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2018年8月

2018年8月31日 (金)

「半世紀」の「半生記」

 「半生」は、文字どおり「一生の半分」の意味。ほかに「ある時まで送ってきた生涯」、「今までの人生」という意味もある。

 「半生記」というのは後半の意味で、ほとんどの半生記は「生涯記」であり、「全生記」であり、つまるところ「人生記」だ。

 藤沢周平氏(1927年-1997年 没年齢69歳)は1994年、67歳の時に「半生の記」を、松本清張氏(1909年-1992年 没年齢82歳)は1966年、55歳の時に同じく「半生の記」を出版している。

 このブログは日々の雑感を書いている。しかし、日々の雑感の中には、物事の見方、捉え方といった価値観や人生観が混在する。

 自分は50歳。つまりこのブログは「半世紀」の「半生記」のようなものだと、最近は思っている。

2018年8月30日 (木)

夏の終わり

 週末は新潟記念(GⅢ 芝2000㍍)。4時に起き、5時に家を出て、6時には指定席の列に並ぶ予定。

 登録馬は14頭。注目は◎ブラストワンピース(父ハービンジャー)。3連勝で毎日杯を制し、日本ダービーで2番人気を背負った馬(5着)。新潟記念が新たな菊花賞路線として確立するために、この馬の好走が条件になる。3歳馬に良いデータは無いが、応援したい。中山金杯を1番人気で制した○セダブリランテスが強敵だが、骨折明けに加え、57.5㌔のハンデ頭がどうか。新潟記念は堅くは収まらないレース。しかし、今年は伏兵馬との力量差が大きいように思う。重賞勝ちの経験がある▲メートルダールとエプソムカップ3着の△グリュイエール、先行馬△マイネルハニーで決着するだろう。

 新潟記念は特別な存在。新潟記念が終われば、新潟の短い夏が終わる。

2018年8月29日 (水)

からやま長岡店

20180825 「鶏の唐揚げ」は、ごはんのおかずでもビールのつまみでも定番、かつ、鉄板。数年前からブームになっている鶏の唐揚げ専門店が、最近、市内に相次いでオープンしている。

 そのうちのひとつ、「からやま」はチェーン店。運営会社は新潟県にゆかりのある企業。今のところ、県内では長岡店のみという状況。

 開店間もないこともあるし、既に常連もいるだろう、店内は「お待ち」状態。唐揚げは店頭販売していて、お土産客(持ち帰り客)も相当数いる。写真は「合い盛り定食(669円・税込)」。普通の唐揚げ2個と赤カリという辛味の唐揚げ2個、計4個の唐揚げにキャベツが添えられている。とろろ昆布のみそ汁も一工夫されているが、テーブルに置かれている付け合わせが「大根のはりはり漬け」と「イカの塩辛」だったことに感動。塩辛好きにはたまらず、これだけで大盛りのごはん1杯を平らげてしまった。揚げたての唐揚げはニンニクが利いた味噌ダレと甘い醤油ダレでいただく。老若男女楽しめる店。

 からやま長岡店 長岡市緑町1-212-1 ℡0258-94-5145 営業時間:10時半~23時(LO:22時半)

2018年8月28日 (火)

経済効果

201808213 上越市の市立水族博物館「うみがたり」は、6月26日のオープンから2ヶ月を待たず入館者数が30万人を突破したと発表した。「開業1年目は入館者数60万人を目指す」としていたから、目標の半分を超えたことになる。尤も7月、8月、9月で、ある程度のメドをつけておきたいところ。「冬のイルカショー」は家族のレジャーには不向きだ。

 お役所用語に「交流人口」がある。流入する観光客のことだが、観光客の増加とは言わずに交流人口の拡大という言い方をする。観光客という響きには経済的な意味(いわゆるお金を落とす人・使う人)がある。一方、交流人口となれば、その意味合いが弱まり、体験的で人的な交流の意味合いを持つ。

 しかし、そもそも少子高齢化の時代に、多額の建設費をかけて水族館を建替した理由は何だろう。初代の水族館が40年前にも同じようなブームを起こし、“夢よもう一度”と考えたのではないか。そもそもの本質が経済的な理由なのだ。

 7月は猛暑だったが、上越市の飲食店などでは売上が増加したと聞いた。「うみがたりの開業効果」という分析だった。水族館を訪れる人の4割は長野県の人だと聞く。海なし県の海の役割は上越市が担っている。8月も酷暑になったが、周辺の事業者は好況だったのではないか。

 写真は「富寿し 直江津店」の「特撰にぎり膳」

2018年8月27日 (月)

