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2017年8月

2017年8月31日 (木)

支配された夏

Img_20170831 今日で8月も終わり。梅雨時期に暑い日が続き、どれだけの猛暑になるかと危惧したが、おそらくは平年並みという観測結果になるだろう。暑さは尻すぼみだった。

 2017年、日本の夏は北朝鮮を巡る夏になった。

 一昨日、8月29日早朝、北朝鮮が弾道ミサイルを発射。日本政府は「Jアラート」(全国瞬時警報システム)で12道県にミサイル発射情報を伝達し、各携帯キャリアを通じた防災メール・緊急速報のアラームが一斉に鳴った。ミサイルは北海道・襟裳岬上空を通過し、太平洋上に落下した。

 不安と不信、怒りと悲しみ、そして哀れみ。そういった様々な感情が混じり合った、モヤモヤした気持ちを抱いた。目先、北朝鮮の建国記念日にあたる9月9日が最も危険と言われている。それを過ぎた頃、モヤモヤした気持ちを記そうと思う。

2017年8月30日 (水)

YouTubeでmotoblog

Img_20170830  よく「芸能界はイス取りゲームだ」と言われる。テレビを見ているとそのとおりだなと思う。常に100人か、多くて200人程度のタレントがいて、テレビにはその中からローテーションされた出演者が並んでいる。組み合わせパターンが違うだけだ。どこか既視感のあるテレビ。それについて出演者の責任など僅かなものと知りつつ、視聴後の“時間の喪失感”は出演者に向かう。それはあながち的外れとも言えない。なぜなら、経済的な“取り分”は彼らの比率が最も高いから。テレビ批判などムダなのでしない。

 インターネットのYouTube(動画共有・投稿サイト)はテレビよりも優れている点が多い。インターネット環境が身近にある現在では、子どもたちもYouTubeを見て楽しんでいる。子どもが将来なりたい職業には、ITエンジニアやプログラマー、ゲームクリエイターなどと並んで、YouTuberYouTubeに独自に制作した動画を継続して公開する人物や集団。投稿した動画の再生によって得られる広告収入を収入源とする人物)が上位を占めている。

 最近、YouTubeで「motoblog」(またはmotovlog)を視聴している。motoはバイクのこと。ライダーがヘルメットなどに小型カメラを設置し、喋りながらバイクに乗って撮影した車載動画を投稿している。motoblogには旅メイン、会話メイン、イベントメイン等々、様々なスタイルがあるのだが、自分が惹かれた理由は、バイク乗りの生態が理解できたからだと思う。

 バイクに興味を持つことなく生きてきて、心のどこかにバイク乗りは自分とは距離のある人、変わった人という思い込みがあった。これからバイク乗りになろうとは思わないが、ライダーたちは気のいい、むしろ心優しい人たちだと理解できたことだけでも、motoblogを視聴する満足度は高い。

2017年8月29日 (火)

スマホの視力は2.0

Img_201708091 信号手前の路肩に駐車して、交差点を写してみた。視力が良くない自分にしてみれば、スマホに写る画像の方が、裸眼と比べて格段に鮮明だ。

 ドライバーはフロントガラス越しに道路と交通状況を見て運転しているが、いずれその運転の形も変わってくるように思う。ドライバーは車体前方に据え付けられた何台かのカメラ画像を手元の画面で確認する。同じように前後左右につけられたセンサーから、歩行者などの情報を得る。フロントガラス自体がカメラ画像を映し、歩行者や自転車を点滅させたり、前方に高齢者マークをつけた車がいることをアナウンスしたり。

 すでにスマホが写す画像は、人が眼で視る力をかなり上回っている。運転中の携帯電話の使用は禁止されているが、そう遠くない将来、携帯電話が持っている機能がなければ車が動かない時代になるかもしれない。

2017年8月28日 (月)

100分で名著 「野火」/戦争という殺人

20170828 NHK、Eテレの「100分で名著」。8月は大岡昇平氏の「野火」が取り上げられていた。

 戦争は殺し合い。兵士は敵国の兵士を殺す。軍の上官は部下に、闘い、撃ち合い、斬り合い、殺すことを命じる。戦場では、軍人や兵士であるかないかに関わらず、殺戮が繰り返される。女性は犯される。殺すことを命じられた部下は、敵も殺すが、内的な自分をも殺す。戦争は他者を殺し、自分をも殺す。

 憎しみは増幅された憎しみで跳ね返って来る。戦争の“本当の姿”を知る者が激減し、再び、戦争への道が舗装されつつある。

 「野火」、そして作者・大岡昇平氏のメッセージを伝えた番組には説得力があった。番組は「野火」の37「狂人日記」からの引用で締めくくられた。

 「この田舎にも毎夕配られて来る新聞紙の報道は、私の最も欲しないこと、つまり戦争をさせようとしているらしい。現代の戦争を操る小数の紳士諸君は、それが利益なのだから別として、再び彼等に欺されたいらしい人達を私は理解出来ない。恐らく彼等は私が比島の山中で遇ったような目に遇うほかあるまい。その時彼らは思い知るであろう。戦争を知らない人間は、半分は子供である。」

 昨年9月の「100分で名著」は石牟礼道子氏の「苦界浄土」だった。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2016/09/100-3105.html

