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2017年12月

2017年12月31日 (日)

ダカーポ

Dacapo 20代の頃、「ダカーポ」(マガジンハウス)という雑誌を読んでいた。あの頃の自分にとって、週刊誌はずいぶん敷居が高い気がしていた。文春や新潮は読む記事がなく、論調にも違和感があった。朝日やサン毎は堅く、ポストや現代はオヤジくさい。写真週刊誌は下世話。「ダカーポ」には適度に硬派な記事があり、それでいて適度に軽く、切り口はやや斜め斬り。毎月2回の発売(第1・第3水曜)で隔週誌であることも自分にマッチしていた。

 その後の形跡を調べてみると「WEBマガジン」として継続していることがわかった。

 <WEBマガジン「dacapo」は1981年に創刊した“現代が3時間でわかる情報誌”「ダカーポ」が生まれ変わったクロスメディアマガジン。2008年にデジタルに移行し、ライフスタイルの最前線の動きを独自の取材でリポートしています>

 しかし、WEBサイトの更新は放置されており、雑誌時代のエッセンスも感じられない。50代が目前になった今は、文春や新潮、ポストや現代、朝日やサン毎の方が、かなり自分と至近距離にある。

 ダ・カーポ(da capo)はイタリア語で「先頭に戻って演奏」を指示する演奏記号。今日は大晦日。「da capo」に従って先頭に戻る時間。

     May the year of 2018 bring you a lot of happiness and smiles.

2017年12月30日 (土)

ベスト10ホース

 中央競馬はホープフルステークス、地方競馬は東京大賞典の両GⅠ競走が終わり、今年の全日程を終了した。GⅠ昇格初年度のホープフルステークスを勝ったのはタイムフライヤー(父ハーツクライ)。8/6の新潟デビューでロックディスタウンの2着だった馬。阪神JFは8/20の新馬戦を勝ったラッキーライラック(父オルフェーヴル)が勝利。新潟デビュー馬が立て続けにGⅠを制した。来春のクラシックが楽しみになった。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/08/2017-f55a.html

 有馬記念はキタサンブラックが有終の美を飾った。予想は真っ先に外した2頭が1着・2着するという悲惨な結末だった。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/12/2017-f2e8.html

 今年の競馬といえばキタサンブラックということになる。2年連続の年度代表馬も確定だろう。ディープインパクトの「兄の息子」が叔父を抜き、16年間賞金王の座にあったテイエムオペラオーも抜いて、獲得賞金歴代トップになった。競走馬としての成績は20戦で1着12回、2着2回、3着4回、着外2回。5番人気以内で出走したレースは17戦のうち16戦で馬券対象だった。キタサンブラックは2015年1月31日に東京競馬場の芝1800㍍でデビューしている。その時のジョッキーは後藤浩輝騎手(翌月の2月27日に逝去)だったことも、競馬ファンは忘れないでいたい。

 キタサンブラック、テイエムオペラオー、ディープインパクト。いずれも強い馬なのだが、自分が「ベスト10ホース」を挙げるとしたら、1頭も入らない。やはり「勝たせてもらった」とか「馬券を握りしめて応援した」とか、何らかの体験をさせてくれた馬でないと心に刻まれないのかもしれない。これらの名馬たちは自分のような「本命軽視」の天の邪鬼には向いていない。自分にとっての「ベスト10ホース」をあまり考えることなく列挙してみる。

 1.オルフェーヴル  新潟での新馬戦を目撃した。2011年、震災の年の3冠馬。阪神大賞典の逸走劇、有馬記念の圧勝劇、そして凱旋門賞2年連続2着。すべてが偉業だ。

 2.キングカメハメハ  土埃(つちぼこり)が舞うダービーで、4コーナーを曲がると、馬群は扇のように開いた。過酷なレース展開の中から、1頭だけ力強く抜け出してきた“カメハメハ大王”。この後、この年のダービー出走馬の多くが、脚部の不安に悩まされた。それほどタフなダービーで、キングカメハメハが走ったタイムはダービーのレコードだった。

 3.エルコンドルパサー  1998年に3歳で制したジャパンカップが鮮烈。これが日本では最後のレースになり、翌年の凱旋門賞で2着した。日本調教馬としてレーティング最高値134ポンドの評価を得た。7歳で早逝。

 4.アグネスタキオン  皐月賞は“最も速い馬が勝つ”と言われるレース。その意味がわかった。「光速の素粒子」という馬名に偽りがない。

 5.デュランダル  勝利したレースに限らず、2着のレースぶりが凄い。最後方から必ず豪脚で伸びてくる。「一番強いのは誰か」を常に証明していた。 

 6.スペシャルウィーク  「日曜の沈黙」という父から産まれた「特別な週」という馬名。彼を産んで死んだ母の逸話。黒鹿毛の馬体。武豊をダービージョッキーにした馬。自分にとって唯一の「アイドルホース」。17戦中、16戦で3着以内だった。

 7.フジキセキ  サンデーサイレンスの初年度産駒。同世代でサンデーの血を引く皐月賞馬・ジェニュイン、ダービー馬・タヤスツヨシよりも強かったはず。菊花賞(マヤノトップガン)も有り得た。クラシックに1戦も出ていないが、それでも“幻の三冠馬”。

 8.シンボリクリスエス  「天皇賞・秋1着 → ジャパンカップ3着 → 有馬記念1着」を2年続けた。このレースの馬券は4勝2敗だった。すべてシンボリクリスエスから買っていたからだ。15戦中14戦で3着以内。

 9.タイキシャトル  自分に「競馬は簡単だ」と勘違いさせた馬。なぜなら、この馬を買っていれば馬券が当たるから。

10.カンパニー  8歳で天皇賞・秋を制した。他のどの馬が8歳の天皇賞を勝てただろう。唯一無二の馬。

 若い頃の1990年代の馬が多い。黒鹿毛も多い。かなり見た目重視になっている。

 ※ジャパンカップ等の外国馬(例えばアルカセット、ピルサドスキー、スノーフェアリーなど)は除く。

2017年12月29日 (金)

病気

 【JR福知山線脱線事故】 2005年(平成17年)4月25日、JR西日本の福知山線塚口駅-尼崎駅間で速度超過を原因とする列車脱線事故が発生。乗客と運転士合わせて107名が死亡し、562名が負傷した。

 2017年12月11日13時半、新幹線「のぞみ34号」は東京に向けて出発した。

  博多駅出発 車掌は13号車付近から甲高い異音を感じた。

  小倉駅通過 車掌は再び異音を感じ、別の乗務員は鉄の焼けたような臭いを感じた。

  広島駅通過 乗客から「臭いともやがある」と連絡を受ける。車掌は客室内がかすみ、焦げた臭いを感じた。

  岡山駅通過 乗車した保守担当者は、ビリビリと伝わる振動を確認。乗務員はドンドンとうるさく感じる程の大きい音を聞いた。

  新神戸駅通過 保守担当者は東京の司令員に「新大阪で床下点検をやろうか」と打診。指令員はこれを聞き逃す。

  新大阪駅通過 のぞみ34号は床下点検を受けることなく、運転を継続。

  名古屋駅到着 新幹線の台車から亀裂が見つかる。その亀裂は破断寸前だった。乗客1,000人を乗せた新幹線は300㌔を超える速度を出しながら、博多から名古屋まで運転された。