コンプレックスという金網

 人は多少なりともコンプレックスを持っている。

 「コンプレックス」という言葉を検索すると、いくかの意味が表示されるが、真っ先に出てきた説明が次のもの。

 「精神分析で使われる概念。無意識のなかに抑圧され、凝固し、そのために意識された精神生活に影響を与え、時に強い感動を誘発する観念の複合体をいう」

 「精神分析で使われる概念」というのは初めて知った。「無意識-」以下は見事な説明。「なるほど」と思った。

 コンプレックスは、しばしば劣等感と同じ使い方をされる言葉。しかし、ニュアンスは近いかもしれないが、明らかに違う意味だと考えていた。

 コンプレックスを吐露し、吐露される場面を無数に経験してきた。自分が知る限り、それらのほとんどは「自分自身への不満」を止むにやまれず述べている。自身の現状への不満。それは「(誰かや何かと比較して)劣っている」という認識や感情とは全く違う、別のものだ。自身がそこに「とどまっていること」、「とどまらざるをえないこと」への悔恨や渇望だ。

 コンプレックスがない人がいるとしたら、その人は「自分が正しいと思う場所で暮らしている人」だと思う。しかし、世の中では、それがかなわない人がほとんどを占めている。

 自分にもコンプレックスはある。しかし、それを常々、度々、苦にしていても仕方がない。何より、既に人生の3分の2以上を終えている。

 「凛」としよう。自分に「凛々しくある」こと。そのことが、自分を気楽にする。

 「コンプレックスという金網」を乗り越えて、自分自身の殻、自分自身の枠から外に出よう。その時に自分の姿が見えてくる。そのことが人生と向き合うことになる。

2018年8月26日 (日)

米山サービスエリアから

201808211201808212

 北陸自動車道 米山SA(下り)展望台から

 写真左 左端の堤防は笠島漁港  写真右 黄色の標識がある道路インターチェンジと国道8号をつなぐ道路

 下りの米山SAはインターチェンジに併設しているが、上りの米山SAは3㌔ほど柏崎寄りに位置している。

 米山(993㍍)は美しい稜線を持つ山だが、SAからは山頂部を覗き見ることができるだけ。古くは米山が越後を上下に区分し、米山から東を「下越後」、米山から西を「上越後」と呼んでいた時期があるという。

2018年8月25日 (土)

未確認の部族

 Unidentified tribe = 未確認の部族

 ブラジルのアマゾンで、先住民の保護にあたっている国立インディオ基金は、これまで確認されていなかった部族の姿を撮影したと発表した。アマゾン奥地、ペルーとの国境付近でドローンを使って撮影された。映像には森の中で弓矢のようなものを持って歩く複数の人の姿が捉えられてる。同基金はこの地域に暮らす「文明から孤立した先住民」の調査を続けている。

 部族はこれまで確認されていなかった“未確認の部族”とみられる。ブラジルには文明から孤立した部族が100余り確認されており、過去には外部との接触が原因で伝染病の流行を招いたことがあることから、直接的な接触をせずに調査している。これらの部族は環境破壊などの影響で存続の危機にあるという。

2018年8月24日 (金)

トワイライトゾーン

20180824

2018年8月23日 (木)

晩夏の鐘

 「晩夏の鐘」

 夕日に浮かんでいるシルエット 白い帆の行方を見ている

 ワインのやわらかな酔いに 潮風を肩に感じて

 A LATE SUMMER 過ぎた日々 セピア色の思い出 さざ波のように繰り返す

 微笑み寄り添って 浜辺を歩く老夫婦(ふたり) 黄昏の中溶けてゆく

 静かに鳴り響く晩夏の 鐘の音に見送られて 鐘の音に導かれて

 

20180823 

 

 「晩夏の鐘」は「J.BOY」(1986年)の7曲目に入っているインストゥルメンタル曲。

 「J.BOY」(1999年 リミックス・リマスター盤)の19曲目にこの歌詞がついた「晩夏の鐘」が入っている。

 若い頃(とはいっても30歳だが)、「晩夏の鐘」の歌詞は自分にとっては遠い遠い未来のものだった。しかし今では、まるで自分のことを歌っているように感じる。砂浜を歩く夫婦を見つめる側の存在から、見つめられる側になった。

 歌詞の中の風景が未来感だったとすれば、今のそれは現実感に覆われている。

 暦は処暑。しかし、県内は台風によるフェーン現象の影響で過去最高気温を記録。県内で気温40℃超えは初観測とのこと。

2018年8月22日 (水)

ヒールジャパン 世界から冷笑される国 4

 8月20日 菅官房長官は2018年の訪日外国人旅行者数が推計で2千万人を突破したことを明らかにした。昨年よりも1ヶ月早く、過去最速の到達。長官は「安倍政権は観光を地方創生の切り札、成長戦略の柱として推進してきた」と述べ、2020年に訪日外国人旅行者数を4千万人にする目標に向けて取組を強化する考えを示した。

 2000年代初頭から日本政府主導の「クールジャパン戦略」が国家プロジェクトとして推進された。これが2020年の東京オリンピックを以てピークを迎える。

 この3日間、①国会議員によるLGBTへの偏見と差別 ②日本代表の破廉恥行為 ③公務員組織の腐敗(障害者雇用数の水増し) ④高校野球の著しい産業化 について記した。

 今夏は他にも、④大学スポーツ界の閉鎖性 ⑤ボクシング協会の異常性 ⑥居合道協会の不正金銭授受 ⑦医学部入試における女子入試差別 ⑧旧優生保護法で行われていた障害者への強制不妊手術 など、日本社会が持つ醜態が露呈した。

