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2017年2月

2017年2月28日 (火)

テント選びのネットサーフィン 2

Tent_t3485 テント探しを始めて2ヶ月

 http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/01/asvogue-eed2.html

 手軽なワンタッチテントの改良バージョンが発売された。 

 このシリーズはバイクツーリングするキャンパーを主なターゲットにしているが、①設営・撤収が簡便であること。②テントとタープが一体で、充分な前室スペースを有すること。自分が最優先する特徴・条件を満たしている。

2017年2月27日 (月)

あるるん畑/あるるんの杜(上越市)

Arurun 上越市直江津に赴任していた頃に「あるるん畑」が出来た。地産地消、農産品の6次産業化などの流れを受け、JAえちご新潟が設置した農産物直売所。店頭には地元産ばかりではなく、全国の農産物が並ぶ。鮮度が良いため、奥さんは大手スーパーで野菜や果物を買わなくなった。その頃から、JAが設置する農産物直売所はあちこちにできたが、県内ではその流れを作った初期の施設だと思う。パンフレットには平成18年にオープンと書かれている。ちょうど赴任した年だ。

 その近隣に「あるるんの杜」が開店した(平成28年7月)というニュースを聞いていた。「あるるん畑」から、ちょうど10年ということになる。遅くなったが、今回初めて訪問した。施設は“食と農のテーマパーク”と書かれているように、ビュッフェ中心のレストラン、カフェ、米粉を使用したパン工房、地元食材を使用した総菜屋、スイーツ・ジェラート店、地元ブランド肉店などがあり、JA=農協の“野暮ったさ”などは一切ない。とても洗練された空間だ。

 ビュッフェレストランは次回訪問時に回すとして、パン・総菜・スイーツ・精肉等を購入した。何の下調べもなく行ったにも関わらず、全ての商品にハズレはなかった。良質で美しく美味しい。観光バスが何台か止まっていたが、それもうなずける。強くおすすめできる施設だ。

 あるるんの杜 上越市大道福田621 結婚式場「ザ・グランスイート」向かい 定休日:水曜 TEL 025-520-5515

2017年2月26日 (日)

健やかに生きる

 何歳まで生きたら、長生きしたと言えるだろう。平均寿命から考えて、80歳を長寿とは言わない。90歳が目安のように思う。そう考えると、長生きしたいとは思わない。80歳からの10年、あるいは、89歳からの1年、健やかな余生を送っていることが想像できない。

 長生きすることは、世の中が進歩する姿を目の当たりにすることでもある。これからは、ロボットや自動運転が当たり前の世界になっていく。更にそれ以上の技術革新が進み、現在とは様変わりした日常が訪れているだろう。文明の進歩に感心し、その恩恵に授かるだろうが、取り残された気持ちにならないものだろうか。

 48歳の現在、「無理が利かなくなっている」と痛感する出来事があった。自分の不摂生が招いたこととはいえ、若い頃は無理が利いた。無理とか体の負担とかいう範疇にも入らなかったことが、体調不良を招くようになった。

 誰にも迷惑をかけず、眠るように死にたい。

 もし迎えが来たら、ジタバタせずにその迎えに乗りたい。ある宗教では、阿弥陀如来様が迎えに来るのだという。

 物を捨て、身軽でいることが大切だと感じる。死ぬ準備には早いかもしれないが、物に固執せず、軽やかに過ごしたい。逆説的になるが、そのためには健康でいなければならない。腹に付いた脂肪、生活に付いた怠け癖も、物を捨て、身軽でいることに含まれるんだろうと思う。

【後記】3月1日厚生労働省発表。日本人の平均寿命(2015年調査)は、男性が80.75歳、女性が86.99歳となり、過去最高を更新した。

2017年2月25日 (土)

ミラーレス 一眼レフカメラ

Panasonic_gf7 ミラーレス一眼レフカメラを衝動買いした。衝動買いといっても、インターネット。

 「Panasonic Lumix DMC-GF7」(写真)。 発売時期は2年前で、すでに後継機種が販売されており、価格がこなれていた。

 写真の世界、カメラの世界、そして、一眼レフの世界は、未知の世界・無限の世界、底なし沼。

 スマートフォンで写した写真にさえ驚かされることがある。Lumix GF7は入門機に過ぎないが、進化した機器が、未知の世界の入口を見せてくれるだろうか。底なし沼が見える前に戻って来よう。