 車内に11人いた関係者全員が音や臭いなどの異常を認識していた。運行時に気づいたトラブルは計30件に上った。JR西日本は音や臭いなど複合的なトラブルに対処するルールがなかったという。点検や運行停止に関し、指令員と保守担当が互いに判断を譲り合った中で運行を継続した。

 安いパニック映画のような本当の話。「病気」は完治していなかったということ。この「病気」に感染している企業は、なにもこの企業に限ったことではない。

2017年12月28日 (木)

必要悪

20171228 インターネットで「必要悪」と検索すると、必要悪の例として様々な悪が列挙されている。それらは自分の感覚では、到底受け入れることができない「悪そのもの」だが、世の中にはそう考える人もいるのかと受け流すしかない。

 【必要悪】 ない方が望ましいが、組織などの運営上また社会生活上、やむをえず必要とされる物事<大辞林>

 今月8日、東京地検特捜部がリニア中央新幹線の建設工事を巡って、大手ゼネコンを偽計業務妨害容疑で捜索した。事件は大手ゼネコン4社による談合事件に発展した。「総工費9兆円の国家プロジェクトを契機に“談合”が息を吹き返した」と報道されている。今後の捜査次第では、東京五輪の施設工事などにも影響を及ぼすおそれがある。

 今春、公正取引委員会は、リニア工事で受注業者が事前に決まっていたことを疑わせる文書を入手していた。しかし、特捜部は事件化せず、捜査は見送られた。その後、人事異動で特捜部の体制が一新され、“リニア疑惑”は見直された。公取委が入手した文書通りに受注業者が決まっていることを重視し、捜査に乗り出す方針に転換したという。

 リニア中央新幹線は10年後の2027年に一部開業を目指している。建設工事は全長25㌔の南アルプストンネルなどの難工事で、しかも工期には余裕がない。品川駅と名古屋駅は通常運行を続けながらリニア新駅を建設する。

 1990年代、建設業者や土建屋、つまり建設業界は悪者だった。散々、バブル経済に踊っていながら、バブルがはじけると、談合・族議員・ハコモノ行政などが批判のヤリ玉にあがった。ゼネコン下請けの型枠工事業者が言っていた言葉を思い出す。「これからどうなるのか。仕事の配分をどうするのか」、「誰も仕事を独占しようとは考えていない。そんなことはできない業界だ。しかし、水が一旦、別の水路を流れるようになると、その水はもうこちらには流れなくなる。それが怖い」

 期限が切られた難工事が続く国家プロジェクト。今は大手、準大手ゼネコンの力を借りるべき社会的背景がある。人が体を屈めてからジャンプするように、あるいは助走してから跳ぶように、最大の能力を発揮できる最善の環境が整えられるべきだ。円滑に工事を進め、工期までに安全な構造物を建設する。「談合による不当な建設費負担は、やがてツケとなって国民に回る」というような建前はよそう。シワ寄せを受けるのは常に末端。下請けの土建屋だろう。価格は「ほぼ適正」の範囲であればいい。

 談合が悪いなら名前を変えて「国家プロジェクトの整備にかかる建設協議会」で決めたらいい。震災復興工事、リニア新幹線整備、オリンピック施設整備…これら国の政策による需要に加え、マイナス金利政策と相続税法の改定でマンション・アパートが乱立している。地方でも郊外型店舗や郊外住宅地の開発が進んでいる。アパート・マンション建設バブルは起きている。やがてまた、その泡がはじけて無くなる時が来るだろう。それでも今は非常事態・緊急事態に近い状況にある。建設業界の人手不足や時間不足を検察も公取委も理解しはしないだろう。今回の談合は必要悪。現状ではむしろ、善に近い。

 【写真】自分にとっての必要悪はチョコレート。「ない方が望ましいが、生活上、やむをえず必要とされる物」

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/11/post-4066.html

2017年12月27日 (水)

米粉パン工房 じゃぱん(上越市)

20171219 「あるるんの杜」(上越市)のテナント「米粉パン工房 じゃぱん」に、オーダー制のコッペパン売り場「リ・コッペリア」がある。

 “パンの種類とクリームの種類の組み合わせで100通り以上のフレーバーを楽しむことができます”という店。コッペパンを3種類(玄米、ほうれん草、にんじん)の中から選んだうえで、ジャムやクリームを組み合わせる。200円。

 それにしても、この「あるるんの杜」。農産物加工品をベースとしつつも、洗練され、若々しく、瑞々しい印象を受ける店舗。運営母体はJAえちご上越。食糧県である今後の新潟県の農業のあり方や、農協、食糧・食料品産業の方向性をも提示している。コンセプトが時代やニーズにマッチしていて、おそらく都心などで営業しても成功すると思う。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/02/post-92ab-1.html

 あるるんの杜 上越市大道福田621番地 TEL025-520-5515 営業時間:10時~19時(11月~3月は18時) 定休日:水曜

2017年12月26日 (火)

テレビジャーナリズムの神髄

 15時前だというのに、西から東へカラスが塒(ねぐら)へ飛んでいた。自然の中で生きる彼らの行動は個々のカラスが持つ本能や経験に基づいているのだろうか。それとも、群れを率いるボスが持つ知恵や能力なのだろうか。いずれにしても、今夜からの雪予報を察知しているのだろう。正しい判断をしている。

 12月22日に放送(24日再放送)されたNHK「クローズアップ現代+(プラス) 2017冬スペシャル」は、今年放送され反響が大きかったテーマについて、再度、内容を掘り下げた番組だった。中でも、銀行が金融商品を血眼になって売っている実態を明らかにした「金融商品“押し売り”!?」が秀逸だった。

 取材過程をあらかじめインターネットで公開し、情報提供を呼びかける「オープンジャーナリズム」の手法を用いた。そこで得た告発メールを端緒に、銀行の知られざる実態、つまり“裏の顔”を映像化してみせた。テレビジャーナリズムの神髄、公共放送の真骨頂。

   http://www.nhk.or.jp/gendai/kiji/061/

 これだけは確信を持って言える。銀行はゼロ金利政策の犠牲者などでは断じてない。その状況を逆手に取り、延命を図るハイエナに過ぎない(ハイエナに失礼か)。群れを率いるボスやリーダーが必ずしも正しいということはなく、知恵を持ち、経験を積んでいるということもない。これから先の大雪警報を察知しているのかは、かなり疑わしい。

2017年12月25日 (月)

世界は悲観的ではない

Christmaslogo_2017 人類の誕生から今まで、人間の数はどのくらいなのか。

 2011年にアメリカのNPO法人ポピュレーション・レファレンス・ビューロー(PRB)が推計した累計人口は約1080億人。現在の世界人口は約72億人で、累計人口に対する割合は6.6%程度。「地球はかつてないほど人間で溢れている」。

