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2017年7月

2017年7月31日 (月)

泥船を降りる

 「ワンマン社長の判断」と「組織の判断」は違わなければならない。これはサラリーマン生活を通じての持論のひとつ。北朝鮮と日本の判断が違うように。

 惑星直列とは、単純に「複数の惑星が直列状に並ぶこと」だと思っていた。定義を調べると「星が地球から見てほぼ同時期に、外惑星(火星・木星・土星・冥王星・海王星)は「衝(しょう)」、内惑星(水星・金星)は「合(ごう)」の付近に位置する状態を言う」とある。組織で負の惑星直列が起きた場合は、とても危険だ。

 ある日、入社3年目で“ゆとり世代の典型”と揶揄されていた 「彼」が出勤しなかった。彼は連日、上司から執拗な叱責を受けていた。上司は店頭に客がいても構うことなく怒鳴ることを止めなかった。彼は能力のない人物ではなかった。TOEICで高得点の成績をとるなど英語が得意で、秀でた能力を持っていた。得手・不得手、あるいは仕事の基礎教育の問題であることは明らかだった。書類整理やこれまで積み重なったミスを取り繕うことだけに追われている現状を、把握し、対処するのは、上司のマネジメント能力の問題だ。

 出勤しなかった彼の自宅に電話すると、母親は「いつも通りの時間に出勤した」と答えた。彼は母親に自分が置かれた状況を話していただろうか。そういったことを一切知らなかったとしたら、母親の心痛は計り知れないほどだったろう。彼の携帯は留守番電話のままだった。そして、それ以上、彼の捜索は行われなかった。本部への報告もされなかった。彼の行方がわからないまま昼休みになった。バスが発着する駅周辺を歩いてみた。彼がベンチに座り込んでいるかもしれないからだ。駅に向かう途中、上司とすれ違った。一瞬、上司も自分と同じように考えたのかと想像したが、思い直した。上位者に「捜したことを報告するためでしかない」からだと、日頃の言動から簡単に察しがついた。

 心配は杞憂に終わった。14時頃、彼から連絡があった。家を出てバスに乗ったが、会社には向かうことはできなかったという。まるで重石をつけながら、渦潮の中を泳いでいるようだったろう。

 翌朝、出勤した彼は、無断遅刻・欠勤となったことについて、激しい叱責を受けた。「社会人としてあるまじき行為。就業規則違反である」と。保身を優先させた者たちは、彼を追いつめ、一時的に所在不明になったこと、そして、組織対応を怠ったことについて、「管理者としてあるまじき行為」とは叱責されない。組織の判断は3名の上司が行った。とりわけ最上位者の罪は重い。“最悪の事態”も想定されたはずだ。

 組織で負の惑星直列が起きた場合は危険だ。個人が警戒しなければならない。自浄作用を期待してはいけない。保身や出世欲に際限はないからだ。

 Two years have passed since I got off the mud ship.  Today is that anniversary.

2017年7月30日 (日)

夏の本屋/本屋の罪

Img_20170717 休日の本屋には想像以上に客がいた。暑さの中、涼んでいる立ち読み客もいるだろうし、夏休み中ということもあるだろう。本や雑誌を10冊買うとしたら、インターネット経由で購入する割合が9冊か9.5冊。9割以上はネット経由だ。本屋で立ち読みして買うのが王道というか、本来の姿なのかもしれないが、最近のネットでは立ち読みに似た機能もついている。 

 10代、20代の頃、頻繁に本屋に出入りしていた。電車通学していたことも、頻繁に本屋に出入りした理由だった。1時間に1本しかない電車の待ち時間は駅や周辺の本屋で立ち読みするくらいしか時間潰しの方法がなかった。特に夏の本屋は、涼しくて快適な場所だった。 

 夏休みの宿題に読書感想文があった。課題の本は指定されていたのか各自の任意だったのか忘れてしまったが、自分が読んだものは覚えている。中学1年は太宰治の「人間失格」(新潮文庫)。中学2年は夏目漱石の「こころ」(新潮文庫)。中学3年は植村直己の「青春を山に賭けて」(文春文庫)。

 13歳で太宰治はどうなんだろう。少なくとも「人間失格」ではないと思う。14歳で「こころ」もどうか。15歳の植村直己は正解だと思う。これは父の本棚から拝借して読んだ。続けて、「北極圏1万2000キロ」や「極北に駆ける」も読んだ。太宰治や夏目漱石を感想文用の義務としては読んだ(読まされた)が、本を読む権利を行使したのは植村直己だった。植村直己は国民栄誉賞も受賞した登山家・冒険家。その後、自分はドキュメンタリーやルポを好んで読むようになった。その芽生えとなった最初の本になった。

 中1の文化祭で書道で書く文字は自分が決めて良いことになっていた。自分は「桜桃忌」と書いた。太宰治が入水自殺し、遺体が発見された忌日で、奇しくも彼の誕生日でもある6月19日のこと。「走れメロス」は教科書で習った。後年、「斜陽」にも挑んだが、しっくりこなかった。出版社や学校の推薦で提示される選択肢。そのお薦めカードを引いて、終いには桜桃忌などと書いてしまう少年だった。本屋の罪、出版社の罪があるように思う。

 店頭で「新潮文庫の100冊」というボードディスプレイを見かけ、写真に撮った。「新潮社が1976年から毎年夏に行っている文庫本のキャンペーン」ということも調べた。「100冊」に含まれるラインナップは毎年、見直されているという。今年のそれには「人間失格」と「こころ」が入っていた。それどころか、この2冊は日本の文庫本発行冊数の1位と2位を争っているという。それだけ日本人の多くがある程度の年齢で通り過ぎる本ということだろう。

 2017年の100冊を眺めていると、古典的名作は4分の1程度にとどまっている。読んでおくべき本から、読ませたい本(売りたい本・作家)が多数を占めているように感じる。

 人と本には偶然の出会いがあるものだ。最近の本屋は立ち読みもしやすくなった。本屋に出掛けよう。“偶然の出会い”と“涼”を求めて。

2017年7月29日 (土)

北国街道の面影(出雲崎町)

 平成の大合併後、新潟県の市町村は20市6町4村になった。このうち、近隣市町村と合併しなかった6町4村は、合併できなかったのではなく、合併しなかった。出雲崎町もそのひとつ。与板町・和島村と共に「良寛町」の誕生を目指して合併協議会も設置されたが、実現しなかった。与板・和島は長岡市に編入された。出雲崎町は人口4千超の小さな町だが、出雲崎という町名・地名が残ったことは、結果的に良かったのではないか。

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 江戸時代、出雲崎は徳川幕府の天領地(直轄地)として佐渡で採鉱された金銀の荷揚げや北前船の寄港地として、また、北国街道の宿場町として栄えた。廻船問屋街、旅館街が立ち並び、遊廓も発展していたという。間口が狭く奥行きの長い妻入り家屋が約4㎞にも及び、妻入りの町並は今も当時の面影を残している。現在の出雲崎は良寛と夕日の町、そして紙風船の町。丘と日本海に挟まれた小さな町だが、出雲崎代官所跡、獄門跡など当時を偲ばせる旧跡のほか、出雲崎時代館、石油記念館、芭蕉園、良寛記念館等々、観光名所に事欠かない。出雲崎のような街道の町と、旅人が往来しない農村部の町並みは決定的に違う。新潟県内でも異質の町並みだろう。

2017年7月28日 (金)

