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2017年2月11日 (土)

スペシャルウィーク/2度目の引退 2

Special_week_2 偉大な父サンデーサイレンス(Sunday Silence/静寂な日曜日)は1,500頭近くの競走馬の父となり、43頭のG1馬を誕生させた。その中でもスペシャルウィーク(Special Week/特別な週)に惹かれた理由がある。

 1.黄金世代  1998年の牡馬クラシックはセイウンスカイが皐月賞と菊花賞を制し2冠馬となったが、ダービー馬にはスペシャルウィークが輝いた(1987年に騎手デビューした武豊は、スペシャルウィークで初めてダービーを勝った)。この春はこの2頭にキングヘイロー(後に高松宮記念を勝利)を加えた3強と言われていた。その年のジャパンカップを勝ったエルコンドルパサー(翌年、凱旋門賞2着)、そして有馬記念を勝ったグラスワンダー(有馬、宝塚、有馬とグランプリ3連覇)も“同期”。類い希な黄金世代のダービー馬であること。

 2.忘れ形見  母キャンペンガールはマルゼンスキーを父に持つ優れた良血馬だった。気性の荒い同馬はデビュー前のケガで未出走に終わったが、血統背景から繁殖馬として期待されていた。しかし、気性難は仔馬にも受け継がれ、初仔の牡馬、2番目の牡馬は出走できず、3番目の牝馬はスペシャルと同じ白井厩舎で2勝をあげたものの、4番目の牝馬も活躍できなかった。5年目に、初年度産駒が活躍していたサンデーサイレンスが交配された。受胎したキャンペンガールは出産の半年前から疝痛に苦しみ、腸の一部が壊死するという、 生命の危機に陥った。5月2日まで持ちこたえたが、5番目の牡馬スペシャルウィークを出産すると、乳を与える事もなく息を引き取ったという。彼は母キャンペンガールの“忘れ形見”ということになる。

 スペシャルウィークはG1・6勝の牝馬ブエナビスタという最高傑作を送り出したが、残念ながら自身を超える牡馬を輩出できなかった。そのことが、悔やまれる。余生を送る日高大洋牧場では、彼と会うことはできるのだろうか。

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