 「未来の年表 人口減少日本でこれから起きること」(講談社現代新書)がベストセラーになっている。「第1部 人口減少カレンダー」では、これから起こるであろう好ましくない現実が提示され、「第2部 日本を救う10の処方箋」では、それへの対応策が述べられている。著者は人口政策や社会保障政策のエキスパート

 第1部を抜粋してみる。 2016年 出生数が100万人を切った 2020年 女性の2人に1人が50歳以上に 2024年 3人に1人が65歳以上の超高齢者に 2025年 東京都も人口減少 2026年 認知症患者が700万人に 2033年 住宅の3戸に1戸が空き家に 2039年 深刻な火葬場不足に 2042年 高齢者人口が約4000万人に 2050年 世界的な食料争奪戦に 等 

 第2部「日本を救う10の処方箋」(抜粋) 24時間社会からの脱却 / 非居住エリアを明確化 / 都道府県合併 / 国際分業の徹底 / 中高年の地方移住 / 第3子以降に1000万円給付 等

 日本ではこれから“雪崩のように”人口が激減していく。高齢化が進み、超老人社会になる。しかし、世界では人口が爆発的に増えている。1秒に4.5人が生まれ、1.8人が亡くなる。1秒ごとに2.7人、年間で8600万人増加しているとされ、地球上の人口は記録更新を続けている。

 世界はこれからも成長し続ける。成長力とは労働力。労働力とは若者のことだろう。世界は悲観的ではない。世界の希望を共有したいのなら、労働市場を世界の若者に開放しなければならないだろう。日本が世界の一部になれば、悲観的な未来では無くなるはず。

     http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/06/2-b3ce.html

2017年12月24日 (日)

2017年 有馬記念

2017arima 有馬記念が“リピーターレース”(前年に馬券対象になった馬が、翌年も1頭好走する傾向)であることは競馬ファンなら知っている。“有馬記念はリピーター馬”というのは、自分の中で、かなり信頼する競馬格言。

 キタサンブラックは昨年、リピーターの役割を終えているので無印。サトノダイヤモンドが出走してくれば問題なかったのだが、不出走。騎手リピートならルメールか武豊だが、ルメールは今年連対実績がないクイーンズリング、武はキタサンなのでともに無印。厩舎リピートなら池江厩舎のミッキークイーン、サトノクロニクル。馬主リピートならサトノクラウンもいる。

 格言は二の次に見当すれば、スワーヴリチャードとサトノクラウン。そして、2016年クラシック世代軽視、2017年クラシック世代重視。更に「ジャパンカップ→有馬記念」の連勝は3歳時から活躍した名馬に限られるため、シュヴァルグランも軽視。

      http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/12/post-5679.html

 ◎スワーヴリチャード(3歳牡 M.デムーロ騎乗) ○シャケトラ(4歳牡 中山巧者) ▲サトノクラウン(5歳牡 R.ムーア騎乗・馬主リピート) △サトノクロニクル(3歳牡 厩舎・馬主リピート) △ブレスジャーニー(3歳牡 今年前半ケガに泣いた)

2017年12月23日 (土)

In This Country

20171223 昨日は冬至だった。夕方、小雨が降った空に虹がかかった。冬至の空に虹。

 今日は天皇誕生日。

 ロビン・ザンダー(Robin Zander)の「In This Country」は、アームレスリングとロードムービーの要素を仲介に“父と息子の絆を描いた物語”「オーバー・ザ・トップ」(1987年・主演シルべスター・スタローン)の挿入歌だった。日本では1990年代のF1ブーム時に「F1グランプリ中継」のエンディングテーマとして馴染みが深い。

 目の前の道は 俺たちが欲する場所に続いている 初めからあるがままの自分に従って 力の限りを尽くすんだ この国では俺たちの心は開かれている もう一度トライしてみるのも自由さ 未来が見えたら 俺たちはまた信じるようになる 今日俺は未来へと続く道を旅する とどまることのない心は旅立ちの時を知っている

 およそ200年ぶりに生前退位し、上皇となる天皇陛下の決断を“父と息子の絆の物語”と捉えた時、退位のご決断は自身が55歳で即位(1989年)したことと無関係ではないだろう。皇太子殿下は59歳で天皇に即位(2019年)することになる。「父が息子を思う心」。それこそが生前退位の最大かつ唯一の理由だと思う。

2017年12月22日 (金)

江戸の時間 

20171222 冬至。

 江戸時代の時間表示を調べてみた。ルールは3つ。

 ① 1日を12に分ける(午前と午後をそれぞれ6に分ける)。

 ② 6つの区分は九から始まり、八、七、六、五、四で終わる。

 ③ 午前の区分は九から順に「子 丑 寅 卯 辰 巳」。午後の区分は九から順に「午 未 申 酉 戌 亥」。すべて偶数時間を指す。奇数時間は「半」と呼ぶ。

 1刻の長さは春分・秋分に同じくなるが、冬至は昼の1刻が最短になり、夜の1刻が最長になる。同じ1刻であっても、夏は昼の1刻が長くなり、冬は夜の1刻が長くなる。日が出ている時間、夜の時間を便宜的に分割して「1刻」とするやり方。

   0時 夜九ツ(子ノ刻)   1時 九ツ半    2時 夜八ツ(丑ノ刻)     3時 八ツ半

   4時 暁七ツ(寅ノ刻)   5時 七ツ半    6時 明け六ツ(卯ノ刻)…日の出30分前   7時 六ツ半

   8時 朝五ツ(辰ノ刻)   9時 五ツ半  10時 昼四ツ(巳ノ刻)   11時 四ツ半

  12時 昼九ツ(午ノ刻)  13時 九ツ半  14時 昼八ツ(未ノ刻)   15時 八ツ半

  16時 夕七ツ(申ノ刻)  17時 七ツ半  18時 暮れ六ツ(酉ノ刻)…日の入り30分前 19時 六ツ半

  20時 宵五ツ(戌ノ刻)  21時 五ツ半  22時 夜四ツ(亥ノ刻)    23時 四ツ半

 先に「時間ありき」ではなく、先に「生活ありき」。変わる季節の“日の出と日の入り”に、時間の方を合わせている。

2017年12月21日 (木)

善意の矢

 糸魚川大火から明日で1年。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2016/12/abematvabemanew.html

 12/10 糸魚川市で昨年起きた大火災からの復興に努力する市民の姿を描いたミュージカルが上演された。地元青年会議所のメンバーが尽力し、クラウドファンディングで募った資金も活用した。

 不幸な災害ではあったが、この火災では「不幸中の幸い」ということがいくつかあった。まず、死者が出なかったこと。火災で初めて「被災者生活再建支援法」が適用されたこと。被災建物や瓦礫の撤去費用は市が負担し、見舞金の給付も行われたこと。

 糸魚川は「だし風」の一種である「焼山おろし」や「じもん風」等と呼ばれる強い南風が吹く地域。この強い南風に煽られ、この地で起こる火災は、度々、大火災になる。過去200年だけでも4400棟に迫る数の家屋がこの地で焼失している。