 平成の扉が閉まろうとしている今、これらの「社会の悪態」に対する、「社会の態度」が問われていると思う。元凶は「未成熟な社会」。

 国の宣伝予算が縮小すれば、「クールジャパン」“Cool Japan”の後は、「ヒールジャパン」“Heel Japan”の時代になるかもしれない。

 「ヒールジャパン」とは、世界から冷笑される国のことだ。

2018年8月21日 (火)

ヒールジャパン 世界から冷笑される国 3

 夏の高校野球甲子園大会が閉幕した。今年は100回目の記念大会で例年以上に「盛り上げられた」側面がある。おそらく主催者なり後援者なりが、広告代理店などに払う企画宣伝料等の類はこれまでとは違う水準だろう。

 高校野球を「メディアのコンテンツ」と考えた場合、その経済的価値は計り知れない。今年の大会は16日で55試合が組まれている。甲子園大会の放映権料がいくらなのか(あるいは無料なのかもしれない)わからないし、時間帯や曜日、人気チーム、有力な都道府県の代表か否かによって価値は異なるだろう。単純な試算をしてみる。

 1試合1千万円と仮定。55試合で5億5千万円。夏休み16日間放送して1日あたり34百万円は安すぎる。1試合は2時間。1時間あたり1千万として11億円。このあたりが下限。これ以上の経済的価値を持っている。

 実際、このような金銭は動いていないだろうが、それを取り巻く大人たちの世界では試算した額の数倍の金が合法的に動いている。何度も記してきたとおり、「高校野球は産業」だからだ。

 しかし、選手への「出演(出場)料」は支払われないし、最優秀選手という制度や賞金もない。監督や優勝校への賞金もない。産業化・経済化した輪の中の大人たち(あるいは関連企業)にはお金が落ちるのに、完全な主役であるはずの選手・監督・高校にお金は落ちない。

 「そんなものは高校野球に関わる者は誰も求めていない」と批判されるだろうか。

 近年、そして今年、日本社会のメッキが徐々に剥がれ落ち、メッキされた本体の腐食が進み、あるいは、放置されている状況が次々と明らかにされている。

 自分には「高校野球という産業」が、「メッキされた世界」であるように思えてならない。

 【追記】決勝戦が終わった途端、スポーツジャーナリストたちは「選手の肘や肩への負担」を問題視する記事を書き始めた。実際は数日前に書かれており、メディアはこのタイミングでリリースする。これらの批判もまた、予定調和だ。運営日程などには踏み込むが、高校野球そのものには切り込まない。

2018年8月20日 (月)

ヒールジャパン 世界から冷笑される国 2

 インドネシアのジャカルタで行われたアジア大会の男子バスケットボールに出場した日本代表4選手が、公式ウエアを着たまま深夜の歓楽街に立ち入り、買春行為を行った。選手は女性とホテルに行き行為に及んだ際、金銭のやりとりがある買春であったことを認めた。

 国土交通省や総務省など複数の中央省庁が、義務付けられた障害者の雇用割合を42年間にわたって水増しし、定められた目標を大幅に下回っていたとして、政府が調査を始めた。対象外の職員を算入する手法で、国の雇用実態は公表数の半数を下回る可能性がある。1976年に身体障害者の雇用が義務化された当初から恒常的に行われ、不正は常態化していた可能性がある。また、地方自治体でも同様の水増しがあったことがわかった。障害者雇用については、行政機関や企業が一定の割合で障害者を雇うことが法律で義務づけられている。しかし今月に入り、複数の中央省庁が、障害者手帳を持たない軽度の障害者も加え、雇用者数を水増ししていた。県は程度の軽い障害者を優先して雇用する意図は無く、漫然と作業していたことが原因と説明している。

2018年8月19日 (日)

ヒールジャパン 世界から冷笑される国 1

 この夏、国内で起こった最悪の出来事は、7月に起こった西日本豪雨ではないと思う。同じ7月に起こった女性衆議院議員による「LGBT差別発言」が最悪だった。災害からは復興できるが、この差別発言から復興できるかは疑問だからだ。

 「LGBTのために税金を使うことに賛同が得られるものでしょうか。彼ら彼女らは子どもを作らない。つまり生産性がないのです」

 ブログに書き残すことが恥ずかしくなるほどの言葉。

 普通、文章には文脈や脈絡があり、そこだけを切り取っただけでは読めない「行間」がある。しかし、この文章の全ては差別発言で埋め尽くされている。これまでも彼女は、その考えを売文し、それによって自らを売ってきたらしいこともわかった。当然のごとく、彼女は国内外のメディア、有識者、著名人らから批判を受けた。

