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2017年4月17日 (月)

柏戸の優勝額

20170415 見附市月見台にある見附市総合体育館の2階に、大相撲第47代横綱 柏戸が昭和38年9月場所で優勝した時の優勝額が掲示されている。優勝額は本場所の幕内優勝力士に毎日新聞社から贈呈されるものだという。

 第47代横綱 柏戸剛(本名:富樫 剛 1938.11.29-1996.12.8)は、“昭和の大横綱”大鵬とともに「柏鵬時代」を築いた名横綱。1961年11月場所で柏戸(22歳11カ月)と大鵬(21歳4カ月)は揃って横綱に昇進した。2人は1960年代、高度経済成長期に名勝負を展開し、相撲の黄金時代を支えた。

 キャラクターにもひかれる。大鵬は優勝32回、横綱在位58場所、6連覇2回、45連勝の大記録を達成した。一方、柏戸はケガや病気に泣かされ続けた。それまで4場所連続休場していた柏戸が1963年9月場所で、横綱昇進後初の優勝を全勝で飾った。千秋楽で大鵬を破った一番はファンの感動を呼んだという。柏戸の優勝は5回と大鵬に比べると見劣りする。しかし、横綱在位47場所、優勝に準ずる場所15回、当時を知る相撲ファンは、柏戸を弱いと評価する人はいなかったという。最後は5連敗したものの、通算対戦成績は柏戸の16勝、大鵬の21勝と、両雄伯仲だった。

 優勝額の右縁に記された昭和38年9月場所は、前記のとおり、柏戸が連続休場明けの場所を、彼自身唯一の全勝で優勝を決めた場所でもある(上の縁に「全勝」と記されている)。また、優勝額の左縁には「横綱 柏戸健志 関」とある。健志の名は1962年5月場所から1964年9月場所までの四股名。この間、柏戸の優勝は1963年=昭和38年9月場所の1回のみだから、この優勝額がかなり貴重なものであることがわかる。これほどに貴重な価値を持つ優勝額が、なぜ見附市総合体育館に掲示されているのだろう。

 柏戸は山形県東田川郡山添村(現在の鶴岡市)の出身。山添村は作家 藤沢周平氏の出生地である黄金村の隣村にあたる。鶴岡に「横綱柏戸記念館」があるという。鶴岡の藤沢周平記念館には度々訪れており、藤沢氏の生家跡を訪ねたこともある。次回、訪問する際は、「横綱柏戸記念館」にも立ち寄ってみようと思う。何かわかるかもしれない。

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