2017年 夏の新潟開催

2017natukeiba 明日から9月3日までの土日計12日間、JRA・中央競馬、夏の新潟開催が始まる。今年も新馬戦が楽しみだ。

 名牝・ウオッカの産駒からはこれまでに目立った活躍馬が出ていないが、4番目の子でフランケル(イギリスの14戦無敗馬。GIを10勝)を父に持つタニノフランケルは8月の新潟デビューを予定している。他にもグレートウォリアー(父ディープインパクト)、ロックディスタウン(父オルフェーヴル)、ヴォウジラール(父ハーツクライ)などが新潟でデビューする予定と伝えられる。後々GⅠレースを勝つような馬の出現を期待したい。

 騎手では吉田隼人騎手。コンビは解消状態にあるがゴールドアクターと組んだ辺りから力をつけている。自身の年間最多勝利数は80。今年はその記録更新を射程に捉えている。ジョッキーの世界は外国人騎手が席巻し、ベテラン騎手が滞留する状況にあるが、彼にはそこから1歩抜きん出て欲しい。

 個別の馬ではエピカリス。米G1ベルモントSに挑戦(残念ながら出走直前に取消)し、レパードSを仕切り直しの1戦に予定している。今年の晩冬に亡くなった父ゴールドアリュールも、ダービー挑戦後に仕切り直し、喘鳴症でやむなく引退を余儀なくされるまで、7戦5勝の成績だった。昨夏の新潟で新馬戦をノーステッキで6馬身差圧勝したエピカリスにとって、新潟競馬場は彼のデビューの地であるが、彼が再び狼煙を上げる地になるよう祈っている。

 今年も現地観戦は2回以上が目標。芝のメイクデビュー戦(新馬戦)が2鞍組まれている8月6日(芝1,800、芝1,400)か8月19日(芝2,000、芝1,400)、そしてGⅢ新潟記念の9月3日に行けたらいい。

2017年7月27日 (木)

甘いトマトだらけ

 トマトは夏を代表する野菜。手間をかける必要はなく、夏の食卓には冷えたトマトがあるだけで一品になる。酸味を感じるトマトをもう何年も食べていない気がする。「フルーツトマト」などと呼ばれるようになってから、10年、20年以上経った今でも、トマトは甘くなる一方だ。

 トマトは数千の品種があり、そのうち100種類以上の品種が日本で栽培されているという。トマトほど品種改良が進んだ野菜もないのではないか。特にミニトマト、プチトマトの品種は1年毎に違うものが出ているように感じる。品種改良は生産者側の都合(栽培の手間や耐候性など)もあるが、やはり消費者が好む傾向に改良されて行く。売れるトマト作りは、トマトの糖度を向上させ、更なるフルーツ化が進む。

  •  トマトの進化は1980年台に開発された「桃太郎」の頃からスピードアップした。桃太郎は現在、最も栽培されている品種で、桃太郎以前のトマトは「ファーストトマト」という品種らしい。現在、スーパーなどの店頭に並んでいるものよりもひと回り大きい。ヘタが大きく、先が少し尖っている。皮は薄く、酸味が強い。何よりも、昔のトマトはもっといびつな形だった。

  •  品種改良で苦労してトマトを甘くしたら、昔ながらのトマトが恋しいと言う。消費者は身勝手かもしれないが、つまりは多様性なんだろう。

  • 2017年7月26日 (水)

    なおじ蓮潟店(長岡市)

    Img_20170715 2010年頃、新潟市上近江の「なおじ」はかなりの人気店だった。ラーメンはもちろん旨いのだが、そこにエンターテイメント性を盛り込んだという意味で、社長の個性、独自性やアイデアが奏功していた。当時、東京に進出し、成功していたようだった。

     長岡には2012年4月出店。7年ぶりの「なおじ」。長岡店は初めて訪れた。写真は「なおじろう」(690円 大盛無料)。濃厚な豚骨醤油スープに、もやし・キャベツ・チャーシュー。麺はかなりの極太麺。太麺をここまで仕上げるには試行錯誤があっただろうと感心した。豚骨の匂いを残している点も良い。歳をとってから、年々、背脂系ラーメンを好むようになっている。美味しかった。

     なおじ蓮潟店 長岡市蓮潟4-11-18 定休日:なし 営業時間:11:00~24:00(平日15:00-17:00は昼休憩)

    2017年7月25日 (火)

    「風雲急を告げる」か

     安倍内閣の支持率低下が止まらない。毎日新聞が22・23日に行った世論調査で、内閣支持率は26%と6月から10P減少した。不支持率は12P増の56%に達した。23日に投開票された仙台市長選は野党が支援した候補が、与党支持の候補を破って当選した。自民党は東京都議選に続き、大型地方選で連敗した。

     昨日と今日、安倍首相は臨時国会の閉会中審査に出席。学校法人加計学園の獣医学部新設問題について「学園理事長と学生時代からの友人だが、働きかけは全くなかった」と自身の関与を改めて否定した。首相は「李下(りか)に冠を正さず」という言葉を引用。これまでとは一転して、低姿勢な答弁で臨んだ。

     李=すももの木の下で冠をかぶり直すと、すももの実を盗んでいるのではないかと誤解を招く恐れがある。「誤解を招くような行動はすべきではない」ということわざ。

     「森友・加計問題に対する不信感や“こんな人たち発言”が支持率低下と地方選連敗に繋がっている」とする報道が9割。そうだろうか。いくつかの出来事を巻き戻してみる。

    ① 6月15日「共謀罪法を強行採決」 改正組織的犯罪処罰法は、与党が委員会採決を省略できる「中間報告」の手続きを使って審議を打ち切り、参院で強行採決により成立した。 

    ② 6月19日「支持率低下の始まり」 共同通信社が実施した世論調査で、安倍内閣の支持率が急落した。国会へ閉会後の首相会見(異例)。

    ③ 6月24日「改憲手続きに言及」 安倍首相は神戸市で講演。憲法改正について自民党案の年内提出を目指す方針を明らかにした。首相は憲法9条を改正し、2020年の施行を目指す意向を示しているが、国会への提出に初めて言及した。首相は「憲法施行70年の節目である本年中に、自民党が先頭に立って歴史的一歩を踏み出す決意だ」と表明した。 

    ④ 7月 1日「こんな人たち」発言 東京都議選の応援演説の最中、自身に対するヤジ(「安倍やめろ」コール)に対して「こんな人たちに負けるわけにはいかない」と発言した。この日は安倍首相にとって、都議選唯一の街頭演説だった。

    ⑤ 7月 2日「東京都議選敗北」 東京都議選は都民ファーストの会が過半数を超える55議席を獲得(告示前6)し、自民党は歴史的敗北(告示前57→獲得議席23)を喫した。

     森友・加計問題に対する不信感や“こんな人たち発言”が支持率低下と地方選連敗に繋がったのだろうか?

