2019年5月
      1 2 3 4
5 6 7 8 9 10 11
12 13 14 15 16 17 18
19 20 21 22 23 24 25
26 27 28 29 30 31  
フォト
無料ブログはココログ

« 追憶 / The Way We Were | トップページ | にぼしまじん(村上市) »

2018年4月10日 (火)

土俵と女性

201804081 京都府舞鶴市で開催された大相撲巡業で、挨拶に立った市長が土俵上で倒れた。市長を救命しようとした複数の女性に対し「女性は土俵から下りてください」という場内アナウンスがあった。人命救助という緊急事態であっても「女人禁制」の伝統に縛られた相撲協会に対し批判の声が寄せられた。

 兵庫県宝塚市で開催された大相撲巡業で、挨拶に立った女性市長が「土俵上は女人禁制」とされているため土俵下から挨拶した。「伝統を守りながらも、変えるべきものは変えていくべきではないか」と訴えた。更に「女性の総理大臣が現れた時、土俵にのぼってはいけないのか」と疑問を投げかけた。会場からは拍手が起こった。

 問題は2つある。

 ①差別でなく体質  救命のための咄嗟の行動で女性が土俵に上がるのは当然だろう。あの状態で心臓マッサージを始めた女性は、おそらく医師か看護士か、いずれにしても医療従事者と思われる。土俵に上がったのは女性だが、それは医療従事者として。何ら伝統を踏みにじるものではない。単に相撲協会の教育不足なのだが、この団体の古い体質はあらゆる出来事に対処できていない。

 ②差別でなく伝統  一方で「女人禁制は女性差別」とか「時代に合わない」とする報道や論調があることには驚いてしまう。ヒステリックな社会。「土俵上に女性が上がれないこと」が女性を傷つけているのだろうか。もし市長が傷ついたというのなら、次回から男性であっても土俵下から挨拶すればいい。挨拶は“正常事態”に行われる。女性市長は昨年行われた巡業の際にこの主張を表明しなかったのはなぜだろう?

 伝統とは変えないこと。そのままであることこそが伝統なのだ。伝統とは「変革する勇気」よりも「踏襲する勇気」を指す。「女人禁制」の伝統には宗教的な一面がある。「女人禁制は時代に合わない」という論調はヒステリックで浅はかなように思う。

 女性は土俵上に上がらないという伝統は重んじるべきだと思う。そして相撲協会には女性が上がらないと(入らないと)、改革は難しいだろう。

« 追憶 / The Way We Were | トップページ | にぼしまじん(村上市) »

雑感」カテゴリの記事