 しかし、ある人が語ったことこそが本質なのだろうと思うので、ネットの記事を抜粋・引用して掲載する。

 テレビ・コメンテーターなどで知られるR・キャンベル氏(東大名誉教授)は、自身が同性愛者であることを公表した上で、「(同性愛は)当事者からすると、むしろ生を貫く芯みたいなものだと捉える人が多いに違いにありません」とし、「同性愛者、両性愛者、トランスジェンダーの人々をひっくるめて「生産性がないので支援に値しないと議員が発した言葉も、お粗末すぎて、反論する気持ちも起きません」。「積極的に排除はしないが「触れてほしくない」が日本の常識で美風であるなら、改めるべき時期に来ていると私は信じます」

 「(LGBTに関するアンケートで)LGBTが周囲にいないと答える日本人が多いのは、「存在しないということではなく、安心して「いるよ」と言えない社会の仕組みに原因があります。普通に「ここにいる」ことが言える社会になってほしいです」と綴った。

 少数派が生き難い社会。少数派が生き辛い社会。

 LGBTの人々を含めて、彼らや彼女らが普通にいることが社会の当たり前になった時、その時は女性議員の発言が少数派の突拍子もない発言として非難を浴びるだろう。しかし、その「復興」には、まだまだ多くの時間がかかりそうだ。

2018年8月18日 (土)

2018 夏競馬 2

20180818 今日はこの夏2度目の競馬観戦へ。新潟開催は6週間。今日から後半戦。先々週は気温が38度あったが、今日は23~28度と肌寒いくらい。2週間で10~15度も気温が低下して秋競馬観戦のようだった。

 今日は会社の先輩と出掛けた。普段買わない3連単や3連複を買ったのはいつもと違う環境だったからか。馬券は10戦10敗。1-2-4着が3回あって、後半は当たる気がしなかった。こういう日は馬券から撤退することも大切なのだが…。

 それにしても当日発売されるS指定席・A指定席の満席時刻が年々早まっている。土曜よりも日曜、重賞が組まれ、企業の夏休みと重なる週が混む。9月2日は「6時着」でも確保できるかどうか。

2018年8月17日 (金)

猿倉山ビール醸造所(南魚沼市)

20180710 よく仕事で訪れる「魚沼の里」。今夏、以前からあった「八海山泉ビール」を“リブランディング”して、醸造所と飲食施設を併設した「猿倉山ビール醸造所」がオープンした。

 醸造所は山の斜面と建物の屋根が一体化し、里山の地形を活かした建物になっている。ビールを味わう前に、まず、建築物として味わいたい。

 施設内は入口右側が食品・酒類販売のリカーショップ。もちろん八海山も買える。中央がこの施設のメインとなる猿倉山ビールバー。その奥にはガラス越しにクラフトビールの醸造タンクが置かれている。このタンクで醸造されたビールや軽食、そして本格的なジェラートを楽しむことができる。バーを運営する企業は元々ジェラートを手がけており、こちらも魚沼の里を訪れる新たな目的になるだろう。そして、左奥が「さとやベーカリー」。以前の小さな店舗から移転して、買い求めやすくなった。

 と、ここまで記してきたが、クラフトビールもジェラートもパンも食べていない。ハンドルキーパーと一緒に訪れたい。

 猿倉山ビール醸造所 南魚沼市長森193‒1 ℡025-775-7666 営業時間:10時~17時 定休日:元旦

2018年8月16日 (木)

珠玉の言葉

 山口県の山中で行方不明になっていた2歳の男児が68時間ぶりに発見され、保護された。発見したのは大分県から男児捜索のボランティアに訪れた78歳の男性だった。男性が語った珠玉の言葉を記す。

「私は子どもを産んだ覚えはないけど、女の人じゃないけど。だけど、十月十日おなかに入れて命がけで産んでおっぱい飲ませた子どもを、3日、4日って行方不明になっていたら、お母さんは正常ではないと思うんです。だから私はお母さんに見つけたら必ず手渡しで渡すって約束したからね。だから警察官が法律みたいなのがあって、決まりだから渡してくださいって言ったけど、ダメですと言った。約束は守らないけんと思ったから、それを守らせてもらったんです」

「食糧も、寝る場所も自分自身で。これが基本だろうなと思って。現場に来てから、ここの人にいろいろなものを頼ったり、もらったりするのは、私はボランティアとしてしちゃいけないことだなと。自己完結、自己責任。怪我しても自己責任。何があっても自分で責任を取らんほうが悪いと思ってる」

「世の中に重たいものはいっぱいあると思いますけど、人の命よりも重いものはこの地球にはないと思ってるんです。だから、年齢・性別関係なく、自分ができるだけのことはお手伝いさせてもらいたいと思って大分県から来たわけです。(男児を発見)出会わせてくれて、元気で下りられたことは、私は最高の幸せです」

「(救出した男児に対し)もしどこかで元気で大きくなったら、人が喜ぶことをしてあげてと私は伝えたいです。人が悲しむことじゃなくて、人が喜ぶこと。小さくてもいいから人が喜ぶことをしてあげてねと言いたいです」

2018年8月15日 (水)

トラック野郎と沖縄

2018_bsugawara 終戦記念日

 先週8月8日、翁長(おなが)沖縄県知事が死去したニュースは「ニュース速報」として流された。これは推測だが、他県の知事が亡くなったとしても「速報」されないだろう。

 県民生活に寄り添い、保守政治家でありながら中央政府に敢然と立ち向かう姿が、度々、ニュースで伝えられていた。自らの死を伝える報道が、「未だ終戦を迎えていない沖縄」を照射した。