     支持率急落は ①「強行採決」後からすでに始まっている。そして、国会閉会後の“言い訳会見”があった。更に、舌の根も乾かないうちに ③「改憲手続きに言及」。「強行採決」にみられる独裁的政治手法への不信感と嫌悪感、「改憲手続」にひた走る政権スタンスへの警戒感や拒絶反応こそが、支持率低下を続ける“ど真ん中”の理由だと思うのだが。

    2017年7月24日 (月)

    夏休みの扉

    Img_201707241 7月24日は夏休みの前日と相場が決まっていた。日曜にかからなければ、1学期の最終日だった。何か楽しい予定が待っているわけでもなく、単純にひと月以上も学校に行かなくてもいい。それだけで胸が高鳴った。体育館で終業式を終えると、教室で通知表が渡された。通知表はあまり気にしたことはなかった。父に叱られることがあっても、長々と叱る父ではなかった。

     24、25、26は町で夏祭りが開かれる日でもあった。短いメインストリートだったが、あの頃は歩いて前に進めないほどの人で溢れた。そこから南に延びる道には50軒ほどの屋台が出店した。1年にただ1度の風景だった。綿アメに憧れていた時期があり、綿アメを買ってもらったこともあった。綿アメの虚しさを知ると、それを欲することはなくなった。クジ引きをして、末等が当たる(外れる?)ことを知ると、クジ引きはバラらしく思えた。金魚すくいの金魚は、夏休みが終わる頃には濁った水槽に浮いてしまった。色とりどりのひよこは無事に育っても、農家にもらわれていくものだった。夏まつりは夏休みの入り口にある扉だった。

    Img_201707242 【写真】 上 今年は4日間に拡大されている。曜日の関係もあるだろうが…。都合を優先させていると、魅力や求心力はなくなる。世の中の流れに合わせ、2日間でもいいと思うのだが。 下 新町諏訪神社といちょう 昔はうっそうと木々が生い茂り、木陰で涼しい境内の印象だった。現在は死角になるような神社や公園は好まれない。放課後の子どもたちが遊ぶ境内から、老人たちが集まる境内になった。

    2017年7月23日 (日)

    Stand by me 3

     若者は夏に成長する。経験が人を成長させる。経験は人を変える。この“日帰り旅”は、自我が目覚めていく過程で、曲がり角のひとつになった。

     あの頃、男子バスケットは、新発田の本丸中や新潟の東石山中などが強豪だった。本丸中などは名前だけでも強いイメージがある。東石山中は新設校と聞いていたが、アッという間に強豪になり、数年後には全国制覇を果たしてしまった。有力な指導者がいたのだろう。県内最高レベルのバスケを目の当たりにして、更にその先に北信越、全国のレベルがあると知った時、自分たちのバスケットは昼休みの遊びと変わりなかった。県大会を観戦したことが励みにはならなかった。

     バスケは1チーム5人が試合に出場する。激しいスポーツだから、交替するのが当たり前。それでもせいぜい5人+5人で10人出場できればマシな方だ。あの頃、部員は3学年で50人、同学年で20人はいたはずだった。ほとんどの部員が練習を休むことはなかった。大半の部員は、ただの1度も試合に出場することなく部活動を終えることになる。自分は次第に「バスケットボールというゲームを楽しむべきなんじゃないか」と考えるようになった。

     顧問の先生は熱心な方だった。しかし、14歳で自我が目覚めていく入口に立っていた自分は、次第に先生と考え方が異なることに気づき、距離を置くことになっていった。大人や社会の矛盾に対する抵抗だったように思う。

    2017年7月22日 (土)

    Stand by me 2

    Img_20170713 県大会を観戦したことには大きな価値があった。同世代の、県内最高レベルのバスケを目の当たりにしたことは衝撃だった。この先、更に北信越、全国のレベルがあると知った時、自分たちのバスケットは昼休みの遊びと変わりなかった。それがわかったことは大きな経験だった。残念ながらその経験は、収穫や成功体験ではなかったが。

     何試合か観戦し、試合の合間に会場を抜け出した何人かで駅に戻り、暇を潰した。体育館の周囲には何もなかった。あの頃はコンビニもない。駅は無人駅だったように思う。1982年は国鉄が民営化される5年前。無人駅だったとしても辻褄は合う。駅には駅舎に面したホームと跨線橋を上って下りた先にもうひとつのホームがあった。時刻表は無人の改札に掲示してあるだけだった。1日に数本しか電車はなかった。線路には黄色い花が咲いていた。線路を横切るための3~4段の階段が設置してある。昔はいたであろう駅員が、その場所を使って反対側のホームで発着する電車、汽車を管理していたのだろう。注意する存在が誰1人いない時間、見知らぬ土地。ホームの跨線橋を使わず、線路を横断して渡ってみた。そして、戻ってみる。

     ここで思い出したことがあった。「線路に耳をつけると、遠くから来る電車の音が聞こえる。線路はつながっているから」ということだった。しゃがみ込み、土下座するように体勢を沈め、線路に耳を当ててみた。何も聞こえなかった。聞こえるのは、反対の耳から聞こえるセミの鳴き声だけだった。

     それからわずか1分後。まだ学生服のズボンについたホコリをはらっている時だった。耳を当てた線路の上を電車が通った。その駅を通過する特急だった(と思う)。電車は来ないと思っていた。しばらく電車が来ないことは時刻表で確認していた。しかし、電車が通過することは、頭の片隅にもなかった。

     特急が通過する駅。羽越本線の特急は京ヶ瀬駅、中浦駅を通らない。加治駅は通過する。加治川駅だったのだろうか。矛盾するところはまだある。7月の晴天時、夏の陽射しで焼けた鉄路に耳をつけることができただろうか。

     映画「スタンド・バイ・ミー」を観ると、この無人駅での出来事を思い出す。

    2017年7月21日 (金)

    Stand by me 1

    Stand_by_me_2 映画「スタンド・バイ・ミー」(日本公開1987年)に4人の少年が鉄橋を渡るシーンがある。少年たちが歩いている向こう側から汽車が接近してくると、慌てて鉄橋を駆け戻る。このシーンを観たときに、同じような光景、似た経験をしたことがあった。「スタンド・バイ・ミー」が公開される5年前。1982年、14歳の夏のこと。

     35年前の断片的な記憶を少しずつ思い出してみる。記憶が断片的で、話の整合性がとれないが。中学2年生の夏、バスケ部にいた自分は、バスケ部員の希望者10人ほどで県大会を見学するため電車に乗った。顧問の先生が引率してくれた。当時は市内大会(6月中旬)→中越大会(7月初旬)→県大会(7月下旬)→北信越大会(8月初旬)→全国大会(8月下旬)という大会スケジュール。暑い夏の日の記憶と県大会の日程から推測すると7月24日頃の休日だったと思う。夏休みの初日だったかもしれない。

     中学生の服装は3パターンしかない。ひとつは学生服。ひとつはジャージ(体操着)、そしてもうひとつが私服。この日は、休日だから私服でもよかったし、大会見学だからジャージでも良かったが、全員が学生服だった。上は白い半袖の開襟シャツ、下は学生ズボン。

     肝心の行き先が思い出せない。駅に集合して下りの電車に乗った。新津駅で乗り換えたように思う。とすれば羽越本線だ。微かな記憶で「京ヶ瀬」もしくは「加治川」に行って来ると親に伝えて出掛けたように思う。その場所は、駅から徒歩数分のところに大会の会場になっていた中学校があった。羽越本線の京ヶ瀬駅は旧京ヶ瀬村の駅。しかし、京ヶ瀬駅周辺には中学校はない。中浦駅は旧豊浦町の駅。駅から数分の場所に豊浦中学校がある。加治駅は旧加治川村の駅。駅から10分の場所に加治川中学校がある。

    2017年7月20日 (木)

    20年ぶりの三国峠

     高度経済成長期に建設された道路や橋、トンネルなど、社会インフラの老朽化が社会問題になっている。およそ73万ある橋梁のうち、2割が建設後50年を経過している。10年後には4割を超え、20年後には7割に迫る。また、およそ1万あるトンネルのうち、50年を経過したものは全体の2割で、10年後には3割、20年後には5割を超える。

     先日、およそ20年ぶりに、その三国峠を越えてきた。三国トンネルは昔と変わらず狭く、大型車とのすれ違いは緊張した。対向車線の大型車はセンターラインをはみ出さずには通行できないほどの道幅。三国トンネルも立派な老朽化した社会インフラだ。

     1985年に関越自動車道の前橋IC - 湯沢IC間が開通し、新潟と関東は完全な日帰り圏になった。新潟県民は関東圏を除いては、他県よりもいち早く高速交通網の恩恵にあずかることになった。それ以前の時代に車で上越国境を越えるためには、必ず三国峠・三国トンネルを通らなければならなかった。