2017年2月24日 (金)

特異な地域性

Niigataken_2 <国境の長いトンネルを抜けると雪国であった> 川端康成「雪国」の冒頭は、上越国境を関東(群馬県)から雪国(新潟県)に抜ける風景を描写している。

 “国境の長いトンネルを抜けるとそこは春であった” 雪国から関東に抜けると季節が変わる。 

 新潟県は東日本に区分される。北国ではあるが、北日本という用語はあまり聞かれない。現在は使われなくなった裏日本に代わって、日本海側という言われ方もする。教科書で習う地域区分では中部地方(9県)に属する。気象区分は北陸地方(北陸3県+1県)に入っている。電力は東北電力管内(東北6県+1県)で、NHKなどでは甲信越地方(3県)に区分されたりする。

 昨日記した田中角栄が「三国峠をダイナマイトで吹っ飛ばし、季節風が吹き抜けば、越後に雪は降らなくなる」と言った名演説があるが、越後国の最大の恵みは地形だと思う。角栄が演説したとおり、越後山脈は新潟に豪雪を降らせる。地形が産み出す天候と季節。それらがもたらす新潟の食べ物と粘り強い人間性は二大恩恵だと考える。

 日本は島国であることで多くの恩恵を受けている。他国と地続きで国境を接しないという地形的条件があったため、外敵からの侵略を受けなかった。海洋が自然の防壁だった。そのことはそのまま、閉鎖性と表裏一体だ。

 新潟県も特異な地域性を有しているが故に多くの恩恵を受け、併せて閉鎖性も有している。県外資本が参入しにくい地域性は、外敵からの侵略を受けにくい。コストコもない、イケアもない、アウトレットモールもない、デニーズもジョナサンもリンガーハットもない。“国境の長いトンネルを抜けるとそこは春であった”と思わせるのは、何も季節に限ったことではない。

2017年2月23日 (木)

田中角栄ブーム

Dsc_0623 去年は田中角栄ブームだった。書店に並ぶ「角栄本」の数は、ここが彼の地元であることを差し引いても、ブームが下火になった今も増えているように感じる。過去の首相に関する書籍が出版ラッシュになること自体、珍しい現象だ。そのことはそのまま、彼自身が稀代の人物であったことを物語っている。田中角栄氏の逸話は枚挙にいとまがない。 

 田中角栄は新潟3区の特に雪深い山間部で、社会党・三宅正一(※)=日本農民組合支持者を切り崩しながら、自身の勢力を拡大した。田中はロッキード事件後の第34回衆議院議員選挙(結果は自民党大敗、三木内閣は総辞職)で、自らに逆風が吹く選挙であるにもかかわらず、「農民の恩人である(三宅)先生だけは落選させてはいけない。落選させたら新潟県人の恥である」と演説した。 

 小さなエピソードだが、金の逸話でなく、数の逸話でない。心の逸話であるこのエピソードが好きだ。

 新潟3区に生まれた自分の心象風景の中に、彼の姿がある。またいつか記すことにする。

 三宅正一(1900.10.30-1982.5.23) 農民運動家・政治家・衆議院副議長

2017年2月22日 (水)

負け惜しみではないが

 大学受験シーズン。2月中旬は私立大学、今週末は国立の2次試験前期日程、3月には同後期日程と続く。

 負け惜しみではないが、つくづく「学歴と仕事ができるかどうかは一致しない(能力を発揮できるとは限らない)」と思う。

 社会人になった頃、なんとなく「一流大学卒の人は仕事をスムースに進める確率が高い」と思っていた。

 10年ほど経った時、「一流大学卒の人はスムースに仕事を進める確率はむしろ低い」と考えるようになった。物事を現実的に処理する人のほとんどは「たたき上げ」の人たちだった。

 20年以上経った今、「一流大学など全く無関係」と確信するようになった。

 しかし、彼らが「組織で生きていくための知恵や処世術に長けている」ということはある。なぜなら、組織における処世術は、受験勉強にそっくりだからだ。

2017年2月21日 (火)

