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2017年2月10日 (金)

スペシャルウィーク/2度目の引退 1

Special_week_1 1998年のダービー馬スペシャルウィーク(牡22)が種牡馬を引退し、生まれ故郷の日高町の大洋牧場で余生を送るという。競走馬としてはG1・4勝を含む17戦10勝(14連対)。種牡馬としては、G1・6勝のブエナビスタ、日米のオークスを勝利したシーザリオ、菊花賞馬トーホウジャッカルなどの活躍馬を出した。1999年の有馬記念で競走馬を引退。今回は2度目の引退ということになる。

 スペシャルウィークに会ったことがある。2002年6月初旬。社台スタリオンステーション早来。見学用の柵越しに種牡馬たちが放牧されていた。じっと立ち止まったままの馬、牧草をむしっている馬、走り回っている馬。

 スペシャルウィークは凛としていた。遠くから眺めるだけだったが、好きだった黒鹿毛の馬体を目に焼きつけた。隣の柵にはグラスワンダーがいた。栗毛の馬体は“マル外”が持つ、いかにも“Yankee”という雰囲気だった。そして、1頭、自身のエリアでは物足りなそうに走り回っていたのがアグネスタキオン。その姿は引退の原因になった屈腱炎が軽度のものだったことを物語っていた。3歳春に引退して1年余り。他の馬たちとは違い、馬体が引き締まっていた。もし無事だったなら、2週間後の2002年宝塚記念(ダンツフレームは2001年皐月賞2着馬)を勝っていただろう。あと1頭は白馬のようになったメジロマックイーン。芦毛の馬が歳をとると白くなることを初めて知った。

 スペシャルウィークは1999年の宝塚記念でグラスワンダーに3馬身差の2着。秋の凱旋門賞出走計画が白紙に戻された。その年の有馬記念は彼の引退レースになったが、ここでもグラスワンダーにハナ差(4㎝といわれている)敗れた。因縁の2頭が、仲良く隣り合わせになって種牡馬生活をする姿を見て、「競馬とはひとつの産業(人が暮らしていくための経済活動)であること」を理解した。(明日に続く)

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