     三国峠を越えて行くバス旅行などでは、三国峠に入る前に必ずと言ってもいいほど、「これから三国峠に入ります」とアナウンスがあった。これは「いよいよ三国峠ですよ。体の準備、覚悟はよろしいですか」という意味だ。黒煙をあげて曲がりくねった峠道を進むバスは、轟くようなエンジン音をたてた。決して乗り心地の良いものではなかった。峠を越えた後には、必ず気分を悪くする人がいたものだった。

     三国峠は関東と越後を結ぶ大動脈であり、関東と越後を分断する関所のような存在でもあった。三国峠は苗場から猿ヶ京温泉に至る15キロ程度を指すと思われるが、広い意味では湯沢IC→月夜野ICの50キロ程度と捉えていいと思う。

     湯沢IC出口から8㌔ほどで、かぐら・みつまた地区に着く。道路は整備されている。立ち寄り湯「街道の湯」、「道の駅 みつまた」を過ぎると、何軒かの旅館やロッジなどがあり、西側は清津川を挟んで、かぐらスキー場のゲレンデが広がっている。3㌔ほど走ると貝掛温泉入口の案内板がある。“目薬の湯”と言われるように眼病に効くという1軒宿。ここから4㌔、カーブする坂道か幅が狭小な二居トンネルを抜けると田代・二居(ふたい)地区。田代スキー場、「宿場の湯」などがある。ここから7㌔、道幅の広い直線道路を進むと苗場。巨大な苗場プリンスホテルが視界に入ってくる。旅館・民宿・スキー宿などが立ち並ぶ。近年は「フジロックフェスティバル」の会場として、開催期間中のべ10万人以上がこの地を訪れる。苗場から先が三国峠。三国トンネルを抜け、峠道をおよそ11㌔ほど走ると、永井宿、法師温泉入口に着くが、まだまだ峠道が続く。4㌔進んだ猿ヶ京温泉・赤谷湖まで来ると、峠越えは終わる。4㌔で湯宿温泉、旧新治村中心部を抜け、4㌔で太助ドライブイン。更に6㌔で月夜野IC入口。これで51キロ。

     新潟側では街道の湯、貝掛温泉、宿場の湯。上越国境から月夜野までには法師温泉、猿ヶ京温泉、赤谷湖周辺、湯宿温泉等。今回、関越自動車道を避け国道17号を迂回することで、この先、旅の目的地が増えたように思う。老朽化した三国トンネルの西側では、新三国トンネルの掘削が進んでいた。新しいトンネルが開通する頃には、これらの温泉が再び脚光を浴びるだろう。

    2017年7月19日 (水)

    ぽんしゅ館/がんぎ通り(越後湯沢)

    Img_20170716_6 湯沢町は観光やスキー産業の盛衰、リゾートマンションの開発と衰退に翻弄された町。高層のリゾートマンションが建つ景色、関東に近い地域性から、単なる雪国の田舎町ではない、独特の文化を持っている町。

     JR越後湯沢駅のショッピングフロアにある「がんぎどおり」は、主に観光客やスキー利用者向けの土産店や飲食店が出店している。ここはある意味、新潟県らしからぬ雰囲気がある。

     中でもメインとなるキーテナントが「ぽんしゅ館」。「爆弾おにぎり 雪ん洞」は南魚沼特A地区産コシヒカリのおにぎり屋。具を16種類から選び、注文してから握ってくれる。ごはんの量が四合の「大爆おにぎり」は、5種類の具が入って2,060円。250名近くいる完食者の写真が掲示してあった。「酒風呂 湯の沢」は日本酒の香りが漂う入浴施設。「魚沼商店」は魚沼の食材を使ったお惣菜や漬物、お菓子などを、多数の試食とともに紹介している。「ていすてぃんぐGALLERY 越乃室」は新潟の地酒を“きき酒体験”できる(500円で5銘柄)。

     コンセプトが明確で良質。多くのメディアで取り上げられているから流行っているのか、流行っているから取り上げられるのか。どちらも違う。「品質がいいから」だろう。食材、地酒、そして行き届いたサービスの品質がいい。新潟・魚沼の物産品を新潟に売るのではなく、新潟・魚沼の物を東京に売っているから、“新潟県らしからぬ雰囲気”になる。

     JR越後湯沢駅 定休日:なし 営業時間:9:00~18:00(スキーシーズンは9:00~20:00)

    2017年7月18日 (火)

    水澤観世音(渋川市伊香保町)

     前橋からの帰路、伊香保の水澤観音に立ち寄った。テレビの旅番組で伊香保温泉とセットで取り上げられることが多い。車で付近を何度か通ったが、いつも混雑していて、これまで参拝することができなかった。

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     水澤観世音・水澤寺は1300年以上の歴史を持つ名刹で、30以上の御堂と1200体以上の御仏を祀る時代もあった。大提灯を吊した本堂は、参拝者があげる線香の香りと煙が絶えることがなく、回転する六地蔵尊を祀る六角堂がとても珍しい。「七難即滅七福即生」のご利益を得られるという水澤寺は、東京へ36里、日光へ36里、善光寺へ36里の地にある。

     五徳山 水澤観世音/水澤寺(天台宗) 群馬県渋川市伊香保町水沢214

    2017年7月17日 (月)

    コストコ(前橋店)

     コストコを初めて利用した(群馬県前橋店)。コストコは群馬、山形、富山と、隣県に店舗はあるが、新潟県にはまだない。そう遠くない時期に進出するだろうが…

     コストコはアメリカ発祥の倉庫型小売店。店内を大型のショッピングカートを利用しながら買い物をする。商品の多くは入荷時のパレットに載っていたり、レジがベルトコンベアだったりといった特徴がある。食料品のエリアでは、パン、果物、スィーツ、肉、飲料など、10ヶ所以上で試食を行っていて、無機質な倉庫販売とは異なる。最大の特徴はかなり厳格な会員制という点だろうか。

     消費者の商品選別の眼が厳しい時代にあって、品質は一定の水準をクリアしていると感じた。コストコのオリジナルブランド「カークランド」のほか、有名メーカーの商品が多数陳列されていた。商品保証・年会費保証を店内やHPで明確に掲示しており、安心感がある。パンや総菜は大パックであるものの、味は専門店に劣らない。ブーム的な人気になっていることもうなずける。多くの買い物客が大型カートに溢れるほどの商品を買い物をしていた。昔のアメリカのテレビや映画で見た光景が、日本でも現実のものになっている。

     大容量パックされた個別の商品を吟味してみると、単価的にはそれほどの価格競争力があるとは思わない。コストパフォーマンスとしては微妙だ。家族でカートショッピング、ファミリーパーティーやバーベキュー等、イベント型の生活スタイルが合致する人は十分に利用価値がある。自分には30ヶ入りのパンをシェアする文化はないし、1㌔のジャムを食べきる自信がない。それに、3.8㍑のオレンジジュースが入る冷蔵庫がない。

     コストコ 前橋店 群馬県前橋市鶴光路町

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    2017年7月16日 (日)

    ライダーズタンデムテント T3-485 2

    (昨日の続き)

    【耐水性・耐雨性・耐久性】 原則、雨天予報時にはキャンプをしないので、表示されている素材の耐水性で必要十分。このテントに限らず、雨漏りや夜露などが想像以上だったというレビューを目にするが、厳しい使用環境(使用者側の責任)をテントの性能の問題に転嫁しているように思う。高級素材を使用する、入念にシーム処理を施す等、いくらでも高い価格帯で作ることは可能な訳だから。寝室からテントを見上げると、インナーテント吊り下げ部にかなりの力が負荷されている。ワンタッチ部やアルミポール、プラスチック部品全般の強度は不明。ある程度の耐久性を期待しているものの、乱暴な取扱は避けるべき。付属のY型アルミペグやストームロープが貧弱というレビューも目にするが、一般的なキャンプフィールドでは問題ない(但し、予備は必要)。