トランプに嫉妬する人々

 トランプ大統領が就任して1ヶ月。ブログに度々、アメリカ大統領が出てきては現実感が失われて困るが、「日々の雑感集」であれば、気軽に登場させても構わないか、と思い直すことにした。

 トランプ大統領就任1ヶ月を「政権運営に不透明感」と総括するマスコミは、総じて批判的、懐疑的な論調だ。移民政策の転換を図るとして世界を揺さぶった大統領令、政権中枢にあった安全保障補佐官の辞任。決して順調な出航ではないが、このスマートさに欠ける素人っぽさは、自分には既成政治とその取り巻きたちからの脱却にあえぐ“産みの苦しみ”の姿に映る。その姿が「返って政権の信憑性を高めた」という報道は見あたらない。賛成一色も困るが、反対・批判一色もどうかと思う。

 どの国においても、マスコミはインテリ層が牛耳っている。いくら弱者の視点を気取っても、自らは安泰な場所にいる。マスコミとはそういうもの。その中に含まれるジャーナリズムは玉石混合で、会社方針に従って記事を書く売文家も少なくない。

 上品なジャーナリストたちの反応を見聞きしていて、最もフィットする単語は「ヒステリック」と「ジェラシー」だ。「男の嫉妬」、「エリートの嫉妬」。揺るぎない資産背景を持つ不動産王であることや、より高い学歴を持つ者のトランプ氏への“やっかみ”。アメリカに限らず、日本にもよくある光景だろう。 

 ただひとつの事実は、「トランプ大統領はまだ何もやっていない。一般教書演説すら済んでいない」ということ。「大統領の仕事」で評価しよう。是々非々で。

2017年2月20日 (月)

LIVE FOR TODAY

Tenryu_2  「LIVE FOR TODAY」 “今日のために生きる”、“今日を生きる”という意味でいいのだろうか。

 プロレスラー 天龍源一郎の引退までの日々を追ったドキュメンタリー映画 「LIVE FOR TODAY」を観た。プロレスに詳しいわけではないので、彼を含めプロレスを語る資格は自分にはない。「LIVE FOR TODAY」の鑑賞者として感想を記す。 

 天龍源一郎は、全日本プロレスにおいては、ジャイアント馬場、ジャンボ鶴田に次いで第3の男だった。しかし、あの頃の時間は天龍にとって助走段階だったことを、彼が引退した今になって知ることになった。

 映画は彼の引退までの10ヶ月をカウントダウンしていく構成だった。彼の同世代のライバルや名だたる“戦友”たちが多数登場したが、彼らは脇役に配置された。それは当然だ。主役は現役かつ最前線(最前線とは、興業であるプロレスにおいては“メインイベントを張る存在”)の人物でなければならない。その意味で、この映画の主役はダブルキャストだった。1人は天龍源一郎。そして、もう1人は、その対戦相手となった、現在の日本プロレス界を背負う、若き・強きレスラーたちだったように思う。

 彼はRevorutionという言葉を信条としていた。彼は13歳で福井県から上京し、相撲界で13年を過ごした後、プロレス界に入った。プロレスは長い間、日本人に寄り添ってきたスポーツであり、娯楽だった。しかし、彼の40年に及ぶレスラー生活の中で、プロレス界を囲う壁は崩れ、興行界は激変した。大半の垣根が取り外された時、彼は彼の取り巻く環境に一喜一憂するのではなく、自らが強靱な肉体と共にマットに上がり続けることが、Revorutionだと確信したのではないか。世の中や環境を変えるという変革ではなく、自らの自己革新の道を選び、歩んで来たように思う。その意味では、若いプロレスラーたちが、彼に敬意を持ちながらも、引退間近の彼を、殴り・蹴り・絞める姿、彼の胸板が真っ赤に腫れ、内出血する姿。この姿こそ自らの「天龍革命」が達せられたことの証だと言えるだろう。そして、彼は、彼を支えた夫人への恩返しの時間を持つことも選択したのではないだろうか。13歳で故郷を旅立った少年が家族という故郷に帰る。この選択も、もうひとつの“内なる天龍革命”だろう。