 知事死去の速報が流された夜、録画していた「トラック野郎 御意見無用」(1975年)を鑑賞し、本棚から雑誌「現代思想」2015年4月臨時増刊号を抜き出した。「トラック野郎」の主演は菅原文太、「現代思想」の特集は「菅原文太 反骨の肖像」。

 菅原文太(1933年・昭和8年8月16日-2014年・平成26年11月28日)という俳優がいた。芸名のような名前は本名で、「仁義なき戦い」や「トラック野郎」という大ヒットシリーズの主役を張った。

 彼が亡くなる数ヶ月前に沖縄知事選(2014年)で翁長氏の応援演説をする姿を思い出した。

 「沖縄の風土も本土の風土も、海も山も空気も風も、すべて国家のものではありません。そこに住んでいる人たちのものです」。“「トラック野郎と沖縄”は決して無関係ではなかった。

 彼の映画の数々が優れた娯楽作品だったことは言うまでもない。しかし、映画の中の彼がアウトローやアナーキーなヒーローを“完全に演じていただけ”だと知ったのは彼が俳優をセミリタイアした頃だった。自分は“演じていない彼”に興味を持った。

 名優は数多くいる。政治的、主義主張を発言する俳優も少なからずいる。しかし、たいていの場合、彼らは、自分は安全な場所にいることが多い。彼らの言葉が刺さらないのに比べて、菅原文太氏の言葉は腑に落ちた。

 「本来、人の命を養うための営みが、利益や効率を追い求めて、いつの間にか商業や工業のようになってしまった」 

 「暴力映画に出てきた私が言うのもなんですが、命を賭けて戦争に反対しましょう」

 「土そのものが、土を育てる。土に何を与えるかが重要だ」

 そして、この言葉が一番有名だ。

 「政治の役割は二つある。一つは国民を飢えさせないこと、安全な食べ物を食べさせること。もう一つは、これが最も大事です。“絶対に戦争をしないこと”」

 明日16日は菅原文太氏が生きていれば、85歳の誕生日になる。

2018年8月14日 (火)

過小評価

20180814 1週間前の8月7日、全国高校総合体育大会(インターハイ)のバスケットボール男子で新潟県の開志国際高校が初優勝した。

 開志国際は創部5年目でインターハイを優勝した。決勝まで福岡大附属大濠、北陸、明成という高校バスケの名門・強豪校との対戦を制し、決勝で中部大第一に勝利した。この成績は「完全優勝」といっても過言ではない。

 このニュースは翌日の地元新聞で社会面のトップ扱いだったが、一面は政治経済の記事が載っていた。中学のバスケ界で実績を残したコーチの存在、開校間もないスポーツ高校(失礼か)の強化施策が背景にあるといっても、マスコミの反応を含めた地元の反応は過小評価過ぎる。

 過小評価と考える理由はいくつかあるが、最大の理由が帝京長岡高校の存在だ。開始国際の快挙(優勝)の要因についてコーチは「正直、帝京長岡の存在です」と答えている。帝京長岡と切磋琢磨し、「県代表になることがそのまま全国トップレベルに位置すること」という環境を創出したことは最大の功績だ。

 仮にこの優勝が夏の甲子園大会のものだったら、どんな反応や報道があっただろう。

 数日後。女子ソフトボール世界選手権で日本代表チームが準優勝した記事は見つけるのが難しいくらい。スポーツのトップはプロ野球とインターハイ。ニュースバリューは新聞社の判断なのでアレコレ言っても仕方ないが、チグハグ感が残る。

 経済的・産業的な側面(というか経済や産業そのもの)を持つものだけが、ずっと勝ち続ける。

2018年8月13日 (月)

飼い慣らされた犬

 勝ち目のない自民党総裁選挙に石破茂氏が立候補することを表明した。

 立候補が取り沙汰されたもう1人の政治家は腰が引けたように見えた。宏池会の流れを汲む派閥はそういう人が多い。宏池会は池田勇人が安部首相の祖父・岸信介の兄・佐藤栄作と袂を分かって旗揚げした穏健保守の派閥。このまま憲法改正にも加担するのだろうか。

 「政治は権力闘争。石破氏支持者は選挙後に干される」と政治コメンテーターが解説していた。「この政権はおかしい」と異議を唱える政治家が与党内にいたことを政治解説に携わる者は「光明」として捉えるべきではないか。

 これまでの政権なら2度か3度は引責辞任しなければならない副総理が石破氏の派閥力学・派閥政治への言行不一致を批判していた。この恥知らずな政治家には呆れるばかり。

 石破氏は少数の支持議員、党内無派閥議員、そして党員票による批判票をどれだけ積み上げられるだろう。結果はKO負けかもしれないが、強烈なストレートパンチが総裁のアゴにヒットする可能性は高いと思っている。

