天皇賞・秋 記録と記憶 2
競馬の思い出話は長くなる。昨日は「記録」、今日は「記憶」に残る天皇賞・秋。
第118回(1998年11月1日)の天皇賞でサイレンススズカ(父サンデーサイレンス)の悲劇が起こった。6連勝で臨んだこのレースで故障し、安楽死となった。当時から、“新潟応援馬券”を勝っていた自分は、思いがけずこのレースの馬連を的中した。勝ったオフサイドトラップ(父トニービン)は前走で新潟記念を制していたからだ。2着はステイゴールドだった。
第120回(1999年10月31日)の天皇賞は、武豊にダービージョッキーの称号を与えたスペシャルウィーク(父サンデーサイレンス)が制した。スペシャルウィークは、その出生時に物語を持つ馬。30歳を過ぎたこの頃は、自分の競馬熱がピークにあった頃。そんなこともあって、馬券を買えば的中する(17戦14連対)この馬は、自分の好きな馬・ベスト3に入る、思い入れの強い馬だ。
第132回(2005年10月30日)ヘブンリーロマンスが勝った天皇賞は競馬史上初の“天覧競馬”だった。
天皇賞は1905年(明治38年)、明治天皇からの下賜による「菊花御紋付銀製花盛器」をかけて実施された「エンペラーズカップ」が前身。この年の天皇賞は「エンペラーズカップ100年記念」として行われ、史上初めて天皇皇后両陛下が観戦する中で実施された。この歴史的一戦を制したのが牝馬で14番人気の伏兵ヘヴンリーロマンス(父サンデーサイレンス)だった。レース後、松永幹夫騎手は両陛下がお立ちになる正面スタンドに向かって、馬上でへルメットを脱ぎ、深々と一礼した。ヘブンリーロマンスという馬名は「神々しい恋愛」という意味を持っていた。
テイエムオペラオー、アグネスデジタル、シンボリクリスエス、ゼンノロブロイ、ダイワメジャー、ウオッカ、ブエナビスタ、ジャスタウェイ、モーリス…。やはり天皇賞・秋の勝ち馬には“選ばれし馬”たちが並んでいる。
“選ばれし者”が勝つ 人生に必要な知恵はすべて競馬場で学んだ
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