 1806年大町大火 306棟 1814年七間町大火 508棟 1816年横町大火 744棟 1826年浜町大火 600棟 1834年横町大火 458棟 1873年浦本大火 300棟 1904年新屋町大火 459棟 1911年浜町大火 503棟 1932年横町大火 368棟 2016年糸魚川大火 147棟

 糸魚川は「焼山おろし」が吹く土地柄。そのことは、これまでも、これからも変わらない。「類焼を防ぐ町造りをすること」。それこそが復興であり、糸魚川市民に課せられた使命であり、責任でもある。

2017年12月20日 (水)

棚織神社(見附市)

 少年の頃、近所にある神社の境内で遊んだ記憶はいくつもある。棚織神社(たなおりじんじゃ)は繊維産業が町の経済を支えていた見附ならではの神社で「機神様(はたがみさま)」と呼ばれている。「機(はた)」とは織物のこと。

201712051  201712052

 敷地は道路の拡幅や一部駐車場になって、当時の3分の2くらいになっただろうか。あんなに走り回っていた境内が狭かったことに驚いた。隣家との間に立つブロック塀が懐かしい(作り替えられたものだと思うが)。三角ベースをやって、ボールが塀と隣家の間に落ちると厄介だった。塀をよじ登るには腕力が必要で、塀の向こうに行くには勇気が必要だった。隣家が迫る塀との間は、子どもでも降り立つのが難しいくらい狭く、暗かったから。

 見附の繊維産業の歴史は1800年頃から始まって、幕末頃には「見附結城」が全国的にも知られるようになった。日本の中核産業1つであった繊維産業の一翼を担い、染色、織物、ニットなど繊維品の総合産地として発展した。

 繊維産業の町に棚織神社、機神様を建立した当時の市民や経済人の心意気に思いを馳せた。

 棚織神社(機神様) 見附市新町2丁目8 見附市中央公民館分室 見附市育児・子育て支援センター隣り

2017年12月19日 (火)

最強世代はどこへ

 週末はクリスマス。そして有馬記念。出走登録数はフルゲートぴったりの16頭。出走予定馬のレベルも決して高くない。

 昨年の2016年クラシック世代は「最強世代」と呼ばれていた。長年、競馬ファンをやっているので、この種の競馬マスコミのあおりには慣れている。彼らはあおるのが商売だ。それにしても、その最強世代はどこへ行ってしまったのか。

 昨年の皐月賞馬ディーマジェスティは11月に引退。ダービー馬マカヒキは昨年の凱旋門賞後低迷、菊花賞と有馬記念を勝ったサトノダイヤモンドは今年の凱旋門賞の後、レースに出走していない。おそらくこの世代の最強馬は牝馬のシンハライト(同世代牝馬とのみ対戦 6戦5勝)だと思うが、これも既に引退した。

 2015年世代はキタサンブラック(父ブラックタイド)が幅を利かせているが(もちろんそれだけの名馬ではあるが)、ドゥラメンテ(父キングカメハメハ)に敵わなかった。つくづく、ドゥラメンテの引退(4歳の宝塚記念2着が最後のレース)が惜しまれる。

 競馬に関わる人々は競馬を盛り上げたい思いがある。競馬は、経済・産業としての側面を持っている。そんな勢力の中で、最も競馬ファンに近いのが競馬マスコミ。しかし、実力のない世代を、“最強”ともてはやすだけでは、国内で通用しても、海外では通用しない。最強世代のダービー1着馬は昨年、2着馬は今年の凱旋門賞でそれぞれ惨敗した。

 自分の感覚では1998年のクラシック世代(スペシャルウィーク、エルコンドルパサー、グラスワンダー、セイウンスカイ、キングへイロー…)が最強だと思っている。しかし、客観的に「各世代の中央競馬GⅠ勝利数」で比較すると「2012年世代」、「2007年世代」、「2002年世代」、「1997年世代」が平均以上の勝利数をあげている。

 2012年世代 ゴールドシップ、ジェンティルドンナ、ジャスタウェイ、フェノーメノ、ディープブリランテ

 2007年世代 ウオッカ、ドリームジャーニー、ダイワスカーレット、スクリーンヒーロー

 2002年世代 シンボリクリスエス、アドマイヤドン、ヒシミラクル、デュランダル、ゴールドアリュール

 1997年世代 サニーブライアン、タイキシャトル、メジロブライト、メジロドーベル、ステイゴールド

 こうして見ると、ある法則性があるように思える。 ①5年毎の法則 今年の2017年世代に当てはまるのではないか。 ②強い牝馬 古馬混合G1を勝つような牝馬かいる世代は強い ③多頭数G1馬 同一世代で多くのG1馬を輩出する世代。1997年クラシック世代は前記のほか、サイレンススズカ、シルクジャスティス、ブラックホーク、シーキングザパール、ダイタクヤマト等々。

 今年は5年毎の法則が適用される2017年。古馬G1で2016年世代と2017年世代が対戦するレースでは2017年世代を上位にとりたい。これは「2018年馬券購入の掟」にすると同時に、週末の有馬記念から適用しようと思っている。

2017年12月18日 (月)

冬物語

20171218 最近は「季節限定ビール」とか「限定醸造」、「数量限定」など、“限定”が溢れている。試しに買ってみることはあっても、とても全て試せる訳ではない。仮に気に入ったビールがあったとしても、ひと月も経つと、もう買えないことが多い。

 サッポロビールの「冬物語」は冬季限定発売の先がけ。この季節限定商品のいい所は「毎年必ず発売される」ところ。11月から12月にかけて店頭に並ぶ。

 昨日の競馬。朝日杯フューチュリティステークス(GⅠ、以下、朝日杯)はダノンプレミアム(父ディープインパクト)が朝日杯のレコードタイム(1分33秒3)で優勝した。去年まで朝日杯は2歳王者決定戦だったが、今年からホープフルステークス(中山・芝2,000㍍)がGⅠに昇格し、どちらの勝馬が最優秀2歳牡馬に選ばれるのかわからない。しかし、ダノンプレミアムの勝ち方は文句のつけようがなく、ホープフルステークスの勝馬は、かなりの厳しくなったといえる。ダノンプレミアムはクラシックの最有力馬になった。

 一昨年の朝日杯を勝ったリオンディーズ(父キングカメハメハ)はデビュー2戦目でGⅠを制したが、ケガのためわすが5戦で引退を余儀なくされた。この「リオンディーズ」という名前はシェイクスピアの戯曲「冬物語」(The Winter's Tale)の主人公であるシチリア王の名前。

 季節限定ビール「冬物語」という商品名は、この「冬物語」からつけられている。発売時のラベルには「The Winter's Tale」の原文が書かれ、ある年のラベルにはシェイクスピアの肖像が描かれていたという。

 冬物語 → 朝日杯 ダノンプレミアム → 朝日杯 リオンディーズ → 冬物語 という連想

 「冬物語」はまろやかな味が特徴。キレとかコクという表現は相応しくない。上手い宣伝に洗脳されているのかもしれないが、冬の料理、鍋物や煮物に良くマッチする。もちろん、雑煮やのっぺ汁にも。つまり、年越しのビールに最適だ。