 あの時は公害、今回は戦争。公害はパワハラの構造とそっくりだと記した。「野火」の反戦メッセージもまた、現代の経済合理性優先社会への警鐘に聞こえる。戦争が愚行・蛮行であることを、多くの人がわかったフリをしている。上官の命令に背くことができない兵士たちの姿が、現代の利益至上主義の企業戦士の姿と重なる。

2017年8月27日 (日)

大池いこいの森キャンプ場(上越市)

 キャンプ場の立地には、山間、林間、湖畔、河畔、海浜などがある。山間はキャンプ道具の運搬や足下が気になる。海沿いでは風と波音が、川沿いでは川音や増水などが気になる。大池いこいの森キャンプ場は湖畔のキャンプ場。穏やかな湖畔を歩くハイキングコースがあり、貸自転車も置かれている。

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 写真1 ビジターセンター前にある案内図。キャンプサイトは第1から第4まである。係の方からは第3キャンプ場をすすめられた。  2 ビジターセンター付近にある橋。橋を左に徒歩15分ほど進むと北越急行ほくほく線の「大池いこいの森駅」へつながる。第4キャンプ場は橋を右へ。 3 第3キャンプ場の全景。駐車場からは50㍍。トイレは駐車場に隣接している。

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 写真4 炊事場とかまどは必要十分。据え付けのウッドテーブルが4~5ヵ所ある。テントサイトは土か草。木陰のサイトもある。  5 第3キャンプ場は小島のような形になっている。先端にある東屋。  6 大池の全景。 

 第1・第2サイトは駐車場からの距離がネック、第4サイトはソロ上級者向けとの説明だった。ロケーションも良く、利用料無料。最寄りのコンビニまで2㌔。キャパシティが高いキャンプ場だと思う。

 大池いこいの森キャンプ場 上越市頸城区日根津116-1 営業時間:9時~17時 定休日:月曜 利用料:無料

2017年8月26日 (土)

志賀高原・横手山・渋峠(長野県・群馬県)

 群馬県と長野県の県境が入り組む場所。「日本国道最高地点」は群馬県。渋峠から芳ヶ平湿地群を臨む。

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 渋峠ホテル前から横手山頂に運行されているリフトに乗った。

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 横手山頂の横手神社と三角点。山の反対側からも横手山スカイレータ(山に設置されたエスカレーター形式のもの)を経由したリフトが接続している。

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 志賀高原 木戸池付近。志賀高原は下から琵琶池、丸池、蓮池、長池、三角池、木戸池、硯川(すずりかわ)を経て、横手山、渋峠に繋がっていく。あるいは蓮池から発哺温泉、東館山、焼額山、奥志賀高原に繋がる。蓮池で標高1,500㍍。横手山から降りてくると、琵琶池、付近では暑く感じた。避暑が第一目的ならば、やはり高地になるほど涼しい(日によっては寒い)ようだ。

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 もう20年以上前のカーナビもない時代。奥志賀高原からカヤノ平に抜け、林道を通って切明温泉、秋山郷と辿って、ようやく津南に戻ったことがあった。およそ60㌔を3時間。カヤノ平は桃源郷のような景色だった。カーナビがあったら、その道は選ばなかった。

2017年8月25日 (金)

万座温泉・白根山(群馬県)

Img_2017082010 先週末、志賀高原から渋峠、横手山、万座温泉、帰路は野尻湖、斑尾高原、戸隠をドライブした。万座温泉はここから150㌔、3時間半ほどの行程。渋・湯田中から少し足を伸ばせばすぐのところにある。しかし、これは夏季6ヶ月間に限った話で、冬季は志賀草津道路が通行止めになり、遠い遠い温泉地になる。

 利用したのは湯治宿も兼ねている日進舘。温泉は名湯の名に相応しい泉質だった。海抜1,800㍍の高地にあり、下界との気温差は10度近くあった。曇りの天候に加え、濃霧に覆われた白根山々頂の観光は断念した。

 万座温泉 日進舘 群馬県吾妻郡嬬恋村干俣万座温泉2401

2017年8月24日 (木)

青春を直視できない

 昨日で夏の高校野球が閉幕した。近年は投手の逸材が多数輩出されて来たが、今大会は久しぶりに大型強打者の出現に沸いた。

 以前から、産業化している高校野球は好きではない。この夏はそういった現状を問題提起する報道が一部あったので溜飲を下げた。“本丸”は高野連。そこから下へ行くほど薄まっては行くが、野球部の高野連的体質、指導者や球児の特権的な意識は、本丸のそれを踏襲している。

 昨日は日本テレビ系で「鳥人間コンテスト」が放送されていた。今年で40回目の大会。それも納得する。小学生の頃に見ていた。当初は“馬鹿馬鹿しい番組”のひとつだったが、現在では夏の終わりの風物詩、超感動バラエティに様変わりした。

 自作した人力飛行機で飛行距離を競う大会であるものの、今ではバックグラウンドに重心が移り、事前に取材された参加チームや参加者個人が大会に賭ける熱い想いや隠されたストーリーなどが感動を過剰に演出する。事細かに批判するのは筋違いなので記さないが、自分はあの“青春”を直視できない。

 甲子園でも鳥人間でも高校生クイズでも、ある種の熱狂状態を見ると鳥肌が立ち、嫌悪感から寒気もする。彼らは健全で正常、自分がひねくれ者で異常なのだろう。彼らに問題があるのではなく、自分に問題がある。その通りだ。その評価で構わない。