 それにしても政治ジャーナリストの腰砕け具合が酷い。犬は餌をもらって飼い慣らされるが、彼らが飼い慣らされるのはなぜだろう。飼い慣らされた政治家を批判できないのは自身の首に鎖が巻かれているからだろう。

2018年8月12日 (日)

餓鬼

 ①東京商工リサーチは銀行の年間平均給与を発表した。トップは5年連続で三井住友銀行(810万円)。2位はスルガ銀行(800万円)だった。スルガ銀行は前年3位から順位を上げた。

 「大手行の給与を超える地方銀行」というのは誰かの金融小説のようで聞こえはいいが、歪(イビツ)なグラフは疑ってみる必要がある。

 ②スルガ銀行のシェアハウス関連融資問題で、行員がダミー会社を次々に設立して融資を拡大させていた実態が明らかになった。ある不動産業者が販売するシェアハウス向け融資を当時の役員が禁じたものの、ある支店長の指示により、実際にはこの業者が販売したシェアハウス案件なのに、ダミー会社を使って別会社の案件と偽って融資を再開。審査部門に見つかると、新しいダミー会社を次々作って、関連融資を続けたという。

 「餓鬼(ガキ)」という言葉が浮かぶ。

 「餓鬼」は常に渇き、常に飢えている。

 彼、彼らは、なぜ渇き、何に飢えていたのか。

 この構図はオウム真理教が犯罪集団に変貌して行った構図と何ら変わらない。

2018年8月11日 (土)

「山の日」に

20180729 写真は先日、久しぶりに訪れた石地海岸。

 夕方だったせいもあるが、人は疎(まば)らだった。数少ない海水浴客も、子供は水着を着ていなかった。ビーチパラソルはひとつも見なかった。浜茶屋・海の家、民宿の大半が営業していない。花火や焚き火の燃えカス、兄や姉が弟や妹を、子供たちが父親を埋めて遊んだ砂山の跡もない。海岸が昔より綺麗に見えたのは、関係者の努力や客のマナーが向上した理由だけではない。 

 夏の休日、「海の日」と「山の日」は経済的な理由から制定されたと思い込んでいる。決して的外れではないだろう。この国ではあらゆる物事が経済的な理由で検討され、決定されるが、必ずしも狙いどおり上手くいくとは限らない。

 元気な中高年層が増えたことで「山」レジャーは盛況。一方で「海」レジャーの衰退が著しい。海水浴場自体の数が激減し、海水浴客も減少の一途だという。少子化の影響が海レジャーを直撃し、高齢化は効果となって山レジャーに恩恵をもたらしている。

2018年8月10日 (金)

ラーメンのろし長岡店(長岡市)

20180728 遠くから見る狼煙(のろし)のように、その存在だけは知っていた。ながめていただけの「ラーメンのろし」に行って来た。

 お昼よりも少し早めに入店したのが正解。土曜日の店内はアッという間にお待ち状態になった。食べたのは写真の「ラーメン肉3枚」(750円)。背脂醤油の濃厚スープ、極太の麺。しっかり噛むことを要求される太いもやし。本格的な厚切りのチャーシュー。

 味とボリュームは若者向け。身近でこんなラーメンが食べられるんだなぁという感想。しょうゆ、汁なし、みそ、塩があり、大盛りや野菜増しも選択できる。650円から食べられるのもいい。チャーシューはごはんのおかずに食べたいタイプ。

 そういえば「のろし」という看板は県内のあちこちで見かける。長岡市内では宮内で見た。確か白根でも、阿賀野でも。どこの店の駐車場も混んでいる印象。コストパフォーマンスが高く、人気店になる理由がわかる。

 ラーメンのろし長岡店 長岡市西神田1-6-8 ℡0258-30-1414 営業時間:11:00~21:00 定休日:火曜

2018年8月 9日 (木)

いつか慰霊の旅へ

 73回目の長崎 原爆投下の日。

 今年の初めだったか、「今年は広島に行きたい」と記したが、どうやら今年は難しそう。夏休みは取れないし、2泊3日の行程も考えたが、およそ850㌔、単純に往復だけで1,700㌔。

 無事に仕事をリタイアして、五体満足でいられたら、最初の夏は慰霊の旅をしたい。8月4日に新潟を出て、8月6日に広島を、8月9日に長崎を。

 今年は長崎の平和式典の報道が広島よりも取り上げられていたように感じた。その理由は国連事務総長として初めてアントニオ・グテーレス氏(第9代国連事務総長 ポルトガル)が長崎の平和祈念式典に参列したから。

 「核保有国は、核兵器の近代化に巨額の資金をつぎ込んでいる。昨年は1兆7千億㌦(187兆円)以上のお金が武器や軍隊のために使われた。これは冷戦終了後、最高の水準。これは世界中の人道援助に必要な金額のおよそ80倍にあたる。核保有国は核軍縮をリードする特別の責任があるが、核軍縮プロセスは失速、停止している。多くの国が核兵器禁止条約を採択したことで、これに対する不満を示している」

2018年8月 8日 (水)

立佞武多祭り(五所川原市)