 彼は伝説の死者(レスラー)たちを語らなかった。「先に逝ったプロレスラーそれぞれが、それぞれのレスラーとして生きたことに、賞賛も非難も不要だ」ということを、彼は無言で語っているようだった。 

 天龍引退という縦軸に、日本プロレス界を縦横無尽に走らせ、良質なドキュメンタリー映画として成立させた川野浩司という監督(撮影も同人)も見事だった。

 映画の中でグレート小鹿氏(天龍と同じく、相撲界からプロレス界に転向。74歳の現在も現役)が、「北向き」という相撲用語・隠語があると話していた。「北向きとは、変わり者または拗(す)ねっぽい人のことを指す」と。「天龍は北向きと呼ばれたこともある」と。

 若い頃に読んだ本田靖春氏の遺作は「我、拗ね者として生涯を閉ず」だった。拗ね者に惹かれる。

2017年2月19日 (日)

青春18きっぷで妄想

 地図を眺めることが好きな人は多い。その気持ちはわかる。どんな嗜好であれ、心が何かに没頭する時の心地よさは格別なものだ。「空想癖」や「妄想癖」は立派な趣味と言える。

 中学校でも高校でも、地図帳が教材としてあった。中東やバルト海、エーゲ海、地中海に接する国などは、なにひとつ想像することもできなかったが、砂漠の国や森林の国、遠い遠い異国の地。そんな別世界を空想をすることがあった。国内の地図を眺めることも好きだった。今でもインターネットの「google map」などを眺めて、画面上の旅を楽しむこともある。

Mitsuhide_mashima JRの「青春18きっぷ」(以下、18きっぷ)の2017年度春季の発売が明日から。18きっぷは若い頃からあるが、学生時代を含めて1度も使ったことがない。鉄道関係の趣味はないのだが、少し調べてみた。

 新潟県内の鉄道は 【新幹線】 ①上越新幹線:新潟~越後湯沢 ②北陸新幹線:上越妙高~糸魚川 【在来線】 ③羽越本線:新津~府屋 ④信越本線:新潟~直江津 【ローカル線】 ⑤米坂線:坂町~越後金丸 ⑥磐越西線:新津~豊実 ⑦越後線:新潟~柏崎 ⑧弥彦線:東三条~弥彦 ⑨上越線:長岡~土樽 ⑩只見線:小出~大白川 ⑪飯山線:越後川口~足滝 ⑫大糸線:糸魚川~白岩 【第三セクター線】 ⑬ほくほく線:六日町(越後湯沢)~直江津 ⑭えちごトキめき鉄道:妙高高原~直江津~市振 ⑮しなの鉄道:妙高高原~ ⑯あいの風とやま鉄道:市振~

 北から府屋・越後金丸・豊実・足滝・白岩・市振の駅は訪れたことがない。県境に用事はないから、自ら訪れるしかない。「青春18きっぷで県境駅巡り」を妄想している。

2017年2月18日 (土)

日帰り温泉

 寒いので日帰り温泉にでも…と考えていたが、どこにしようかと調べているうちに、タイミングを逸してしまった。最近は日帰り温泉に出掛けることがめっきり減った。

 3カ所の社宅で合計12年間過ごした。30歳台はずっと社宅。古い社宅は風呂場も浴槽も小さく、頭を洗うと、ひじが風呂場に一緒についている洗面台に当たった。足を伸ばして風呂にろうと、週末によく日帰り温泉に行った。

 日帰り温泉の選択基準は次の5項目だったように思う。 ①泉質 温泉かけ流しが理想だが、それを満たすと他の項目が犠牲になるケースが多かった。 ②浴室の設備と種類 やはり大きな浴槽がひとつでは物足りない。露天風呂は必須だし、ジャグジーや寝湯のタイプがあると嬉しかった。 ③館内の休憩室や食事 ビールを飲んだ後、仮眠できる部屋や映画を上映している部屋など。 ④入浴料 1,000円が上限。 ⑤立地 自宅から30分以内が理想。