2017年12月17日 (日)

テレビの答え

 30年近く続いたいくつかのテレビ番組が終了することがニュースになった。言われてみればそうだ。自分が20歳頃にもやっていた。ずいぶんと下品な番組だったが、30年続いたことは評価されていい。

 最近の芸人は「(多くの自主規制があって)自由にやれない」とか、「(昔と比較して)予算がない」と発言している。スポンサーから金をもらって「自由にやれない」では商売の辻褄が合わない。世の中ではニーズのあるサービス(芸)を提供するのが当たり前のこと。

 テレビの創成期や成長期は、現在ある自主規制や束縛はなかったという。「自由にやれた」、「新しいことにチャレンジできた」と。しかし、一方では編集や取材済VTR、効果音、テロップ等々、“笑いの増幅装置”の恩恵にあずかっている。「昔の人、昔の環境は良かった」という懐古主義は当てはまらない。昔の人は「今はいいな」と思っているはずだ。先行した者の利益があり、後継した者の利益がある。“おあいこ”だろう。

 少しだけ彼らの肩を持つとすれば、テレビが娯楽の王道ではなくなったこと。この20年で個人の娯楽は急速に多様化し、多チャンネル化、多ジャンル化、専門化が進んだ。インターネットとSNSが爆発的な拡大・浸透し、庶民はテレビに依存しなくなった。それはテレビの力や価値の低下に直結したが、時代、環境が変わったのは彼らの責任ではない。

 テレビの衰退要因と言えるかは別にして、テレビを大きく変えた法律がある。「個人情報保護法(2003年=平成15年成立)」だ。この辺りから、世相を映し出すテレビが“コンプライアンス偏重”に変貌した。そのことは、テレビの適度な下品さ(=殻を破ることへのチャレンジ)を失わせた。

 街の賑わいを写した画像にモザイクがかかる。昔は顔にモザイク処理されるのは犯人だけだったが、今はすべてにモザイクがかかる。こんな世の中は正常なのだろうかと時々思う。

 芸人を例えに出したが、テレビドラマの人たちは、もっと職場がなくなっている。ベテラン俳優・女優が慣れないバラエティ番組で編集効果に助けられている場面をよく見かける。また、ドラマの裏方さんたちは、仕事が激減しているはず。そういう話は表に出てこない。

 今回、番組終了が発表された番組は、バブル前後の成熟期に生まれ、テレビ衰退期のあだ花として終わる。これまでのテレビ史に残る数々の番組同様に役割を終えたということ。過ぎ去っていく時間の中では、何者もが永遠ではない。

2017年12月16日 (土)

地銀統合の“新潟モデル”

 公正取引委員会は新潟県の地銀2行の経営統合を承認した。2行は県内1、2位の地銀で、統合後の新潟県内での融資シェアは5割程度。統合で競争が起きにくくなるとの懸念から、公取委は慎重に審査していた。地銀再編を巡っては、長崎県で融資シェアが7割となる統合について公取委が問題視、統合は無期限延期になっている。<朝日新聞デジタルから抜粋して引用>

 公取委は「実質的に競争を制限することにならない」と判断した。統合審査では、企業約6,900社にアンケート調査を実施。新潟県内を10の経済圏に分け、中小企業の資金調達への影響を分析。「中小企業が借入先について十分な選択肢を確保できる」と結論付けた。 

 中小企業の資金調達は公取委が統合認可の根拠とした「借入先の選択肢を確保できる」ようにはならないだろう。資金調達のルートは“パイプ径”のようなもの。パイプ径50㍉と100㍉の直径は2倍でしかないが、面積は4倍違う。

 【デメリット】

 ①資金調達パイプの縮小・固定化  統合銀行に融資を断られた企業、取引条件の変更(含む金利)を迫られている企業に対し、より体力のない信金・信組が融資に応じるケースはマレだろう。シェアの拡大がリスク増加に繋がる融資は難しい。波風が立たない市場となり、取引金融機関は固定化する。

 ②ATM手数料などの改定など  統合する理由は“生き残り”。顧客サービスの向上は統合理由の第一義ではない。既にメガバンクが実施しているように手数料無料の利用回数に制限(月2回無料、取引状況により複数回上乗せ等)が設けられるだろう。これまで無料だったサービスが有料化されるケースが出てくる。「フィー(手数料)ビジネスの拡大」は金融機関の至上命題だ。

 ③店舗統廃合  将来的には店舗統廃合が実施され、近隣店舗が無くなるケースが出てくる。

 【メリット】

 ①金融取引の高度化・安定化  デメリット①と矛盾するように思えるが、優良企業にとっては何ら恐れることてはない。むしろ銀行の経営基盤が強化され、更なる低利融資も可能になる。高度化する金融取引の恩恵に与ることも可能になる。また、メインバンク制が強固になると思う。

 ②金融市場の活性化  これもデメリットと矛盾するように感じるが。そもそも新潟県は国内有数のオーバーバンキング地域。下部金融機関の統合・連携・淘汰の呼び水になる。企業側も自社の金融取引を見直す機会になる。そもそも資金調達の要否によっては、地元金融機関と取引する意味があるか疑問だ。資金決済方法は多様化し、インターネット専業銀行には優れたサービスがある。

 ③閉鎖的な企業文化に風穴が空く  旧い体質から脱却する千載一遇の機会。縁故入社、常態化するパワハラなど、ある意味、外部から監視される職場となることは自浄作用が働かない組織では最大のメリット。

 構造不況業種とも言われる地銀業界にとって、今回の統合認可の意味は大きい。「融資シェア50%までは認可、70%は不認可」。この「新潟モデル」は地銀統合の認可基準になるだろう。合従連衡は加速する。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/04/post-69f6.html

2017年12月15日 (金)

頬を札束で

 東京電力柏崎刈羽原子力発電所が立地する刈羽村が、村民運動会の目玉種目である「集落対抗なわとび」の優勝賞金を今年限りで取りやめた。賞金は“100回跳べたら100万円”というもので、2014年から予算化されてきた。刈羽村の人口は約4,600人。2016年度の村の歳入は同規模の隣町のおよそ2倍の65億円。このうち60%程度が「電源立地地域対策交付金」など原発関連収入が占めている。<毎日新聞から抜粋して引用>

 賞金は予算化され、正規の手続きを経た財政支出によって、なわとびを跳んだ村民に進呈された。東京電力が提供していた訳ではない。しかし、一部の村民や、一部の職員は「この構図」を異様と受け止めていた。

 違法ではないが異様であることに、多くの庶民は違和感や危機感を覚えながらも「波風が立たぬように」と口をつぐむ。

 「この構図」とは「札束で頬を張られる構図」。

 誰の札束で、誰の頬かは、言わずもがなだ。

2017年12月14日 (木)

討ち入りの日

 12月14日は「赤穂浪士討ち入りの日」。赤穂浪士を偲ぶ「義士祭」が各地で行われた。“討ち入り事件”は新暦で1703年1月30日にあたり、初冬ではなく、最も寒さが厳しい真冬の寒い夜の事件。しかし、義士祭は旧暦に合わせて催される。県内でも四十七士の一人、堀部安兵衛(中山武庸)の出身地である新発田市長徳寺(祖父の菩提寺)で義士祭が開催された。