    【総合】 T2-466よりもひと回り大きいサイズと考えていたものの、テント後部の立ち上がり角度がある分、寝室はふた回り広い。前室はチェア2つ+テーブル1つならタープ部分を使用しなくても収まる。ロースタイルチェアでなくとも着座した時の頭はテントに接触しない(身長178㎝)。設営はそれほど簡単ではない。2~3分でテントのカタチにはなるが、ペグ打ち、張り網を含めると10分少々は必要。その意味ではポールを通すタイプのコールマンSTやLXとさほど変わらないのではないか。撤収は設営の数倍の時間を要した。最大の難関は収納・パッキング。収納サイズ「直径 20㎝ × 長さ 65㎝」という表示があるが、コンプレッションバッグへの収納は諦めた。使用の都度、パッキングに四苦八苦するのはこのテントの長所をスポイルしかねないので、横幅90㎝×奥行40㎝×高さ30㎝の大型バッグを別途購入し、パッキングの呪縛から解放された。家の中での設営・撤収を行った後、1回目:設営15分 撤収10分 収納10分 → 2回目:設営12分 撤収8分 収納1分(いずれもペグ打ち、張り網を含む。2回目は大型収納バッグ購入後)。決定的な短所は見当たらないが、弱点は収納・パッキングと断言できる。テント自体は思想を製品化した素晴らしい商品。ツーリング仕様とうたっているものの、自分のように車移動するソロまたは少人数キャンプでの利用が最も適した使用条件だと思う(個人の感想)。コンパクトさを命題に設計されたことが、軽量性や使い勝手に繋がっている。換気窓、メッシュ窓、各フラップの押さえ等、使い勝手の良さもある。どんな観点から評価しても、80点以上の合格点は与えられる良質なテントだと思う。

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    2017年7月15日 (土)

    ライダーズタンデムテント T3-485 1

    Img_20170708 ユニークなアウトドア用品を製造販売するDOPPELGANGER OUTDOOR(ビーズ社)の「ライダーズタンデムテント T3-485」を購入した。ネーミングのとおり「ライダーズのタンデム利用」を念頭に開発された商品で高い機能性を有している。

     テント使用の前提は、①1人または2人。 ②季節は春GWから11月上旬の6ヶ月。年間の使用回数はデイ・キャンプを含めて月に1回程度。 ③コーヒーを煎れて飲む。簡便な料理をする。秋には(普段は飲まないが)ウイスキーをホットで飲む。アクティブな趣味はないので、文庫本を読む。 ④大きさは210㎝×140㎝程度の寝室とタープの持参を要しない前室があること。前室はチェアに座って頭が接触しない高さがあること。 ⑤セダンに車載するのでコンパクトさや軽量性に配慮されているもの。 ⑥ワンタッチ型など、1人での設営が容易にできるもの(設営・撤収ともに10分以内が理想)。 ⑦耐水圧は1000㎜程度あれば充分(雨天予報時はキャンプに出掛けない)。 ⑧換気性に配慮され、通気窓などを備えていること。 ⑨予算は3万円前後。ブランドにこだわりはない。最終候補は次の5つだった。

     1.ライダーズタンデムテント T3-485  2.ライダーズバイクインテント T2-466  3.コールマン ツーリングドーム ST  4.コールマン ツーリングドーム LX  5.スノーピーク アメニティドーム S

    【機能性】 5つの候補からこのテントを選択した理由は「ワンタッチ式、使い勝手の良い広い前室、軽量性」。バイクに乗らないのでツーリング仕様=軽量性として捉えたとき、高い機能性を有している。

    【デザイン】 シルバーグレイの本体にレッドメタルのポールはツーリング使用者を念頭に置いたデザイン。武骨ながらも洗練されている。但し、キャンプ場では映えない。

    【サイズ】 寝室は1人使用ではややもて余す大きさ。1人使用がメインなら(ツーリング利用なら尚)、断然T2-466を薦める。快適に使えるのは大人2人+子供1人までか。

    【価格】 適正価格のひと言     (明日へ続く)

    2017年7月14日 (金)

    ブログの半径・座標軸

    Dsc_0755 世界中にいくつのブログがあるのか。ブログは何かを伝えたい、何かを発信したいという気持ちから始まる。ブログのタイトルについて、このブログを運営している「ココログ」(nifty)では、次のようにアドバイスしている。

     「テーマが決まっていないブログの場合は、あなたの人となりをうまく言葉で表現するようなタイトルはいかがでしょう。コンセプトがハッキリしている場合は、書きたいテーマをタイトルに使用するのがよいでしょう。簡潔で覚えやすく、独自性の強いものがよいでしょう。○○blog、○○日記○○の部屋のようなタイトルは目立ちません。簡潔で、個性が輝くタイトルをお勧めします。ニックネームを応用するとうまくいくことが多いようです。また、本や映画の名文句、格言、ことわざなどから引用したキャッチフレーズを使うのもいいでしょう」

     ブログには半径があるように思う。自分のブログは日記形式の“日々の雑感集”。話題にするのは、半径(空間軸)で言えば、手元でパソコンを操るマウスのことから、部屋のこと、家のこと、近所のこと、町のこと、と広がって行き、アメリカ大統領のこと、星のこと、宇宙のことまで記す。時間軸で言えば、戦国時代、江戸時代のことからAIが支配するであろう未来のことを記している。尤も、精神的なものや心の想いは、“内なる世界”にあるから、マウスよりも近い位置の話と言えなくもない。「ブログの半径」は近い方がいいとか、遠い方がいいということはない。ただ、一定の距離についてのみを専門的・集中的に綴った方が、ココログのアドバイスのとおり“ブログのコンセプトが明確”になる。

     もうひとつ、ブログには座標軸もある。軸の要素は人それぞれ、千差万別だが、例えば、大局的なのか小局的なのか(マクロかミクロか)、物質的か精神的か、楽観的か悲観的か、理性的か感情的か、演繹的か帰納的か等々。このブログのように一定の距離ではない場合、その内容はその日の気分に因るところが大きい。高い確率で、ブログの座標軸は心の座標軸ということになる。

    2017年7月13日 (木)

    貸付枠の押し売り

    Img_20170712 桔梗は秋の七草のひとつ。この時期から秋にかけて星形の花を咲かせる。桔梗色といわれる青みのある紫色をした花色とあいまって、気品がある。

     7月12日 朝日新聞デジタルから抜粋して引用

     無担保で個人に融資するカードローン(以下、CL)での融資拡大を、多くの銀行が支店や行員の評価対象にしていることがわかった。貸付額が消費者金融を上回り、規制強化を求める声が出る中、銀行が融資拡大に前のめりな状況が浮き彫りになった。調査はCLを扱う大手5行と地銀協に加盟する64行の計69行に行い、50行が回答(1行は一部のみ回答)した。CLの数や額を評価対象としているのは、49行中、29行だった。評価対象を回答した17行では支店を、5行は支店と個人が対象とした。ノルマとして営業現場に目標が課されている銀行もあるとみられる。銀行の経営計画でCLの目標を「設けている」としたのは、50行のうち6割の29行だった。過剰融資への批判もあり、一部の銀行は「目標の水準を見直した」と答えたが、「無理のない範囲で推進し、見直しはしない」との意見もあった。業界は規制強化に反対しているが、過剰な貸付につながりかねない。東海地方の地銀支店では、期末が近づくと、上司が発破をかける。「点数を稼げるのはCLだけ。契約を獲得してくれ」。この地銀では、支店の営業目標が点数で設定される。企業向け融資を伸ばすのは難しく、目標達成にはCLの契約増が近道だという。法人営業の担当者が取引先にCLを勧めることもあるといい、行員は「業績目標はノルマ同然」と話す。