 東北のお祭りは郷愁を誘うものばかり。青森市、弘前市のねぷた祭りと並び「青森三大佞武多(ねぷた)」の一つ、五所川原市の立佞武多(たちねぷた)祭りは毎年8月4日から8月8日に開催される。

 2013年のゴールデンウィークに訪れた「立佞武多の館」での写真。立佞武多の館は、祭りに出陣する立佞武多を格納してある施設で、スロープ状に造られた通路から立佞武多を下から、上から、横から観覧できる。立佞武多は高さ23㍍、重さ19㌧。その姿は躍動感と重厚感を併せ持ち、まるで魂が宿っているかのような迫力、威圧感を感じる。

 今日8日は祭りのクライマックス。いつか訪れたい。必ず。

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 訪れた2013年は東北大震災から2年後。震災復興を祈願して、鹿嶋大明神が地震鯰を押さえ込んでいる。

 立佞武多の館 青森県五所川原市大町506-10 ℡0173-38-3232 営業時間:9時~19時(季節によって変動あり)

2018年8月 7日 (火)

立秋

20180713 先日、「暑さは峠を越え、折り返し点を迎えたのではないか」と記したが、その通りになった。猛暑の予報は撤回されていないが、次の台風が去れば空気が入れ替わるだろう。

 今日は立秋。夜が涼しくなり、鈴虫が鳴いている。二十四節気は経験則。この日を立秋とした先人の知恵に敬服する。

 「暑さが峠を越え、折り返し点を迎えた」と感じた自分も、相応の、相当の年を食った。

2018年8月 6日 (月)

悪党狩り 2

 1980年に放送された時代劇「悪党狩り」を見ている。藤沢周平氏の「神谷玄次郎捕物控 霧の果て」(当時のタイトルは「出合茶屋」)を原作とするテレビ時代劇。

    http://kasa.air-nifty.com/blog/2018/07/post-14d9.html

 第14話には小林繁次郎という役名で当時、阪神タイガースのエースだった小林繁氏が出演している。江川卓氏とのトレード(「江川事件」)から2年目のシーズンオフ。友情出演というクレジットがついている。エンディング曲は、もんた&ブラザーズの「ばぁにんぐ」。1980年という時代を色濃く投影している。

 この時代劇はほぼダブル主演。物語のクライマックスで2人の剣客が、同心と医者という自身の職責を抛(なげう)って「悪党狩り」を行う。そこで2人は決めゼリフを言う。

 尾上菊五郎(1942-)演ずる北町奉行所 定町廻り同心同心・神谷玄次郎

  「悪党狩りよ。てめぇらのような悪党は生かしておくわけにはいかねぇんだ。地獄の道中手形を渡してやるからありがたく頂戴しな」

 鶴田浩二(1924-1987)演ずる町医者・新村出

  「私は医者だ。人の命を助けるのが仕事。だが、おまえたちは人間ではない。だから死んでもらう」

 毎回、非業の死をとげるのは1人か2人だが、悪党は10人か20人がバッサバッサと「狩られて」しまう。悪事を企むのは権力に眼が眩んだ悪代官か出世欲にかられた小役人。金の亡者となった政商や裏社会の頭領。それらから命令を受けた庶民や下っ端が日々の暮らしのために悪事を働く。

 昨日、今日の新聞にもそれと同じニュースが報道されている。明日も、明後日も、来年も変わらないだろう。

 現代の「悪党狩り」が必要だ。

2018年8月 5日 (日)

2018 夏競馬 1

20180804_2 昨日は今年初めての競馬観戦へ。

 5日の予定を1日繰り上げたのはどうしても現地観戦したい出走馬がいたから。その馬は2017年のダービー馬レイデオロ(父キングカメハメハ)の半弟ソルドラード(父ロードカナロア)だったが、初陣は3着だった。

 今日の新馬戦では2012年の牝馬3冠、GⅠ・7勝馬ジェンティルドンナ(父ディープインパクト)の全妹ドナアトラエンテ(父ディープインパクト)が1着。しかし、今年の桜花賞とオークスを勝ったアーモンドアイ(父ロードカナロア)の半妹ユナカイト(父ヨハネスブルグ)は2着だった。姉も昨年の同じレースで2着だった。

 昨日、観戦したレースの中で今後が楽しみな馬が2頭いた。8レースのダリア賞を勝ったアウィルアウェイ(父ジャスタウェイ)。ダリア賞は例年、出走馬が少なく、レースの勝ち馬はせいぜいファンタジーステークスまでという馬が多い。しかし、アウィルアウェイの母トキオリアリティーはアイルラヴァゲインの半妹、リアルインパクトの半姉、ネオリアリズムの半姉と早熟馬ではない。クラシック路線に乗って欲しい馬。

 写真 M・デムーロ騎手は8R アウィルアウェイでの勝利が今年の年間100勝目だった。プラカードは新潟出身の酒井学騎手。

20180804_10r_2 10レースの信濃川特別を勝ったグロンディオーズ(父ルーラーシップ)はこれで4戦3勝。菊花賞戦線に名乗りを上げた。去年、夏の新潟をステップにポポカテぺトルが菊花賞を3着したように、秋の飛躍が期待される。