 よく使われる「忠臣蔵」というのは歌舞伎や映画、文学など、赤穂浪士の討ち入りをモチーフにした創作物の通称。最近でも「四十八人目の忠臣」(諸田玲子氏 ドラマ「忠臣蔵の恋」原作)など、事件そのものを縦糸としながら、横糸に新たな解釈や、新たな創作を加えたものが支持を受けている。縦糸に赤穂浪士の史実、横糸に新たな解釈・創作ものといえば真っ先に浮かぶというか、これしか浮かばないのが「用心棒日月抄」(藤沢周平)。

 忠臣蔵のストーリーは悲劇的な結末で、ハッピーでもなんでもないのだが、「仇討ちもの」が鉄板(でもないか)、通用するうちは、社会は健全なのかもしれない。

 泉岳寺(東京都港区高輪)は赤穂義士の墓、記念館、大石内蔵助の銅像、首洗い井戸などがある赤穂義士や忠臣蔵ファンの聖地。また、亀島橋(東京都中央区八丁堀)のたもとには堀部安兵衛の石碑(昭和44年建立)があるという。これらも、いつかゆっくりと町歩きしてみたい。この町歩きは冬の寒い夜がいい。

2017年12月13日 (水)

身近な形式主義

 あらゆる小売店やサービス業の店舗でクリスマスの飾り付けが施されている。店員がサンタクロース風の衣装を着たり、トナカイ風の帽子をかぶって接客する店もある。クリスマスの飾り付けをして衣装をまとうことが、顧客サービスにつながり、ひいては売上増加につながるのか不思議になる。

 季節的な現象だけでなく、日常的に見かける不思議もある。スーパーで買い物中によく見かける場面。バックヤードから出てきた従業員が一度立ち止まって一礼した後、店内に入ってくる。店内から退出する従業員は、扉の前で一度振り返り、一礼した後に出ていく。客とすれ違う際に「いらっしゃいませ」などの言葉はあるべき(なくてもいいが)だと思うが、「入室・退室の一礼」は多数のサービス業で行われている。これは顧客に対するサービスとして行われているのではなく、マナーや礼儀、作法として行われている。しかし、レストランや靴屋などでは見かけない。この慣習は「サービス業」という括りではないことがわかる。この慣習がどこから来ているのかといえば、おそらくアレだと察しがつく。

 高校野球で選手がグラウンドに入る際と去る際に帽子をとって一礼する。野球に限らず、サッカーやラグビーなどでも見かけることがある。プロスポーツでも見かけることがある。教育的な意味を持つ部活と、その精神的な延長線上にある日本のスポーツの世界では、文化的、一部宗教的な意味があることを否定はしない。スーパーの店舗は野球でいうところのフィールドと同じという考え方が根底にある。

 サービス業の「クリスマス・モード」に目くじらを立てるつもりはないが、自分は「一礼の場面」に遭遇すると、不快な気分になる。形式的なあいさつをやり続けることの労力。それを強いられている労働者が不憫に思えてくる。経営者の前例主義、社会の形式主義、会社の事なかれ主義が透けて見える。

2017年12月12日 (火)

Aollumination/アオルミネーション

20171211 アオーレ長岡のナカドマで小さなルミネーションショーを観ることができる。

 およそ6分間のイルミネーションショーが、16時を初回として15分毎に行われる。最終は19時45分。

 バックに流れるオルゴールの音色は誰もが聞いたことがある名曲。

 Aollumination 2017-2018 12月9日~2月14日 16:00~22:00

2017年12月11日 (月)

踏みにじられる理想

 ノーベル平和賞授賞式がノルウェーで行われた。国際NGO「ICAN」(核兵器廃絶国際キャンペーン)と活動してきた被爆者のサーロー節子氏が「核なき世界」の実現を訴えた。  

 「核兵器は必要悪ではなく、究極の絶対悪」。サーロー氏は世界の指導者に対し、核廃絶を呼びかけ、今年7月に122カ国が賛成して採択された核兵器禁止条約に参加しなかった核保有国などを批判した。アメリカの「核の傘」の下にある日本はこの条約の交渉にすら参加しなかった。核保有国の大使らは授賞式を欠席した。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/10/post-600d.html

 ネット上では、このニュースのコメント欄に「現実的な解決策を模索すべき」、「彼らは理想主義者」というような投稿が多数を占めている。投稿しているのは被爆国の子孫たちなのに。

 戦後72年。人々の教育水準は上がり、ノーベル賞のニュースに一丁前なコメントが並んでいる。自分も軽々しくモノを言っている(記している)うちの一人だが。

 しかし、果たして「人のレベルは上がった」と言えるのだろうか。現実的な道を模索する者が重宝され、理想的な道を歩こうとする者が煙たがられる世の中になっていないだろうか。冷静な判断をする者と熱情を持って行動する者。どちらが上ということもなく、どちらも必要なのだが、「ICAN」がやろうとしていること、やってきたことは、充分に「冷静な熱情に溢れていた」と言えないだろうか。「ICAN」の本質を見ようとせず、表層的な授賞式だけを見てコメントする輩が多数を占めている現状は、「人のレベルは下がっている」可能性が高い。

 我々は、普段の暮らしの中で、平和に向けた運動や地道な活動に参加することは難しい。もちろんそれに積極的に参加している人がいない訳ではない。しかし、平和に向けた活動に対し応援したり、理解することはできるはずだ。人よりも税金を払っているからといって、他人任せでもいいということはない。ノーベル賞も核兵器禁止条約も遠い場所の話であるが、無関心でいることは被爆者を踏みにじっていることと同じだと、サーロー氏の言葉を聞いて理解した。

2017年12月10日 (日)

庇う理由

20171210 初任地は三条市だった。会社では右も左もわからないまま営業に配属される。担当業務を任命したその日に営業係が誕生する。その日から目標と呼ばれるノルマがつく。それは25年経った今も変わらない。

 住宅地図を見て、前任者の足跡を辿ることしかできないでいた頃、I製作所の社長夫妻の言葉に励まされた。「あなたはきっとお客様に可愛いがられるよ。嫌みがない。親近感が湧く。」 それはお世辞だったのかもしれないが、その言葉に煽(おだ)てられ、自信になった。

 I製作所の社長は喉頭ガンで声を失っていた。とっつきにくい人だったが、人の3倍、明朗な奥様がいた。二人三脚だった。信頼感でつながれた夫妻の言葉だったことが、自分を勇気づけたのだと思う。

 自分が若者を庇(かば)う理由は、そんな経験が元になっている。いつの時代も、人は誉められてこそ伸びる。ほぼすべての子ども達が過保護に恵まれて育った現在では、尚更だ。

 言葉と共に、気持ち・真意を伝える場面は、自分自身が信頼に足る人間かどうかが試される場面であるように思う。

2017年12月 9日 (土)