 彼らが熱狂する姿は、確かに集中する姿には見える。集中する彼らは、大会が終わった翌日からは、身を反転させるように思えてしまう。熱狂する者は、良く言えば冷静、適切に言えば冷酷になれる者と言えないだろうか。

2017年8月23日 (水)

処暑の蝉

 柿川の岸に立っている木の幹に、逆さに留まっている蝉を見つけた。この辺で蝉と言えばアブラゼミのこと。インターネットにも「北陸地方ではアブラゼミの勢力拡大が著しい」とある。しかし、北日本では相対的にミンミンゼミが勢力を増し、アブラゼミの勢力が衰退している地方が多いという。

Img_20170823 蝉はアブラゼミ、クマゼミ、ヒグラシ、ツクツクボウシ。このあたりが代表的な種類。ニイニイゼミやミンミンゼミという名前聞くが、これらはその鳴き声の特徴からついた別名で、前記のいずれかの種類に含まれていると思っていた。しかし、調べてみるとニイニイゼミもミンミンゼミも、立派に蝉の1種類だった。クマゼミは山の中で、ヒグラシは水辺近くで、ツクツクボウシは晩夏から初秋に鳴くという印象だったが、これらもほとんど外れていた。

 エゾゼミという蝉の解説文に「木の幹に逆さにとまる」という説明があった。その一文を見て、少し安心した。ひとつは、逆さに留まった蝉が天変地異の前触れを示しているわけではないとわかったから。もうひとつは、あの蝉が死の直前で見境がつかなくなっているわけではないとわかったからだ。

 今日は二十四節季の処暑。夏の暑さが峠を越えて収まる頃。窓の外ではコオロギが鳴いている。

2017年8月22日 (火)

夏の光景 3

 “撮り鉄”ではないのだが、偶然通りかかった駅舎が郷愁を誘う佇まいだった。

 長野鉄道 長野線 中野松川駅

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 長野鉄道長野線は長野駅を起点とし、湯田中駅を終点とする駅数24駅、総延長33.2kmの路線。

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 偶然、通過した展望席を持つ車両は、その配色も含め、まるで小田急電鉄の「ロマンスカー」のようだった。帰宅して調べてみると、目撃した電車は「特急ゆけむり」(1000形)で、小田急電鉄のロマンスカー(10000形)を譲り受けた車両だった。

 長野鉄道 中野松川駅 中野市中野1840-3

2017年8月21日 (月)

夏の光景 2

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 「ナウマンゾウの親子像」  野尻湖では3~5万年前(氷河期)のナウマンゾウの化石が発掘されている。

 ナウマンゾウの親子像 国道18号線 野尻湖交差点

2017年8月20日 (日)

夏の光景 1

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 上信越自動車道 信濃町インターチェンジから国道18号線を長野方面に1㌔進む。柏原小学校入口交差点から県道36号線に入り、俳諧師・小林一茶の記念館前を過ぎて戸隠方面に3㌔。

 街道沿いの集落に、そば処 仁の蔵 高原野菜ととうもろこし直売所 ・ 焼きとうもろこしのお店 小林農園 ・ 長原農園 高原野菜直売所 などが「とうもろこし街道」を形成している。

 長野県上水内郡信濃町柏原 営業期間・時間:概ね7月~9月、8時~18時

2017年8月19日 (土)

首相の夏休み

 安倍首相は15日から18日までの4日間、河口湖近くの別荘で夏休みを過ごした。当初、24日まで10日間の予定を「北朝鮮情勢で非常事態下なのに」という批判を警戒して、4日間に短縮(18日には米軍の制服組トップと会談。実質3日)したという。趣味のゴルフの予定もキャンセルしたらしい。

 官邸が警戒した「非常事態下なのに」という批判とは、誰がする批判だろう。メディアやネットだろうか。それとも「こんな人たち」か?首相が夏休みを短縮するというニュースは大手メディア全社が報じた。その文脈は概ね“好意的”だった。一方で、1週間程度の夏休みは取得すべきではないか?という趣旨の報道は全く目にしなかった。

 首相の政策や政治スタンスは自分にはそぐわない。河口湖近くの別荘で(本来は)ゴルフという休暇は、いかにも上流階級で鼻につく。しかし、北朝鮮を監視するモニターを首相が視ている訳ではないし、官邸と河口湖はせいぜい100㌔程度の距離だ。何よりも日本の政治リーダーに夏休みがないというのは、常識的にはあり得ないし、実質3日では短い。

 この休暇の間、北朝鮮を巡る緊張状態が続き、休暇を返上・短縮したことは結果的に正解だったかもしれないが、夏休み短縮報道については、余りにも画一的で予定調和に過ぎた。少なくとも、アメリカ・トランプ大統領が4日から19日まで2週間の休暇を過ごしていることと比較する報道もできた。

 オーバーランした報道、ヒステリックな報道を見聞きする時、一体、誰のために報じているのかと疑問に思うことがある。紙面や誌面、時間を埋めるためのものなら、余白や空欄にしておく方がいい。同じように、ほぼすべてのメディアが、同じ論調で伝える報道には注意を払いたい。

2017年8月18日 (金)