     1.融資残高と同時に融資極度額の調査が必要だ。不必要な融資極度額の設定「貸付枠の押し売り」だけが横行し、到底、「不必要と思われるカードローン」が積み上がっている。

     2.銀行と歩調を合わせているのは消費者金融大手とクレジット会社。両者の“持ちつ持たれつ”の関係もつまびらかにすべき。

     3.最後に、手を染めていない者(この記事で言うなら評価する側)に取材して意味があるのか。彼らは1枚たりともカードローンのセールスなどしていない。取材すべきなのは現場だ。末端であり、最前線の「評価される側」を取材しなければ事実も真実も出てこない。

    2017年7月12日 (水)

    究極のギャンブル

    170711 週末の函館記念はいくら賭けようか。

     北海道苫小牧のノーザンホースパークでセレクトセール2017が開催された。セレクトセールは日本競走馬協会が主催する競走馬のセリ市。

     10日は1歳馬242頭が上場され、216頭が落札された。売上は86億円(税抜)で史上最高額となった。15頭が1億円を超えて落札され、最高額はディープインパクトを父に持つリッスンの2016が2億7000万円で落札された。11日は当歳(0歳)馬220頭が上場され、190頭が落札された。売上は87億円で史上最高額。17頭が1億円を超えて落札され、最高額はディープインパクトを父に持つイルーシヴウェーヴの2017が5億8000万円で落札された。

     競馬は産業であり、競走馬は経済動物であるというのは紛れもない事実。競馬を突き詰めれば、競走馬を持ち馬主になること、良血馬を交配し、競走馬を生産することが“究極の競馬ギャンブル”なのかもしれない。5億8000万円の馬(写真)が、無事に競走馬生活を送ることを願う。10年以上前、6億円で落札された馬は1度もレースに出走しなかった。

     セレクトセールの模様はネット配信されている。日本の富豪たち(馬主)によるケタ違いのハンマープライスは競馬ファンでなくとも一見の価値がある。競走馬の取引額は過去最高額を更新しても、競馬ファンの給料は変わらない。上場企業の収益が最高額を更新しても給料は変わらない。週末の函館記念で賭ける金は1000円で変わらない。

    2017年7月11日 (火)

    奇妙な国

    20170711 一昨日から、真夏日、猛暑日、真夏日と暑さが続き、クーラーを稼働させた。大雨で災害が起こっている九州を除いては空梅雨の地方が大半ではないだろうか。

     7月11日、共謀罪の趣旨を盛り込んだ組織的犯罪処罰法が施行された。この共謀罪法を強行採決する際、「東京五輪・パラリンピックを3年後に控え、テロを未然に防ぎ、国際社会と連携していくため、一日も早く国際組織犯罪防止条約の締結が急務であり、この法案の成立が必要だ」と訴えていた。

     7月7日、国連本部で核兵器禁止条約が採択された。同日、日本政府はこの条約に「署名しない」意向を表明した。

     核兵器禁止条約は、核兵器のない世界を目指し、核兵器の使用・開発・実験・生産・製造・保有、ならびに核抑止力の根幹とされる核による威嚇も禁止される。会議では「間違った核抑止政策に戻らない。核の暴力に資金を提供しない。将来世代の命を危険にさらさない」と演説があった。「核保有国が牛耳ってきた世界から、核は不要と信じる小国が力を持つ世界への一歩」だと。核兵器は常に非人道的だが、今日から違法になった。

     日本政府は核兵器禁止条約に署名しない。唯一の被爆国で、核のない世界を目指すと言いながら、実態はこれだ。「核戦争を未然に防ぎ、国際社会と連携していくため、一日も早く核兵器禁止条約の締結が急務である」と、首相も自民党も訴えていない。

    2017年7月10日 (月)

    遠い思い出

    Kyuukou_sado 一昨日の土曜日、千葉の伯母が、従姉・従兄を連れ、伯父と実家の墓参のため里帰りした。前回会った日がいつだったのか思い出せないでいたが、集まったみんなで記憶を掘り起こし、平成21年に叔父の葬儀以来、9年ぶりの来訪だとわかった。その前は平成13年に東京で研修があった時に訪問している。弟の結婚式、大叔父の葬儀、伯父の葬儀。冠婚葬祭を除いては会うことはない。半日、近況と思い出話を話した。伯母と父が、姉と弟の顔に戻っていた。伯母たちは日帰りだった。いつもそう、合理的な家族だ。

     1980年、12歳の夏休みに1週間、姉弟3人で遊びに行った。山手線や地下鉄に乗ったこと、都会の街並みと雑踏にカルチャーショックを受けたこと。山口百恵の歌謡ショーは魔法にかけられたように夢心地な時間だったこと。毎晩、タブロイド紙を片手に晩酌する伯父がカッコよかったこと。マンガ雑誌やモデルガンのある従兄の部屋が羨ましかったこと。東京のテレビやCMに胸が高鳴ったこと。

     あれから37年が経過した。もう、遠い遠い思い出になってしまった。長生きするつもりはないが、これから37年。今日が遠い思い出になるのだ。

     【写真】当時、上野-新潟間を6時間で結んだ急行佐渡に乗って往復した。上越新幹線が開業する2年前のこと。

    2017年7月 9日 (日)

    スピッツとプリプリと

    Upch7329 スピッツが結成30周年を迎え、「CYCLE HIT 1991-2017 Spitz Complete Single Collection」をリリースした(7/5)。

     普段、流行歌や音楽から離れている者にはうってつけのCD。自分など、にわかファンに過ぎないが、昨年、CMで流れていた「みなと」は珠玉のバラード、「1987→」は秀逸なビートロック。その他、メガヒット曲がCompleteされている。

     スピッツは1987年に結成され、1991年3月にデビュー。ボーカルの草野正宗さんは1967年12月生まれ。

     スピッツと同時代にいたガールズバンドの先駆者・「プリンセスプリンセス」は1983年に結成、1984年3月にデビュー。ボーカルの岸谷香(奥居香)さんは1967年2月生まれ。

     奥居さんは、もう20年以上前の雑誌「ダ・ヴィンチ」(だったと思う)のインタビューで「本多勝一さんの本を読む」と答えていた。ウィキペディアによると草野さんは「本多勝一さんの本が好き」とある。

     本多氏は骨太のジャーナリスト。一貫して社会的弱者や少数派、抑圧される側(彼はこれを「殺される側」と表現する)に立つ姿勢から、世の中で大きく評価が別れる人。鋭利な言葉は、人の心に刺さり、時には射抜くこともある。学生時代、バイト代で毎週のように本多氏の本を買っていたことを思い出す。だいぶホコリにまみれ、かなり色褪せてしまったが、当時買った彼の本は1冊残らず本棚にある。引っ越す度に本の断捨離に迫られたが、彼の本は棄てられなかった。

     自分は1968年生まれ。奥居さんが高3、草野さんが高2、自分が高1。あの時代に、黒い背表紙の同じ文庫本を手に取ったのはなぜだろう。心の核の部分(“宗”の“奥”)に共通する何かを持っている気がして、親近感を覚える。

    2017年7月 8日 (土)

    路面電車が走る街

    Dsc_0799 1年に1度か2度は旅行する習慣がある。ゴールデンウィークに行った北海道で廻った都市は、苫小牧、室蘭、函館、そして札幌。もう2ヶ月経つが、インターネットで記事を検索したり、当時のガイドブックを眺めたりしている街がある。函館だ。