家焼肉

20171209 「家飲み」は財布にも優しいが体にも優しい。「外飲み」だと生ビールに換算して、3~4杯は普通。その程度飲んだとしても、眠くなることはない。家飲みは気兼ねすることなく、好きなだけ飲んでいいとしても、缶ビール1本でちょうどいい。2本だと多いと感じる。

 今日は「家焼肉」。これも家計には優しいが、デメリットは多い。食後は床が滑る。室内に舞った油が、床・壁・照明器具などに付着する。衣類や洗濯物にも気をつけないと匂いが移る。

 しかし、それでもメリットが勝る。肉もビールも、家で飲み食いする分が「適量」なのだとわかる。

2017年12月 8日 (金)

汚れた土から

 どんなに崇高な組織であれ、どんなに高貴な企業であれ、大なり小なりの不詳事件はつきものだと思う。

 不詳事件を見聞きした時、自分は表面化した“事件”よりも、事件が発生した“土壌”に問題はなかったのかと考える。なぜなら、清らかで汚れのない土壌からは汚染された植物は生まれないからだ。逆に言えば、不正は汚染された土壌から生まれ、育つことが多い。

 ある不詳事件の報道に汚染された土壌の臭いを感じた。その事件では、昨日、懲戒解雇した社員を、今日は「元社員」として事件の情報を開示していた。元社員は「事故者」と表現されていた。この表現に倣うとすれば、当該企業は「事故社」ということになる。

 社会人として、企業人として生きていくために、『倫理・論理・合理』の3つが大切と、いつか記した。そして、大切なのはこの順番だ。その時々によって、論理と合理は同等か、わずかに入れ替わることがあるが、ほぼ不変だ。

 企業も同じではないだろうか。『倫理・論理・合理』。倫理なき企業に不詳事件は起きる。「元社員」、そして「事故者」などと表現しているようでは、事件は後を絶たないだろう。

2017年12月 7日 (木)

遅いしあわせ

20160501 大雪。2015年に映像化された藤沢周平氏原作のドラマ「遅いしあわせ」。

 「遅いしあわせ」  突然の雨に襲われたおもんは桶屋の軒先で雨宿りする。飯屋で働くおもんは、床に伏す母親と暮らしているが、職につかず賭場に入り浸る十八の弟・栄次がいた。1年前、嫁入り先の蕎麦屋に弟がこしらえた借金の取立が現れ、おもんは迷惑をかけまいと離縁を申し出た。おもんは飯屋に出入りする桶職人の重吉を気にかけていた。重吉と話す機会を得たおもんは弟の愚痴をこぼし、なじるが、重吉は弟を擁護し、おもんを励ます。ある夜、母と暮らす長屋にやくざに追われた弟が助けを求めて来るが、おもんは引き戸を開けなかった。賭場の金30両を使い込んだ栄次のため、おもんは売られそうになってしまう。そこに重吉が助けに入る。その際、おもんは重吉の腕に二本線の入れ墨、背中に刀傷があることを知る。重吉、栄次、そして、おもんに“しあわせ”は訪れるのか。

 ドラマの中に、船着場や川沿いに石畳を歩くシーンが出てくる。「もしや」と思い、エンドロールを確認して「やはり」と思った。写真は2016年5月に訪れた滋賀県近江八幡市の「八幡堀」。「遅いしあわせ」は、この八幡堀がロケ地になっていた。

 八幡堀は安土桃山時代(1585年)に豊臣秀吉の甥である豊臣秀次が八幡山城の城下町と琵琶湖を繋ぐために築かせた水路。琵琶湖を往来する船を寄港させ、「楽市・楽座」によって城下は潤い、後の「近江商人」による町と商業の発展に貢献した。

2017年12月 6日 (水)

手帳のこと

 手帳を買う時期が来た。手帳は10月になると本屋に並ぶ。手帳はずっと必需品だったが、来年の手帳を用意するかどうか躊躇している。手帳産業が衰退しているというニュースは聞かないが、業界が縮小傾向にあることは想像に難くない。

 社会人になりたての頃は学生時代の名残から、大学ノートに線を引き、月と週、日付と曜日を記入した「手作り手帳」のようなものを使っていた。その頃はノートで事が足りた。入社して数年間は教育・育成期間で、顧客とのアポイントなどないに等しく、そもそもスケジュール管理の必要がなかった。やがて営業の仕事に従事すると、商談の約束に追われるようになり、分刻みのスケジュールということもあった。

 携帯電話が急速に普及し、それに付随する様々な機能が進化した。スケジュール管理機能もそのうちのひとつ。常に持ち歩く携帯電話で個人的な予定は管理(というよりも備忘とか確認、記録の意味合い)するようになった。しかし、手帳を持たなくなったかといえばそうはならなかった。むしろ手帳の重要性は増した。手帳は「メモをする」という行為とセットになることで、重要な役割を担う。例えば朝礼やミーティング、あるいは顧客折衝などの時。そういう場面では手ぶらという訳にはいかない。そうかといってタブレット端末という訳にもいかないだろう。将来的にはわからないが。

 現在もまれに見かけることがある「システム手帳」が流行した時期があった。革製のケースが何万円もするものがあった。今は贅沢を望まなければ100円ショップで売っている。それでも買う人は少数だろう。

 ここ何年もの間、手帳は決まったものを使っていた。購入したその日のうちに裏表紙をめくった頁に氏名などを記入する。その手帳にはアドレス帳が別冊になって挟み込まれていて、そのアドレス帳は買ったその日に処分する。これは年に1度の決まり事だった。今年もその決まり事を受け継いで、過去の手帳の山に「2018」を積み重ねることも価値あることかもしれない。

2017年12月 5日 (火)

血液型のこと

 非科学的なものは信じないが、血液型性格診断は非科学的だろうか?と考える時がある。血液型は科学的だ。しかし、科学的な血液型によって性格を類型化しようと試みると“根拠のないまがい物”にされてしまう。

 諸外国では血液型の存在自体がマイナーで、自分の血液型を知らない人も多いと聞く。プロフィール欄の多くに血液型の項目がある日本とは事情が違う。そのような国の人から見たら、血液型性格診断などクレイジーでアンビリーバブルなのだろう。

 多くのことは確率や統計で説明されるのに、時に別扱いされるのが血液型だ。日本人のABO式血液型割合は【 A型38% O型31% B型22% AB型9% 】だという。自分は1,500人から2,000人の企業で、20人程度の店舗をいくつか経験した。そこでは本来、20%程度であるはずのB型が、どこの店でも40%程度か、それ以上を占めていた。母集団が1,500人から2,000人もあれば、統計学や確率論では日本人の平均的な割合に収斂するのではと思うのだが。

 日本の首相の血液型割合は【 A型8人 25% O型17人 55% B型4人 13% AB型2人 6% 】。オリンピックの金メダリストやノーベル賞受賞者に血液型の偏りはないのだろうか。それを調べることもオカルトだろうか。立派に科学的な検証だと思うのだが。

 ある型の人々が、ある一定の傾向を示す割合が高いという経験を何度もしているので、「血液型性格診断はオカルト」とする方がオカルトだと思っている。それとも“アンタッチャブルの世界”なのだろうか。