フィールドワーク

~ お盆の夜に ③ ~

 小学校6年生の授業で自分が産まれた町の歴史や産業を習う時間があった。4月に教本を使った座学があり、おおまかな歴史を習う。その後、数人の生徒でグループを作り、テーマを設定する。各々のテーマについて調査したことを大洋紙(模造紙)に書いて発表するというものだった。図書館で調べたり、学校周辺の公的施設や企業を“アポなし”で訪問した記憶がある。今思えばフィールドワーク的な方法で、子どもの自主性に委ねられた授業だった。

 町の歴史や産業といっても、覚えていることは2つ。町を流れる刈谷田川(かりやたがわ)は暴れ川で、度々、水害に見舞われてきたこと。市内中心部の川の流れを直線状にする大規模な河川改修事業が高度成長期に実施されたこと。そして、「繊維産業の町」であることだった。各グループのテーマは川と繊維に収れんしたが、中には地層を調べるグループがあった。

 「リーダーシップがある者」が率いるグループや「強い思いがある者」が率いるグループがいい調査・研究をした。絵やイラスト、装飾などの「美術センスが高い者」が率いるグループは個性的な発表をし、「小さいことに囚われない者」が率いるグループは調査も発表も早かった。それらの特徴は、社会における集団・組織の有り様と何ら変わらない。 

 自分たちのグループは繊維産業をテーマに、実際にいくつかの企業を訪問することから始めた。ある企業ではパートのおばさんが細やかな作業で苦労している話を聞いた。ある企業では社長自らが繊維産業の概要を話してくれた。ひとくちに繊維産業と言っても、糸を染色する会社から、製品生地を作る会社、実際に衣類をデザインする会社、ボタンつけをする会社、完成品を卸売りする会社などがあることを知った。

 何か方向性がある訳ではなかったが、まずは現場の声を聞き、現状報告を載せた。品質を高めるため、細やかな作業を積み重ねる苦労があること。作業課程では多くのパート労働者が産業を支えていること。個々の企業は小さくても、多様な工程を請負う会社があることで、「繊維産業の集積地としての力を持っている」こと。そんなまとめ方をして発表した。

 労働者と経営者に取材し、事実を正確に伝える。今年のお盆は、そんな初めてのフィールドワークを思い出しながら、酒を飲んだ。

2017年8月17日 (木)

見附油田

~ お盆の夜に ② ~

 柔道の練習を終えた帰り道。ある場所まで自転車で寄り道することがあった。家の方向からかなり逸れ、遠回りにはなるが逆方向にはならない。そこまでの道は片方が住宅街で、もう片方は田んぼ。町の中心部から郊外に変わる境目のような道に沿って進むと、その場所に着く。目指す場所にあるものは「見附油田」。

 新潟県では昔から原油と天然ガスが産出される。原油は国内生産の7割近く、天然ガスは国内生産の8割近くを占めており(平成28年)、その生産量は全国1位を維持している。見附油田は1958年(昭和33年)に石油資源開発㈱によって発見され、1962年(昭和37年)から原油と天然ガスの採掘が始められた。現在でも天然ガスを原料とした液化石油ガス(LPG)が製造されている。

 そこには銀色の採掘プラントが白い常夜灯に照らされ、暗闇に浮かび上がっている異質な景色が広がっている場所だった。

 その無機質な光景を見つめていると、なぜか自分の心が落ち着いていくのがわかった。

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 【写真】 LPGの精留塔 左:夜の風景 「新潟県の中心地」モニュメント付近から撮影   右:昼の風景 エスケイ産業HPから

 設備は更新されており、当時のものてではないが、雰囲気は変わらない。その一帯だけはまるで異空間だ。

2017年8月16日 (水)

柔道のこと

~ お盆の夜に ① ~

 昨日、家計が支出する塾や習い事などにかかる費用「学校外教育費」について触れた。自分が受けた学校外教育は2つ。ひとつは公文式学習塾。ひとつは柔道だった。柔道は小学校3年生から始めた。内気な性格を心配した父親が考えた“子育て策”だった。「スポーツ少年団」の柔道教室は夜間に警察署の柔道場で開かれていた。警察署は自宅から徒歩1分のところにあった。週に2回、月曜と木曜の夜に通った。警察署は間もなく自転車で10分ほどの場所に移転したが、通うのは苦にはならなかった。練習時間は19時半から21時半くらい。練習が終わると、仲間と自販機で買ったジュースを飲んで帰るのが恒例だった。家からも学校からも解放された時間だった。

 成長期と重なったこともあるが、それまで比較的ヒョロっとした体型から、肩幅の広いがっちりした体型に変わったのは柔道のおかげだ。いつも服は肩に合わせて買っていた。今でもスーツを新調する際、「スポーツをやってましたか?」と聞かれる。一方、性格は「三つ子の魂百まで」のことわざのとおり、ほとんど変わらない(と思う)。それでも柔道という武道を経験し、学校以外での仲間を得たことは、自分の少年時代を大きく軌道修正してくれた。きっかけを作ってくれた親に感謝している。

 しかし、柔道からは小学生限りで離れることになった。今でもそのことを後悔することがある。親が促してくれた道を部活で続けていれば、と。半ばボランティアのように熱心に指導してくれた先生が、この春に亡くなった。あれから、ただの1度も感謝の気持ちを伝えることができなかった。