     これまでに訪れた都市(国内)で最も美しい都市は?と聞かれたら、迷わず、函館と答える。海と山、湾や岬、湖など自然の地形、食べ物、多くの観光資源。その中でも『坂道と路面電車がある風景』に心を奪われた。

     坂道は町を意識させ、路面電車は町と調和する。坂道はその存在が人に坂を上ること、下ることを強いる。路面電車は往来する車や人と調和することを強いられる。

     函館のほかに日本で路面電車が走る都市は、札幌市、東京都(都電荒川線、東急世田谷線)、富山市、高岡市、射水市、豊橋市、福井市、京都市(京阪電気鉄道、京福電気鉄道)、大津市、大阪市、堺市(阪堺電気軌道)、岡山市、広島市、高知市、松山市、長崎市、熊本市、鹿児島市と、わずか20都市程度に過ぎない。西日本に多数残っているのは、降雪の影響を受けにくいからだろうか。

     「路面電車が走る街」を順に巡るのもいいと思う。函館を超える街があるかもしれない。

    2017年7月 7日 (金)

    願い事

    20170707 嫌な出来事を記すのは時間がかかる。7月7日は七夕。天の川。織姫と彦星。星からの連想で「惑星直列」について書こうとしたが、文章が先に進まない。美しい話ではなく、嫌な気分になる話だから、またいつか記すことにした。

     最後に短冊に願い事を書いたのは1995年だったと思う。短冊には「野茂がMLBで活躍できますように」と書いた。その年、メジャーリーガーとなった野茂英雄を応援するメッセージだ。野茂氏は1968年生まれの“同級生”。退路を断って、開拓者となった彼の生き様に敬意を込めて、そう記した。短冊に込めた願い事は叶った。野茂はトルネード旋風を巻き起こし、大活躍した。歴史に名を残す人物になった。彼がいなければ、後に続くイチローも松井もダルビッシュもいない。

     今、短冊に願い事を書くとしたら、どんなことを書くだろう。願い事を記すのも時間がかかる。

    2017年7月 6日 (木)

    たかが、されど。

    20170706 7月6日 「サラダ記念日」だ。

     ブログで何度か記しているように、日本の社会には「善意が悪路を舗装する」ということがよくある。

     日本は空前のパン・ブームになっている。統計によるとパン製造業者は、今からちょうど20年前の1997年をピークに減少が続いていたが、2012年から2014年にかけては、約1,500店の増加に転じたという。そんなブームが始まった2010年から通うようになったパン屋がある。人にも紹介したし、勧めていた。

     パン職人は素敵な職業だが、朝が早い。印象や想像以上に、タフな職業だ。いい食材と斬新なレシピと性能がいい窯があっても、繁盛するパン屋にはならないだろう。どんなに美味しくて、どんなに画期的であっても、労働者の“心身の痛みと傷み”の上に成立する事業には対価を払いたくない。

     たかがパン、されどパン。パンパパンだ。

    2017年7月 5日 (水)

    いくつか肝に銘じる

     政権の傲り(おごり)が後を絶たない。何かに似ていて、前に見たことがある。いくつかの出来事ではなく、登場人物たちの身の振る舞い方。

     仕事をしていて、たいていの企業・組織には本社・本部があって、支社・支店や営業所がある。幸いなのか、不幸にもなのかわからないが、本部にも支店にも勤務したことがある。本部は同じ会社でも、支社・支店とは仕事の種類が違う。様々なことを多方面から学ぶことができ、やはり企業人・組織人として、一度は経験した方が良い。

     本部に行って驚いたことがある。それは、上から下まで、ほとんどの人間が“偉そうに”振る舞っていたことだ。支店からの問い合わせにぞんざいな態度をとったり、冷たい対応をしたりする。「おいおい、偉いのは部長であって、部員は偉くはないよ」。心の中で、いつもそうつぶやいていた。

     安倍政権における登場人物たちの傲りを見聞きしていると、その頃と同じ気持ちになる。「おいおい、あなた方は国民のために働くのであって、首相や党、私欲のためにいるんじゃないよ」。

     1.馬脚を現す  4月、今村復興相が東日本大震災は「まだ東北だったからよかった。首都圏に近かったりすると莫大な被害があった」と発言。復興に心血を注ぐべき復興大臣の発言であることに呆然とする。与野党、世論からの批判を受け、今村氏は大臣を辞任した。被災者に寄り添えない人物は復興相には不適任だし、弱者に寄り添えない人間は国会議員には不適当だ。もちろん、首相の任命責任は免れない。地方創生担当相の学芸員糾弾発言や元経済産業政務官の辞任、離党騒動(女性問題が週刊誌で報道)もあった。

     2.化けの皮が剥がれる  6月22日、自民党・豊田真由子衆院議員は秘書に対して暴行し、暴言を浴びせたとする週刊誌報道を認め、離党届を提出した。この暴言・暴行の経緯は音声録音されており、テレビのワイドショーなどで公開された。元選挙事務局長は、「豊田氏が秘書を殴り、けがをさせたのは間違いない」と語っている。豊田氏は厚生省課長補佐を経て国会議員に当選したキャリア官僚出身。 

     3. “公私混同”の混同  6月27日、東京都議選の応援演説で、稲田防衛大臣は「防衛省、自衛隊、防衛大臣、自民党としてもお願いしたい」と発言した。自衛隊員は「選挙権の行使を除く政治的行為をしてはならない」と規定されている。当然だろう。自衛隊は日本国民のために尽くしているのであって、特定の政党・政治家に仕えるものではない。軍隊が特定政党を支持するとどうなるか。公である公務と私的である党務を混同している。防衛大臣の1歩目、常識を欠いた発言。「政治家の資質」が問われている。失言で済まされるのだろうか。首相はこれを許すのだろうか。

     もう女性登用は終わりにしよう。日本中で悲劇が起きている。一般企業でもあること。女性だから大臣になっていないか?女性ではなく、実力者を登用しよう。「性」で表すなら、男性、女性でなく、本性で。

     権力の一極集中が続く中で、政権の傲り、与党自民党の慢心が生じている。そのことを国民、有権者が肝に銘じなければならない。

    2017年7月 4日 (火)

    多様性を確保するための改革

    20170630 アカデミー賞はアメリカの映画界で最も権威あるとされる映画賞。同賞はキャスト、スタッフが20以上の部門で表彰される。受賞者には「オスカー像」が贈られることから、“オスカー”と呼ばれる。

     一昨年、昨年のアカデミー賞のキャスト部門でノミネートされた全員が白人だったことから、「白すぎるオスカー」として主催者・アメリカ映画芸術科学アカデミーは批判を浴びた。

     2016年アカデミー賞前の段階で、同アカデミーの会員(賞選考委員)は、91%が男性、76%が白人で、平均年齢は60歳以上だったという。この構図を変えるため、昨年は800名超、今年は新たに世界57か国から774人、30%は白人以外から、39%は女性から新入会員を招待した。意図的に女性・マイノリティ・外国人を招き、若年会員も増加させた。

     映画は社会や世相を反映する娯楽であり文化であり芸術でもある。アメリカという国が活力を失わないのは、こういう力を持っているからだろう。自浄能力と自己再生力。今日、7月4日はアメリカの独立記念日(Fourth of July)。

    2017年7月 3日 (月)

    “まつり”の後

    Img_20170703 今朝はザーザーと降る雨に起こされた。携帯電話の緊急速報が何度も鳴り、各地で道路が冠水したというニュースを見た。その後、天候は急回復して昼過ぎには太陽が照りつけた。多量の雨を吸ったアジサイは、昨日よりも生き生きしているように見えた。午後10時半、窓の外はまた雨に変わっている。明日も激しい雨の予報が出ている。