 「ある傾向を示す者を採用しているから平均的割合に近づかない。ある傾向とは血液型による特性が反映されている」。自分の中ではもう数十年、この考え方が定着している。

2017年12月 4日 (月)

酒のこと

 酒というのは不思議なもの。しばしば、人生のシーンに登場する。宗教や儀式にも欠かせない。人を堕落させることがあり、神聖なものでもある。酒は仲良くしたり、寄せつけなかったりする。飲まれるフリをして、呑み込んでしまうこともある。心と体に影響を及ぼす。

 「酒が強い」という言葉がある。多くの場合、酒をたくさん飲めることを指す。もうひとつ、酒に飲まれないことも強さだと言われる。前者は酒というアルコール飲料との親和性、耐性など身体的能力の尺度をいい、後者は酒席や酒宴での精神的能力の尺度をいうのではないか。

 精神的能力については「下戸の人が一番強い」。端から酒宴に近づかないというのは最強のカードだろう。常に不戦勝。しかし、酒に負けることは確かにないが、酒との距離は縮まることがない。属する集団内でのコミニュケーションを欠くことなど「負(ふ)」となる可能性はある。 

 酒の飲み方には人格が出る。他人の例を持ち出すまでもなく、自分がいい例だ。自分は酒で記憶をなくしたことがない。その理由はわかっている。理由は「臆病だから」。二日酔い程度では済まない、その先にある未知の領域に飛び込む勇気がない。もうひとつは、自分自身を統制できない自分を、誰かに見られたくない。自分を晒したくない、さらけ出したくない。一方で、二日酔いで仕事に影響を及ぼしたり、寝込んで時間を無駄にすることの無意味さもわかっている。 

 次は他人の例。“彼”は必ずといっていいほど、乾杯の挨拶に横やりを入れることで酒席を盛り上げたりする。一般的な宴席は90分か、せいぜい長くても120分だ。その時間が過ぎる時、彼は必ずといっていいくらい、壁にもたれ、首を折って、寝てしまっている。それが彼の定番の飲み方だ。

 彼は「自分自身を統制できない自分を、誰かに見られたくない」とか、「自分を晒したくない、さらけ出したくない」という“臆病心”の欠片も見せない。彼が首を曲げて寝ている姿を見る時、自分には彼が闇の中でポツンと寝ているように見える。自分は見せられないが、彼は見せられる。それは性格だろうか、能力だろうか。

 酒は不思議な力を持っている。酒はあまりにも広く、あまりにも深く、あまりにも強く、あまりにも重い。「得体が知れない」。得体が知れないものとは対等な関係でいるべきだと思う。美しく、きれいに飲む方が、相手にも酒にも失礼がない。12月は酒とのつきあいが増える時期。

2017年12月 3日 (日)

冷たい水・白い米

20171202 1週間ほど雨模様が続き、2日ほど晴れた。こんな日の外出は丈の短い薄手のウインドブレーカーで用が足りるので身軽だ。

 お昼に飲んだコーヒーのカップとスプーンだけの洗い物をするため蛇口をひねると、震え上がるほど冷たい水が出てきた。眩しいくらいの晴天のせいで、身軽かつ気軽でいた自分が“所定の位置”に引き戻された気がした。

 瞬間湯沸かし器(給湯器)は1950年代に一般家庭に普及し、冷たい水で洗い物をすることから解放された。当時の女性は、どんなにアカギレ、ヒビ、しもやけで辛い思いをしていただろう。

 最近、よくあるテレビ番組の企画に「ダイエットもの」がある。積極的に見るつもりはなくても、週に1度は似たような番組に出くわす。昨日は健康状態も危惧されるような肥満タレントの食生活や生活習慣をダイエットの前と後で比較したものだった。この企画の成功の秘訣は「糖質ダイエット」だった。糖質とは、ほとんどの場合、炭水化物のことだ。炭水化物とは、ほとんどの場合、お米のことを指している。米はいつから悪者になったのか。

 長らくこの国は米本位制だった。米は戦後から平成の初期まで、食糧管理制度で国の管理や統制の下にあった。“ヤミ米摘発”というようなニュースがよく新聞に載っていた。白い米を誰もが気兼ねなく、お腹いっぱい食べられるようになったのは給湯器が普及した1950年代だろう。わずか60年ほどしか経っていない。ここ数年で、米は健康にとって悪者になった。日本は米の国。米を悪者扱いしていると、手痛いしっぺ返しをされるような気がする。

2017年12月 2日 (土)

<新版>日本語の作文技術

 本屋の文庫本売場で見慣れた黒い背表紙の本を見つけて手にとった。「<新版>日本語の作文技術」。<新版>という文字に惹かれた。本の中身は旧版の一部が削除されただけで、加筆されたものはないようだ。フォントが大きくなり読みやすくなった。

 著者の本多勝一氏は、自分が「人生で影響を受けた5人」の中に入る。本多氏の著作には他の“モノ書き”とは違うルールがある。そのルールは氏の著作のほとんど全て(知っている限り)の表紙をめくった場所に「凡例」として記載されている。

  1.数字の表記は四進法(日本式…数字の3桁ごとではなく、4桁ごとにカンマを打つ)とすること。

  2.人名はその人物が属する国の表記法とすること。

  3.アメリカの国名は合州国と訳し、合衆国と記さないこと。

  4.ローマ字は日本式(訓令式)とし、ヘボン式を排すこと。

  5.外国語の分かち書きのカタカナ表記はナカテン「・」ではなく、二重ハイフン「=」を用いること。

 本多勝一氏は元朝日新聞の記者・ジャーナリスト。本多氏の本を初めて読んだのは今から30年前の1988年頃。19か20の頃。本多氏の本の入り口に、この「凡例」があることは、彼の著作への興味を掻き立てた。なぜなら、本を読むためにそんなルールが適用されるのは初めてだったから。

 ジャーナリストである本多氏に対する評価は様々あるが、自分は1度たりとも「偏っている」と感じたことはない。「本多氏の切り口は真横一文字に水平か、あるいは、一直線に垂直」だと思っている。ほとんどブレない。本多氏は探究的(物事の本質をさぐって見きわめようとすること)な理系人物であり、探求的(あるものを得ようとしてさがし求めること)な文系人物でもある。

 手元にある「日本語の作文技術」は1988年7月の第14刷(朝日新聞社 420円)。「新版」は2015年12月初刷(朝日新聞出版刊 600円+税)。本多氏の著作は多数あるが、この本は後年まで“作文技法の古典”として受け継がれるのではないか。

 旧版には多田道太郎氏(フランス文学者・京都大学名誉教授 1924年12月2日 - 2007年12月2日)の解説文がついている。今日、12月2日が多田氏の誕生日であり、命日でもあること を知り、因縁めいたものを感じた。

2017年12月 1日 (金)

平成は夏だった

 宮内庁で皇室会議が開催され、天皇陛下が再来年2019年(平成31年)4月30日に退位され、皇太子が5月1日に即位されることになった。

 平成の時代は自分が20歳の年に始まった。そして、50歳の年に終わる。平成は人生の夏だった。

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