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2017年7月20日 (木)

20年ぶりの三国峠

 高度経済成長期に建設された道路や橋、トンネルなど、社会インフラの老朽化が社会問題になっている。およそ73万ある橋梁のうち、2割が建設後50年を経過している。10年後には4割を超え、20年後には7割に迫る。また、およそ1万あるトンネルのうち、50年を経過したものは全体の2割で、10年後には3割、20年後には5割を超える。

 先日、およそ20年ぶりに、その三国峠を越えてきた。三国トンネルは昔と変わらず狭く、大型車とのすれ違いは緊張した。対向車線の大型車はセンターラインをはみ出さずには通行できないほどの道幅。三国トンネルも立派な老朽化した社会インフラだ。

 1985年に関越自動車道の前橋IC - 湯沢IC間が開通し、新潟と関東は完全な日帰り圏になった。新潟県民は関東圏を除いては、他県よりもいち早く高速交通網の恩恵にあずかることになった。それ以前の時代に車で上越国境を越えるためには、必ず三国峠・三国トンネルを通らなければならなかった。

 三国峠を越えて行くバス旅行などでは、三国峠に入る前に必ずと言ってもいいほど、「これから三国峠に入ります」とアナウンスがあった。これは「いよいよ三国峠ですよ。体の準備、覚悟はよろしいですか」という意味だ。黒煙をあげて曲がりくねった峠道を進むバスは、轟くようなエンジン音をたてた。決して乗り心地の良いものではなかった。峠を越えた後には、必ず気分を悪くする人がいたものだった。

 三国峠は関東と越後を結ぶ大動脈であり、関東と越後を分断する関所のような存在でもあった。三国峠は苗場から猿ヶ京温泉に至る15キロ程度を指すと思われるが、広い意味では湯沢IC→月夜野ICの50キロ程度と捉えていいと思う。

 湯沢IC出口から8㌔ほどで、かぐら・みつまた地区に着く。道路は整備されている。立ち寄り湯「街道の湯」、「道の駅 みつまた」を過ぎると、何軒かの旅館やロッジなどがあり、西側は清津川を挟んで、かぐらスキー場のゲレンデが広がっている。3㌔ほど走ると貝掛温泉入口の案内板がある。“目薬の湯”と言われるように眼病に効くという1軒宿。ここから4㌔、カーブする坂道か幅が狭小な二居トンネルを抜けると田代・二居(ふたい)地区。田代スキー場、「宿場の湯」などがある。ここから7㌔、道幅の広い直線道路を進むと苗場。巨大な苗場プリンスホテルが視界に入ってくる。旅館・民宿・スキー宿などが立ち並ぶ。近年は「フジロックフェスティバル」の会場として、開催期間中のべ10万人以上がこの地を訪れる。苗場から先が三国峠。三国トンネルを抜け、峠道をおよそ11㌔ほど走ると、永井宿、法師温泉入口に着くが、まだまだ峠道が続く。4㌔進んだ猿ヶ京温泉・赤谷湖まで来ると、峠越えは終わる。4㌔で湯宿温泉、旧新治村中心部を抜け、4㌔で太助ドライブイン。更に6㌔で月夜野IC入口。これで51キロ。

 新潟側では街道の湯、貝掛温泉、宿場の湯。上越国境から月夜野までには法師温泉、猿ヶ京温泉、赤谷湖周辺、湯宿温泉等。今回、関越自動車道を避け国道17号を迂回することで、この先、旅の目的地が増えたように思う。老朽化した三国トンネルの西側では、新三国トンネルの掘削が進んでいた。新しいトンネルが開通する頃には、これらの温泉が再び脚光を浴びるだろう。

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