 新潟の社宅時代にお気に入りだったのは、西蒲区の「しょんのび館」と聖籠町の「ざぶーん」。長岡の社宅時代は、「オーエム健康ランドSPA」が№1だった。三条市にあった「健康ランドポエム」は割引券が手に入ると行った。どちらも今は存在しない。スーパー銭湯「華の湯」、「ゆらいや」、三島の「喜芳」や魚沼市の「神湯温泉倶楽部」によく行った。上越の社宅時代は「上越の湯」が好きだった。館内が大きく、浴室が広く、食事のバリエーションが豊富な施設だった。そして「七福の湯」。

 個人的な思い入れも含めてランキングすると、1位 西蒲区 じょんのび館 2位 上越市 上越の湯 3位 長岡市 オーエム健康ランドSPA 泉質は1位 西蒲区 だいろの湯 2位 十日町市 千年の湯 3位 村上市 盤舟 といったところか。番外編としては小千谷市ちぢみの里のムービールームがいい。

2017年2月17日 (金)

ひざパッチのズボン

20170215 母はよく、膝に穴が空いたズボンを縫ってくれた。「ひざ立ちで歩いてる?」そう母に何度も聞かれるくらい、自分の膝には穴が空いた。いつも首を横に振るか、「ううん」と答えていた。あの頃はジーンズなどと言っても、子どもがはいているズボンの耐久性は低かったと思う。それにしても周囲を見渡して、膝に穴が空いている子どもはいなかったから、自分に原因があったように思う(例えば、休み時間に体操着に着替えず体育館を走り回っていたこととか)。 

 母は穴が空いたズボンの裏から、膝当て用のパッチを当ててくれた。ズボンと同じ青色だったり、時には黒や茶色もあった。膝当てがついたズボンを恥ずかしいと思ったことはなかった。ちょっとしたおしゃれにも思えた。贅沢はさせてもらえなかったし、欲しい物が買えた訳ではなかったが、「自分は恵まれない」などと思ったことは1度もなかった。母は良くズボンを買ってくれたし、買う時は2本買ってくれた。毎年、冬になると必ずアノラックを買ってくれる母親だった。

 月曜日、「子どもの貧困」について記した時に、「子どもの貧困が深刻な状況にあることに気づいた場面」として、「衣類の汚れ・ほころび」があった。子どもと触れ合う機会は皆無だが、町で見かける子どもたちは皆、綺麗な服を着ている。「ひざパッチのズボン」などはいていたら、「貧困家庭」という見方をされるのかもしれない。

2017年2月16日 (木)

北朝鮮と日本企業

 北朝鮮の金正恩朝鮮労働党委員長の異母兄・金正男氏(1971年生まれ、故金正日総書記の長男)が、マレーシアで北朝鮮工作員によって殺害された。金正男氏は北朝鮮国外で生活し、国際的に孤立状態にある母国の王朝的・世襲支配体制を批判していたこと等が殺害の要因になったという。

 併せて金正恩氏の“恐怖政治“についても報じられている。自身の「唯一支配体制」の妨げとなる人物を容赦なく粛清し、北朝鮮№2だった叔父(張成沢)を処刑するなど親族も例外ではなかった。処刑された幹部は12年に3人、13年に約30人、14年に約40人、15年には約60人(韓国の関係当局の推計)と急増しているという。一見すると驚く数字だ。しかし、共産主義・軍国主義独裁国家の指導者が行ってきた粛正の規模と考えると「そんなものかもな」と感じる。

 日本は「民主主義・法治国家・資本主義」だ。しかし、日本の企業は「軍国主義・人治企業・共産主義」と言えないだろうか。企業では、「唯一支配体制」構築のため、粛正や処刑(退職等)はあちこちで起こっている。その下の幹部たち(部長・課長)によって、部下が心の病を発症したり、退職に追い込まれることも珍しくない。金正恩のやり方と日本企業のパワハラはどこが違うだろう。軍隊化する組織、北朝鮮化する企業は、北朝鮮や金正恩を批判できないし、笑えないだろう。「企業は人を殺していない」などと指摘する人は、すでに殺す側の人間だ。企業は人を殺している。

2017年2月15日 (水)

まともな会社・ましな会社

 日本を代表する企業「東芝」が揺れている。アメリカ原発事業の巨額損失を半導体事業の分社・売却などで補い、債務超過の回避を目指すと報じられていた中で、平成29年3月期第3四半期連結決算の公表を1ヶ月遅らせると発表した。

