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2018年8月27日 (月)

コンプレックスという金網

 人は多少なりともコンプレックスを持っている。

 「コンプレックス」という言葉を検索すると、いくかの意味が表示されるが、真っ先に出てきた説明が次のもの。

 「精神分析で使われる概念。無意識のなかに抑圧され、凝固し、そのために意識された精神生活に影響を与え、時に強い感動を誘発する観念の複合体をいう」

 「精神分析で使われる概念」というのは初めて知った。「無意識-」以下は見事な説明。「なるほど」と思った。

 コンプレックスは、しばしば劣等感と同じ使い方をされる言葉。しかし、ニュアンスは近いかもしれないが、明らかに違う意味だと考えていた。

 コンプレックスを吐露し、吐露される場面を無数に経験してきた。自分が知る限り、それらのほとんどは「自分自身への不満」を止むにやまれず述べている。自身の現状への不満。それは「(誰かや何かと比較して)劣っている」という認識や感情とは全く違う、別のものだ。自身がそこに「とどまっていること」、「とどまらざるをえないこと」への悔恨や渇望だ。

 コンプレックスがない人がいるとしたら、その人は「自分が正しいと思う場所で暮らしている人」だと思う。しかし、世の中では、それがかなわない人がほとんどを占めている。

 自分にもコンプレックスはある。しかし、それを常々、度々、苦にしていても仕方がない。何より、既に人生の3分の2以上を終えている。

 「凛」としよう。自分に「凛々しくある」こと。そのことが、自分を気楽にする。

 「コンプレックスという金網」を乗り越えて、自分自身の殻、自分自身の枠から外に出よう。その時に自分の姿が見えてくる。そのことが人生と向き合うことになる。

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