 少年時代、日かげから日なたへ連れ出してくれたのは柔道だった。

2017年8月15日 (火)

72年目 終戦記念日

 図書館の玄関にイベントや催し物を紹介するコーナーがある。音楽会や観劇、各種の発表会などのリーフレットが並んでいる。その中に海外友好都市との交流事業海外短期留学との案内を見つけた。何げなしにそのリーフレットを手に取り、応募要項を眺めると、選考試験には面接、学力試験と並んで英会話が含まれていた。それは当然のことなのだろうが、少々、物申したい気持ちが疼(うず)いた。幼い頃から英語教室に“通えた”子どもや短期留学などの経験がある学生が大きなアドバンテージを持つからだ。

 お茶の水女子大学が実施した「全国学力・学習状況調査結果」を活用した「学力に影響を与える要因に関する調査研究」で下記のとおり報告されている。

 1.(全国学力・学習状況調査で)最低の学力の児童は親の年収が調査における最低区分(200万円未満)の児童だった。最高の学力の児童は親の年収が調査における最高区分(1,500万円以上)の児童だった。その差は国語でおよそ20点弱、算数で20点強だった。 

 2.学力は本人の能力と努力にも依存し、必ずしも親の年収で決まるものではない。しかし、親の年収差によって子どもの学習環境に違いが生じることは想定される。塾などの学校外教育費について、中学受験を予定している家庭は1カ月におよそ2万4,000円支出しているのに対し、しない家庭ではおよそ3,900円と6倍の差があった。

 3.親の経済力と子どもの通塾率は強い相関がある。通塾すれば学力が高くなることは確認されている。親の経済力と子どもの学力も間接的に相関関係にある。 

 裕福な家庭の子どもは、小学低学年から塾などの学校外教育を受ける。中学・高校も塾に通い、難関大学に合格するというコースを歩める。一方、貧しい家庭の子どもは、仮に落ちこぼれてしまっても補習塾にすら行けない。親の収入によって、子どもの教育の機会不平等が生まれている。

 国力を高め、国を強靱化するのは、防衛費を増額し、軍事力を増強することではないだろう。学力や語学力に限らず、あらゆる能力を認め・育て・伸ばしてやれる社会の仕組みを作ることが、むしろ国力増強の近道だろう。

 72年目の終戦記念日。「生まれ」による格差は拡がるばかりだ。

2017年8月14日 (月)

村恭(村上市)

Img_201708014 村恭(むらきょう 村上市)のクレープを市内のスーパーで見かけた。最近はイベント会場や催事コーナーで見かけることが多くなった。

 長岡のスーパーで食品売場の一角を占め、そのアイスケースの中にはあずき、抹茶チョコなど昔ながらのクレープに加えて新種のクレープも並んでいた。こういう会社は企業努力を怠らない。

 すでに有名なので紹介は簡単に。クレープと言っても形状は一般的なクレープ型とは異なり、四角に巻かれている。フワフワの食感とクリームの種類が豊富なことが特徴。村上市の店舗では季節限定など10種類程度が並んでいる。夏は冷凍後、半解凍でもいい。

 村恭(神林店) 村上市牧目砂山1262 営業時間:10:00~19:00 定休日:第2・4水曜

2017年8月13日 (日)

中浦ヒメサユリ森林公園キャンプ場(三条市)

 中浦ヒメサユリ森林公園キャンプ場は良く整備・管理された施設。広い駐車場があるが、キャンプ利用者はサイトへの車の乗り入れが許されている。管理棟には軽食堂・売店があり、炊事道具のレンタルも行っている。設備も良好で、屋外炊事場には飲食用のテーブルがあり、多少の雨天時でも屋根の下で飲食できる。キャンプサイトはオートサイト。バンガロー、釣り堀、遊歩道、いくつかのアスレチック遊具、キャンプファイヤーサークルと設備は多彩。料金も日帰り利用500円、1泊1,000円。水遊びが出来てオートサイトとファミリー向けのキャンプ場だが、ここで最も快適なのはバンガロー利用かもしれない。木陰のテントサイトが見当たらなかったのは残念。

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 中浦ヒメサユリ森林公園 三条市中浦143 国道290号線を進み三条市上谷地(旧下田村)地区の案内看板に沿って3㌔。 営業期間:4月~12月 利用料:テントサイト 1泊2日:1,000円 日帰り:500円 バンガロー 1泊2日:5,000円 日帰り:2,500円

2017年8月12日 (土)

粟ヶ岳県民休養地キャンプ場(加茂市)

 粟ヶ岳県民休養地は粟ヶ岳(あわがたけ:標高1,293m)の登山道入口になっている。ここから山頂までは3時間、往復で5時間の行程。加茂市の水源になっている水道貯水池にキャンプ場が隣接している。

 広い駐車場があり、キャンプサイトまでは100㍍くらい。立派なキャンプファイヤーサークル、奥に炊事場とかまど小屋。据え付けられたウッドテーブルが6つ。テントサイトは広くなく、10張りもあれば混んでいる印象を受けるだろう。管理人室脇に登山者も使う休憩スペースと自販機がある。少し離れた場所にビジターセンターもある。車で5分のところに日帰り温泉「美人の湯」があり、キャンプ利用時に立ち寄ることをおすすめする。

