940年にピューリッツァー賞を受賞した(1962年にはノーベル文学賞を受賞)。

 映画になった「怒りの葡萄」の冒頭で物語の時代背景が説明される。

 ~ アメリカ中部にはダスト・ボウル(Dust Bowl/砂嵐地帯)と呼ばれる乾燥地帯がある。この乾燥がもたらす貧困が、農民の生活を不能なものにした。この物語は自然の猛威と経済変動によって土地を追われ、約束の地と新しい家を求めて長い旅に出る農民一家の物語である ~

 夢と希望の土地・カリフォルニアを目指したジョード一家。だが、彼ら「難民」は郊外のキャンプに収容される。彼らはそこで壮絶な飢えと貧困に遭遇し、カリフォルニアに抱いた幻想は打ち砕かれる。トム・ジョードに代表される難民たちの心に、まるで葡萄の実のように「怒り」が実る。

 新型コロナウイルスに翻弄される世界。その光景は「怒りの葡萄」の背景と似ているように思う。コントロールできないウイルスの猛威と出口の見えない経済の停滞。今年は2020年。世界恐慌は1929年の出来事だと教科書で習った。もし「100年に1度」の出来事が起こっているとすれば、何の不思議もない。

 世界恐慌は小規模な労働集約型の経済活動を資本集約型の仕組みに転換するきっかけになった。“コロナショック”の後、「産業構造や経済・生産活動が以前の水準に戻る」とは到底考えられない。急速なAI化などによって、労働が奪われる大転換点になるような気がする。つまり、我々の世界は、再びトム・ジョードの亡霊を見ることになる。

2020年3月12日 (木)

パンデミックと聖火式

 3月12日の出来事。世界史や日本史の1ページになるような出来事ばかり。

 1.WHOは新型コロナウイルスが「パンデミック」(世界的な大流行)であると宣言した。

 2.ギリシャのオリンピア遺跡のヘラ神殿跡では東京オリンピックの聖火採火式が無観客の中で行われた。

 3.日本では「緊急事態宣言」を可能にする新型インフルエンザ等対策特別措置法改正案が衆院を通過した。「私権制限」を可能とする法案だ。

 4.アメリカのトランプ大統領は新型コロナウイルスの感染拡大防止措置として、英国を除く欧州から米国への入国を30日間停止すると発表した。

 聖火は20日に、日本に到着する。聖火は東日本大震災の被災地を巡った後、国内をリレーされる。聖なる火が国内を回る頃、感染者数を示すグラフが減少に転じることを願うばかり。しかし、現実的にはオリンピックの開催は難しいだろう。

2020年3月 7日 (土)

バスタオルを育てる

 生活必需の中でハンカチやタオル、ふきん、雑巾というのは、取り換え時期が難しい。壊れるということがないからだ。もちろん破れることや汚れることがあるが、タオルやふきんは雑巾として二次使用される。更に雑巾にも1軍と2軍がある。雑巾としての役割を終えても、タイヤ交換の際にタイヤやホイールを拭いたり、ベランダの雨どいを掃除するのに使う。

 同じ理由で難しいのがバスタオルだ。使い古されたバスタオルは色あせて、向こう側が透けて見えるくらいになる。しかし、そのくらいの方が吸湿性が良く、洗濯してもすぐに乾く。使い勝手が良かったりする。こうなるとなかなか交換するタイミングがつかめない。厚手でぬくぬくとした新品のバスタオルは、吸水性が悪く、何回か洗濯をした後でないと役割を果たさない。

 先日、アウトレット店で猫模様のバスタオルを衝動買いした。妻の誕生日プレゼントということにすれば、猫の柄でも許されるだろうという思いもあった。

 別の日、実家に冬タイヤを交換にいった時、母に「いらなくなったタオルや雑巾はないか」と尋ねると、自分が30年前に使っていた古いバスタオルが出てきた。母の病的なほど物持ちが良い。

 古いバスタオルを汚し、捨ててしまうことに気が引けたが、彼(バスタオルのこと)を使用することにした。

 古いバスタオルは最後の務めを果たした。

 猫柄のバスタオルは、しばらくお客様のように扱われ、タペストリーのようにして飾られていたが、今では何度か洗濯され、その実力を発揮し始めたばかりだ。

 古いバスタオルを弔い、新しいバスタオルを育てる。日常の中に輪廻転生がある。

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