     昨日、投開票された東京都議選は自民党が惨敗。小池都知事が代表を務める「都民ファーストの会」が圧勝し、第1党に躍進した。自民党幹部は殊勝な発言をしているが、安倍政権に多少の“灸を据える”ことになったのかどうか。ワイドショーやマスコミが騒いでいるほどの意味はない(安倍政権は巻き返しのチャンスを得た)と思うので、先週末のニュースを掲載。6/30 時事通信配信の記事を抜粋・引用。

     過労や仕事のストレスが原因でうつ病など精神障害を発症し、労災認定された人は、前年度比26人増の498人に上った。5年連続で400人を上回り、統計の残る1983年度以降で最多となった。このうち過労自殺(未遂含む)は9人減の84人で、過去4番目に多かった。労災認定、自殺ともに20代以下の増加が目立ち、広告代理店の新入社員で15年末に自ら命を絶ったTさん当時(24)も16年度に労災認定された。厚労省職業病認定対策室は「職業による精神障害が労災対象と周知されたことで、認定件数が過去最多となった。労働時間より職場での人間関係が原因となったケースが目立った」としている。労災申請は71人増の1,586人と、4年連続で最多を更新した。労災認定を年代別に見ると、30代136人と40代144人、50代82人でわずかに減ったが、20代107人は20人増、10代9人で7人増だった。過労自殺も20代が14人から22人に増え、ゼロだった10代は2人いた。認定された人の月の平均残業は、20時間未満84人、160時間以上52人、100時間以上120時間未満49人。発症要因は連続・長時間勤務など「仕事の質と量の変化」が149人と多く、いじめや上司とのトラブルといった対人関係の100人、事故・災害体験95人、仕事の失敗やノルマの30人が続いた。

     Tさんの母(54)は、弁護士を通じてコメントを公表した。 「これほど多くの人が仕事が原因で命を落としたり、健康を損ねてしまったという事実は本当に悲しいことです。大切な家族を亡くした悲しみは決して癒えることはありません。(中略)長時間労働という過重労働の中では、身体も精神も追い詰められ死の危険があることもわかっています。長時間労働という原因をなくすことで大切な命や健康を守ることができます。これ以上、頑張って生きている人の夢、希望、人生、命を奪わないで欲しいと、強く願います」

     【追記】7月7日 大手広告代理店の違法残業事件で、東京地検が同社を略式起訴した。書類送検された上司は不起訴処分(起訴猶予)とされた。Tさんの母は「刑事処分を受けることは当然であり、同社の社風と労務管理の改善を行うように求めます。上司が労基法に反する指示をしていたことは明確であり、刑事処分が妥当です。検察官が上司個人を不起訴処分としたことに納得できません」とした。上司は入社してわずか半年の新入社員に対し、正社員に登用した月から連日の深夜労働や徹夜勤務、休日出勤を強いた。

    2017年7月 2日 (日)

    スマホを変えて1ヶ月

     3年3ヶ月使ったスマホを買い替えてひと月経過した。SONY Xperia Z1f SO-02F docomo → FUJITSU arrows SV F-03H docomoF03h 

     新しいスマホは1年前に発売された2016年夏モデル。初めてのスマホだった前回は、機能やスペックをしつこく下調べした。今回の買い替えは携帯コストの引き下げが目的。格安スマホへの乗り換え(コスト4割減)も選択肢としつつ、機種変更と新プランへの乗り換えで済ませた(コスト2割減)。

     機種選択の余地は限られていたものの、それでも4~5種類から、これもコスト重視で選択。機種代金は実質0円。インターネットでの評価・口コミを見ると「廉価仕様ながらも上位機並みの本体仕上げ」、「タフネスで高いデザイン性」、「スペックを抑えたベーシックモデル」等々で、全くそのとおりだと思う。

     ひと月使ってみて、3年6ヶ月前発売のXperiaとの比較では、レスポンスが鈍い(2ランクダウンな印象)、カメラは完全にスペックダウンと、不満がないわけではない。しかし、アプリは入れないからROM消費しないし、バッテリーの持ちは良く、筐体はタフネス仕様。デザインはXperiaに似ていて、外観・質感は他のスマホに見劣りしない。機能過多の高額スマホは不要という人にはピッタリだ。こういう路線、この辺りの仕様の需要は広く存在すると思う。1年落ちモデルとはいえ、実質0円なら目をつぶれる。カラーはブラックが在庫切れでやむを得ずゴールドに。カバーやケースでなんとでもなると思って選択したが、透明なクリアカバーで“ゴールドのまま”使用している。悪くない。

    2017年7月 1日 (土)

    憂国の書

    Img_20170701 数日前のベランダ。今年の梅雨は空梅雨かと思っていたら、雨が続いた。今日の降水確率は80%。明日から1週間の降水予報は90%、90%、80%、70%、70%、60%、50%。憂鬱な天気が続いても、梅雨時の雨は必要な雨。“憂国の書”の方が気が滅入る。

     2015年3月27日の「I am not ABE」事件を目撃したのは偶然だった。よく見るニュース番組だったが、毎日欠かさず見ている訳ではなかったからだ。

     2011年に出版された「日本中枢の崩壊」は現役の官僚が実名で著した告発として衝撃的な本だった。出版後、早い時期に読んだ気でいたが、手元の本は第八刷になっている。ベストセラーになってから購入したのだろう。5月に出版して、7月に八刷。当時、ものすごい勢いで売れたことがわかる。

     著者である元通産省官僚の古賀氏は、その後の言動からも「信頼すべき人物」という認識で揺るがない。人物とは逆に、本の読後感は非常に悪いものだった。特に中盤に書かれている官僚組織の風土・文化、悪しき慣習、官僚の思考、行動様式、処世術等々が、吐き気をもよおすほど酷かったからだ。

     古賀氏が新刊「日本中枢の狂謀」を上梓した。相変わらず読後感は最悪だ。綴られている言葉は感情的でなく、煽動するような表現もない。日本中枢=安倍政権が、官僚と財界、そしてマスコミ・ジャーナリズムも巻き込んで「狂謀」(著者の造語)状態にあると分析し、指摘している。

     「国の形が変わる岐路。大戦の反省から、軍隊は持たず非戦を誓った。戦後70年をかけて、国民にそのことが定着した。政府もその方針に沿って国を動かしてきた。しかし、安倍首相は国を守るのに必要なのは軍事力だと考え、軍事費のGDP1%枠を撤廃し、軍事的にも列強の仲間入りを果たしたい。憲法9条にも自衛隊を明記しようとしている。際限なき軍拡が、憲法上の要請になり、国民生活が犠牲になる」と警鐘を鳴らす。

     これは本来、ジャーナリストたちの仕事のはずなのだが…。

     古賀氏は「首相は“サラリーマン・ジャーナリズム”がよく分かっている」と言う。正鵠を射る言葉だ。安倍政権のマスコミ支配は完成している。調査報道と取材を積み重ねるジャーナリストは消滅し、残っているのは、発表報道とニュースリリースを編集するエディターだけだ。

     物事がある一定方向に動き出した時、そのスピードを制御することが難しくなることがある。安倍政権が長期政権となっている現在、肥大・加速を続けているもの、それはアメリカに追従した軍事国家戦略だ。誰も安倍首相が独裁者になり、戦争を始めるとは思っていない。しかし、彼の後に続く者や組織や集団が戦争を始めないという保証はどこにもない。日本の閉鎖的な会社で働いた人なら、身をもってわかるだろう。ワンマン社長を誰も諫(いさ)めることができないことを。物事は意図しない局面を迎えることがある。暴走や独裁を止められなくなる虞(おそれ)がある。再び戦渦の中へ続く道筋を舗装路にしてはいけない。

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