 新潟でデビューしたり、条件戦を勝ち上がった馬には、ぜひとも来年以降の新潟記念に帰ってきて欲しい。

 写真 10R 信濃川特別 勝ったグロンディオーズのほか、グレートウォリアー、レーヴドリーブといった良血馬が参戦。 

2018年8月 4日 (土)

ひこうき雲

20180804 海の先に佐渡島がはっきりと見える。泳いでたどり着けそうなくらい。

 まだらな雲のような上に一筋のひこうき雲。そして左上にもひこうき雲。

2018年8月 3日 (金)

2018 長岡花火大会

20180803 “日本のゴッホ”といわれた山下清(1922年(大正11年)3月10日-1971年(昭和46年)7月12日)。彼が制作した「長岡の花火」(1950年)という貼り絵は、彼の作品中、最高傑作といわれている。

 彼が描いた画は長岡花火大会の特徴を見事に捉えていて、とても68年間という時間の経過を感じさせない。

 長岡の花火は最近、「人生観が変わる花火」と一部で言われている。SNS等による拡散効果も良い方向に出ている。ここまで長岡の花火を全国区にした功績は「フェニックス」と名付けられた超大型の花火をラインナップして以降のこと。

 今年から前夜祭は平和祭と名前を変えた。復興・慰霊・鎮魂を前面に押し出すほど、花火大会の産業化が進み、商機が高まるという経済的な好循環が続いている。

 花火の大型化、ショー化。観覧客の受入態勢は年々整備され、会場の改良など、市や関連団体等による施策は「(県外からの)観光客の方を向いている」と揶揄されるほど。 

 もしも現代に山下清が甦(よみがえ)り、フェニックス花火を見たら、彼はどんな画を描くだろう。「フェニックス花火」などは音楽に合わせ、全長約2㌔に渡っておよそ5分の間、花火が打ち上げられる。

 山下清は徴兵を忌避し、自由と平和を愛した。もしかすると彼は「画を描かないかもしれないな」と思う。

 写真は三尺玉。今年の三尺玉は全発が美しかった。

2018年8月 2日 (木)

雨上がりの匂い

 今朝、起きると、道路のアスファルトが濡れていた。ひと月ぶりというのは大げさでも、3週間は雨が降っていなかったのではないか。通勤路では、水を含んだ道路や草木から、雨上がりの匂いがしていた。

 今日からは七十二候の「大雨時行」(たいうときどきふる)。この時期が過ぎると立秋になる。天気予報は科学的だから、まだ猛暑が続くと予報している。一方、先人の知恵の結晶である暦は経験的なもの。夏の暑さは峠を越え、折り返し点を迎えたのではないか。

 長岡花火大会はNHKの特番で昨年に引き続き全国に生放送された。近年、「慰霊祭としての花火」に舵を切って(回帰して)いるが、時代背景とともに人々の心持ちが長岡花火の思想に近づいてきたように思う。

2018年8月 1日 (水)

就職戦線異状なし

 過酷な夏として記憶に残る夏がある。

 1991年。大学4年の夏は就職活動のためにアルバイトに区切りをつけていた。バブル経済は既に崩壊していたが、就職戦線はまだその余熱の中にあった。

 槇原敬之の「どんなときも。」は映画「就職戦線異状なし」(1991年6月公開。金子修介監督・織田裕二主演)の主題歌で、テレビの映画宣伝や音楽番組などで大量に流され、街で耳にすることも多かった。映画の公開時期と自らの就職活動が重なっていたため、映画そのものの評価はさておき、自分にとってはセンチメンタルな気分になる歌であり映画であることに間違いない。

 当時の就職解禁日が8月1日だった。今日から27年前。一流大学の学生や優秀な学生は内定先から拘束を受けていた。就職解禁日という仕組みは形骸化していた。「ニュースステーション」のキャスター・久米宏氏が、その就職戦線について冷めたコメントをしていた。普段、何も語らない父が珍しく「うちにも大学4年生がいるが、どうなっている」と言った。

 自分が夢を追った就職活動は失敗した。しかし、その活動が評価され、地元の優良企業に内定を得た。

 その夏はお盆を過ぎた頃に東京へ戻り、人生で最も怠惰な毎日を過ごした。たまに鳴る電話の大半はアルバイト先の係長からだった。就職戦線から帰還した自分は、何一つやる気を無くしていた。後期の授業が始まるまでのひと月近くをクーラーのない部屋で昼夜逆転の生活を送った。扇風機は熱風で役に立たず、小型冷蔵庫の扉を開けて涼み、一日に何回もシャワーを浴びて凌いだ。

 今年は間違いなく「最も暑い夏」なのだが、「最も過酷な夏」はあの夏だ。

 今年の就職戦線はどうなのか。しかしもう二度と「就職氷河期」はやってこないだろう。売り手市場が永遠に続くのではないか。そして、氷河期世代がバブル期世代を一方的に敵視する確執や誤解も、やがて解けるだろう。

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