 水源池周辺はちょっとした避暑地のような風景。季節ごとに移ろう景色はカメラ好きにもおすすめ。なお、水源池での釣りは禁止されている。

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 粟ヶ岳県民休養地キャンプ場 加茂市宮寄上2684 国道290号線を「加茂 美人の湯」を目指して進み、そこから約4㌔先にある水源池近く。 営業期間:4月~11月(冬季閉鎖) キャンプのチェックイン・チェックアウトともにフリー 利用料:無料 予約不要(団体のみ要)

2017年8月11日 (金)

新潟県“ワンコイン”キャンプ場

 昨年から施行された祝日「山の日」。お盆休みを前倒しして、かつ、拡大する目論見どおりになっているだろうか。去年も記したと思うが、お盆休みが削られたり、仕事が大幅にシワ寄せされたりしていないか。シワ寄せは社内では現場や一般社員に、社会では下請けや零細企業に偏るもの。そのことを理解しているだろうか。役人はこの時期に祝日を増やしたことが、夏季休暇の拡大に繋がったなどとあぐらをかかないで欲しい。祝日の増加による無理と矛盾、不利益を末端が背負わされていないか?その実態を把握すべきだろう。

 近年はアウトドア・ブームだから、「山の日」の制定自体はタイムリーともいえる。流行している“グランピング”は、グラマラスとキャンピングをかけ合わせた造語。優雅に、贅沢にアウトドアを楽しめる施設が増えている。グランピングや野外フェスの写真や動画などで、色とりどりの三角旗「ガーランド」で飾りつけてあるテントを見たことがある。アウトドアやキャンプの楽しみ方は、多くの趣味と同様か、それ以上に千差万別だと思うから、人それぞれなのだが、間近に華やかに飾りつけてあるテントやタープを見ると、少々気恥ずかしく思う。

 キャンプは自然との触れ合い、日常生活からの開放感に浸るというのが大きな魅力だ。今はそれに加えて、快適性や娯楽性が求められる。その結果、オートキャンプ場やAC電源付きのキャンプサイトが増え、人気のあるキャンプ場やキャンプサイトは、夏休みなどは予約で確保できないという。

 日本ではあらゆる場面で「経済化したもの」だけにスポットライトが当たる。そこに資金が投入されることで設備が更新され、規模が拡大する。雇用も増える。それはキャンプの選択肢が増えることで好ましいのだが、一方では「経済化しないもの」の衰退に繋がっていく。

 最低限の設備(だと思う)、「炊事場とトイレ」があって、1泊の利用料金がワンコイン程度のキャンプ場を維持運営していくのは自治体にしかできない。そんなキャンプ場を、このブログでも紹介・掲載していこうと思う。

2017年8月10日 (木)

とんかつ いさお(長岡市)

 摂田屋町の住宅街(摂田屋西公園前)にある「とんかつ いさお」。ネットの書き込みによると、以前は殿町の踏切付近で営業していた模様。長岡にはメニューにとんかつを置いている店は数え切れないものの、とんかつ屋自体の数は片手で数えられるほど。以前から気になっていた店だった。

 店内は4人掛けテーブルが2つ、小上がりに4人用の座卓が2つ。メニューはとんかつ定食・カツカレー・カレーライスのみ(大盛あり)。訪問時は4テーブルに12人の客がいたが、カツカレー10、とんかつ定食2のオーダーだった。写真はとんかつ定食(950円)。市内で最も厚いのではないかと思われるとんかつ。家庭的なみそ汁と副菜。お母さんがほぼ1人で切り盛りしている。南陽工業団地が近く、サラリーマン・労働者、男性向き。

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 とんかつ いさお 長岡市摂田屋町2703-33 営業時間:11:30~14:00 定休日:木曜、日・祝

20171120【追記1】複数回訪問したので追記。この半年、ここ以外でとんかつは食べていない。平日はサラリーマン客の昼食で相席になることもある。10月から昼のみの営業になった。むしろ土曜の方が空いている。

【追記2】カツカレー(950円普通盛)の写真もアップ。隣席の人は大盛を食べていたが、自分にはムリな量。

2017年8月 9日 (水)

72年目 原爆の日

 長崎は(正しくは「日本は」だろう)72回目の「原爆の日」を迎えた。長崎市平和公園で平和祈念式典が開かれ、原爆投下時刻の11時02分に黙祷が捧げられた。長崎市長は7月に国連で採択された「核兵器禁止条約」に参加しなかった政府の姿勢を非難、条約の批准を訴えた。世界で唯一の原爆被爆国であり、「核兵器のない世界を目指してリーダーシップをとる」と明言しているにも関わらず、条約を批准しないどころか、交渉会議にさえも参加しない姿勢を厳しく非難した。安倍首相は「核保有国と非保有国双方への働きかけを通じて国際社会を主導する」と述べるにとどまった。被爆者代表の深堀氏は「平和への誓い」の中で「核は人類と共存できないと確信している」と核廃絶・脱原発を訴えた。

 首相は式典出席後の会見で「核兵器禁止条約は我が国のアプローチと異なるものであり、同条約に署名・批准する考えはない」との方針を改めて示した。「核兵器のない世界を実現するためには、核兵器国の参加を得ることが不可欠だが、条約に核兵器国が参加していない。核兵器国と非核兵器国の隔たりを深め、核兵器のない世界の実現をかえって遠ざける結果となってはならない」とした。

