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2018年9月 4日 (火)

「J.BOY」という骨格

20180904 「9月4日」という日付が体に染み込んでいる。それは肉親の誕生日と同じような感覚で。

 1986年9月4日は浜田省吾 「J.BOY」 の発売日だった。32年前だ。

 子供は自分を被写体としては捉えられない。子供が大人になること、少年・少女が大人になることとは、自分を被写体として捉えられ、社会の中の個人として、時には個人を蹂躙する社会を視る客観性を持つことだと思う。

 少年の社会には自分しかいない。歳をとる度、次第に自分は小さくなっていく。しかし、その小ささや儚さに気づくことで、自身の内面を占める自分は、次第に大きくなっていく。

 1986年。18歳の頃、50歳までの人生を想像することはできなかった。しかし、今の人生があの時の延長線上にあることは紛れもない事実。そして、何ひとつ違和感もない。これからも、これまでどおり、何か大きな幸運は訪れないだろう。そして、これまでどおり、大きな不幸も訪れないはずだ。

 「これまでとそう変わり映えしない人生が続く」と思うことは、不幸なことかもしれないし、幸せなことかもしれない。それは、「諦め」でもあるが、同時に「自信」でもある。

 大きくブレないだろうという自信は、この「J.BOY」というレコードが自分の骨格になっているからだ。

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