 意味不明。

 百歩譲って、国連の核兵器禁止条約交渉会議の場で、そう発言すべきだろう。“唯一の被爆国の実態と本性”は、すでに世界の国々に知れ渡っているのではないか。

 核兵器国の肩を持つ被爆国は、核兵器国と同等だろう。

  http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/07/post-c467.html

2017年8月 8日 (火)

鈍行列車

 鈍行と列車という言葉は死語になりつつある。しかし、そういう会話になるとつい無意識のうちに鈍行列車と言っていることがある。鈍行とは普通のことであり、列車は電車のこと。時代を経て正しい表現に修正されたということだろう。

 4日から5日朝にかけて奄美大島に「50年に1度の記録的大雨」(気象庁)を降らせた台風5号は「鈍行列車よりも遅い速度」で日本列島を北上した。新潟はこの台風の進路上にあったものの、被害は最小限のものにとどまった。

 台風が接近する新潟に向かって、東京から甥っ子が帰省した。彼は鈍行列車ならぬ普通電車で帰省したと聞く。自らの労働で金銭を稼がない立場の者が普通電車で帰省するのは、何の驚きもない。当然のことと言ったら冷たいかもしれないが、とても健全なことだと思う。30年前の自分の姿と重なる。

 18歳の彼は受験生で、両親や弟よりも一足先に来て、田舎で受験勉強するのだとか。自分は18歳の夏に原付免許を取得した。友達と石地の海へ出掛けた。つまり、ムダに過ごした。

 いくつになっても、どの年の夏も戻っては来ない。だからこそ彼は受験勉強をするべきだろう。それが最善だ。それは30年前の自分の姿とは重ならない。その方がいい。

2017年8月 7日 (月)

氷嚢・氷枕

 梅雨明け1週間も経たないうちに暦は立秋。暑中から残暑の時期に移る。

 接近する台風5号の影響で県内は35度を超える猛暑日になった。上越や三条では38度を超えた。台風の暖かく湿った風が南から山を越えて下りる際、気温が上昇するフェーン現象だ。

 クーラーをつけたまま眠る夜が続く。寝苦しい夜は大きめの保冷剤にタオルを巻き、身辺に置いて眠る。以前はアイスノンを使っていたが、枕にすると高さや固さが変わり、かえって眠りにくくなる。こちらの方が軽量で使いやすい。

 これらの道具を遡ると、水枕や氷嚢(ひょうのう)にたどり着く。昔は発熱などで体調がすぐれない時に使用したものだが、今は快適性のために使用される。

 分厚く、赤茶色のゴムでできた水枕。氷嚢もゴム製だった。水枕の口金、氷嚢を吊す台。物持ちがいい(良すぎる)母親なら、どこかに隠し持っているかもしれない。

2017年8月 6日 (日)

夏競馬を堪能

Dsc_0910 今日は今夏初の競馬観戦へ。写真はJRA新潟競馬場の入場ゲートを入って左にある壁画。ゴール板直前の瞬間といった描写。ジョッキー帽が黄色い5枠・栃栗毛の馬を1枠・芦毛の馬が猛追している。

 馬の毛色は大きく14種類に分類され、細かく分類すると100種類以上に及ぶという。鹿毛(かげ)、黒鹿毛、青鹿毛、青毛、栗毛、栃栗毛、芦毛、佐目毛(さめげ)、河原毛(かわらげ)、月毛(つきげ)、白毛、粕毛(かすげ)、薄墨毛(うすずみげ)、駁毛(ぶちげ)。 ※競走馬(サラブレッド)の毛色は前記のうち佐目毛、河原毛、月毛、粕毛、薄墨毛、駁毛を除いた8種類。

 ディープインパクトは鹿毛、ナリタブライアンやスペシャルウィークは黒鹿毛、キズナは青鹿毛。オルフェーブルは栗毛、オグリキャップやゴールドシップは芦毛。

20170806_2 新潟5Rの新馬戦は良血馬が揃った10頭立て。中でも注目は父オルフェーヴルと同じ栗毛の牝馬ロックディスタウン。同じく新潟デビューの父オルフェーヴルは新馬勝ちのレース後、池添騎手を振り落としたことがあった。この娘もパドックでルメールが騎乗する際に立ち上がってみせた。まるでルメール騎手を威嚇するかのよう。「私を操れるの?」

 レースはロックディスタウンが好位追走、直線残り200㍍から差し切った。C.ルメールに見事、「操られて」みせた。牝馬クラシックを進むような競走馬になっていくよう期待している。このレースの掲示板に載った馬は将来性豊かだと思う。活躍を祈念。

 新潟11R GⅢ レパードステークスは圧倒的1番人気に推されたエピカリスが注目されたが、3着に終わった。海外遠征帰りの影響はあったと思うが、ベルモントS出走取消の影響はなかったと思う。デビューの地で復活とならなかったのは残念。しかし、秋以降、再び巻き返して来るだろう。エピカリスは黒鹿毛の馬。父ゴールドアリュールは栗毛の馬だった。父の毛色を継いだサルサディオーネが2着だった。勝ったのはデビュー2年目、木幡巧也騎手騎乗のローズプリンスダム。人馬ともに重賞初勝利と記念すべきレースになった。

Img_20170806 最終12R。メイン競走を終え、多くの観客が家路についた。最後まで残っていた観客にはご褒美が待っていた。藤田菜七子騎手騎乗の15頭中11番人気のコパノディールが直線、最速の上がりを使って差し切り勝ち。場内は祝福ムードに包まれた。「コパノ」との相性の良さを活かして欲しい。

 馬券成績は1R・5R・8Rで勝ち、9R・11R・12Rで回収されたものの、まずまず。それにしても近年は指定席の完売時間が早まっている。

2017年8月 5日 (土)

夕景 西向きの窓から

 窓からの夕景。空がわずかな時間でピンクからオレンジ、オレンジからブルー、ブルーからグリーンに変化した。

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2017年8月 4日 (金)

信濃川・千曲川

 信濃川の水面をスターマイン花火が照らすと、川の流れが想像していたよりも速いことに驚いた。

Img_201708032 信濃川は源流がある信濃国・長野県では千曲川なのに、新潟に入ると信濃川と名を変える。逆ならわかるが。信濃川の名称は河川法上の規定によるものらしい。全長367㌔のうち、信濃川は153㌔、千曲川は214㌔。信濃川に占める千曲川の割合はおよそ6割に達する。日本一長い川であるものの、流域面積は利根川、石狩川に次いで3位にとどまる。小千谷から新潟平野に入るまでは、ほとんど山間部を蛇行してくるからだろう。

 新潟県津南町から新潟に流入する信濃川は、河口の新潟まで、比較的直線状に流れていく。もちろん、資金と歳月をかけた治水事業・河川改修が行われてきた成果もあるだろう。越後川口や三条市で大きく蛇行するが「千曲」の名は似合わない。

 一方、山梨県・埼玉県・長野県3県の境にある甲武信ヶ岳(こぶしがたけ:標高2,475m/甲武信岳(こぶしだけ)を源流に、佐久、小諸、東御、上田、千曲、長野、小布施、中野、飯山と、北信濃の主要都市を迂回して流れる姿は千曲の名にふさわしい。名は体を表すというのは人に向けられるよりも、こういうものの方が腑に落ちる。

 今年も千曲川・信濃川は水の鏡のように、その水面に流域各地の花火を映している。

2017年8月 3日 (木)

長岡の花火

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 今年、長岡花火大会は全国にテレビで生中継された。8月2日はNHK BSプレミアム、8月3日はBS日テレ。両番組とも長岡の花火は派手な花火ショーではなく、長岡空襲の慰霊祭であり、根底に鎮魂と平和への想いがあることを伝えていた。

 今年は道路を挟んだ窓の向こう側のビルの屋上看板が撤去されて10ヶ月。今年は窓からフェニックス花火の全景を観ることができた。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2016/09/show-2107.html

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2017年8月 2日 (水)

長生橋 傘寿のライトアップ

Img_201708034 北陸地方は梅雨明け。2013年以来4年ぶりに8月の梅雨明け発表になった。

 西向きの窓から、信濃川に架かる長生橋を見ることができる。視力が悪いことと、長生橋が目立たない色をしていることで、周囲に溶け込んでしまうが、夜は橋を渡る車のヘッドライトが橋の位置を教えてくれる。現在の長生橋は1937年(昭和12年)に架けられてから、今年で80年になる。

 1945年(昭和20年)8月1日。午後10時半からおよそ1時間40分、長岡はアメリカ軍B29爆撃機の空襲を受けた。市街地のほとんどが焼土と化し、1,500名近い人命が失われた。空襲からわずか1年後の1946年(昭和21年)8月1日、長岡まつりの前身となる長岡復興祭が開催された。80歳になった長生橋は空襲に耐え、復興祭を見つめていたことになる。

 生誕80年を迎えた長生橋が期間限定でライトアップされる。“傘寿のお祝い”といったところか。その点灯式が花火大会のナイアガラの前に行われた(3日も行われる)。

 父が昭和11年生まれ、義父が昭和12年生まれ。長生橋の姿は、あの頃の人たちの姿と重なる。

2017年8月 1日 (火)

慰霊の日と碑と火

 毎年8月1日、長岡空襲による死者を弔う戦災殉難者慰霊祭が平潟神社で行われる。夏の陽射しを避け、午前6時から開式。「戦災殉難者慰霊塔」の前は式典の準備が整えられていた。戦争当時、平潟神社は防空壕がある避難場所だったため、空襲で多くの人が亡くなった。ここは“戦場”でもあったのだ。

 慰霊祭も慰霊碑も忠魂碑も灯籠流しも、これ以上増やすことは許されない。「戦争をしたら負け」なのだ。慰霊の日と碑と火。これらは“非戦・否戦を誓うためのもの”でもある。

 長岡市戦災殉難者慰霊塔 … 1958年(昭和33年)8月1日建立 1995年(平成7年)8月1日移転修復

 忠烈靖献之碑 … 1906年(明治39年)建立 羽ばたく鳥を掲げた忠烈靖献之碑は日清・日露戦争における長岡出身戦没者の慰霊顕彰碑。碑文は大山巌元帥の書。

 柿川灯籠流し … 今年で第34回を迎えた灯籠流し。昨年は強い夕立に見舞われて中止された。2年振りの開催。

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