 どんな結末を迎えるかわからないが、2015年に歴代の経営トップが関与した粉飾決算(利益水増し)、「チャレンジ」と呼ばれるノルマ達成至上主義が白日の下に晒されて以降、同社の企業体質が問われてきた。そして今、事業継続の岐路に立っている。

 「まとも」という言葉がある。「正面」または「真面」。【まっすぐに向かい合うこと。正しく向かい合うこと。策略や駆け引きをしないこと。まじめなこと。正当であること】

 「まし」という言葉がある。「増し」。【必ずしも最善の選択とは言えないがどちらかを取るかという点になれば、比較的その方が良い様子。どれもよくないが、どちらかと言えばこれの方が良い】

 東芝は「まとも」な会社ではない。まっすぐ、正しく向かい合っていないし、策略や駆け引きをして来た。まじめではないし、正当でない。しかし、「まし」な会社だと思う。必ずしも最善の会社とは言えないが、どちらかを取るかという点になれば、比較的、東芝の方が良い。膿(うみ)が出ているだけ良い。

 TOSHIBAのコピーは“leading innovation”(革新を先導する)。その理念を体現し、自社改革を先導して欲しい。

2017年2月14日 (火)

天下り/この国の職業観

 文部科学省の天下り役人は、月に2回の出勤で月収1千万円を得ていた(天下り先は大手生命保険会社)。天下りの恩恵に授かった人たちは公務員として、ほぼ最高の地位まで上り詰めた人たち。特権階級の人。すべての公務員が「公僕」ということはない。むしろそんな意識を持って働いている公務員は絶滅状態なのかもしれない。

 中学校2年生の時に、新聞記者になりたいと願った夢は、あと一歩のところで叶わなかった。夢があった時代から25年が経ち、50歳手前になって、若さゆえ、純粋ゆえの無知に気づき、恥じることがある。「夢と職業は違うもの」だということに。

 新聞社に勤務する人すべてがジャーナリストということはない。ジャーナリストすべてが巨悪に立ち向かっているわけではない。すべての公務員が公僕ということはなく、すべての警察官が市民の暮らしを守ろうとしている訳ではない。銀行員が預金者の資産を守り・育て、零細・中小企業の経営課題を解決するために存在している訳ではない。

 圧倒的多数の人は、自分が生計を立てていくために働いている。

Dsc_0621 文部科学省の天下り役人は、月に2回の出勤で月収1千万円を得ていた。彼、彼ら(他にもいるだろうから)は公務員であり、公(おおやけ)の給与を貰っていた。彼らは文部科学行政や(他省庁にもあるだろうから)厚生労働行政や財務行政等々にも関わってはいたが、社会や公(おおやけ)、市民生活の向上に資するために公務員という職業を選択したわけではないのだ。

 この国において、圧倒的多数の人は、自分が生計を立てていくためだけに働いている。

写真:いつもの窓からいつもの空。ジーンズのようなインディゴブルー。

2017年2月13日 (月)

子どもの貧困

 毎日新聞のインターネット配信記事から抜粋・引用(斜体)

 山梨県のNPO法人 フードバンク山梨が「子どもの貧困」について、県内の小中学校教員212人に対するアンケート結果(153人から回答)を公表した。

・昨年度以降、子どもが貧困状態にあると感じたことがあるか  ある47%  ない53%

・深刻な状況にあることに気づいた場面・状況(選択肢から複数回答)  支払・集金の未納26%  衣服の汚れ・ほころび18%

・貧困状態にある子どもに対し、学校として対応ができているか(選択肢から回答)  わからない51% あまりできていない20% ややできている18% できている7% きていない5%

・貧困が子どもに及ぼす影響について  学習意欲が低い80% 自己肯定感が低い70%

 貧しく産まれた子どもは、自分にその責任の一端もないのに、その貧しさを恥じる。

 文部科学省の天下り役人は、月に2回の出勤で月収1千万円を得ていたという。天下り役人は、その報酬を恥じる感覚すら失っている。平等で公正な社会など、夢のまた夢か。

2017年2月12日 (日)

1998年ドラフト3位指名

 読売ジャイアンツで18年の現役生活を送った新潟出身の加藤健選手が、2016年シーズン限りで引退・退団した。彼は新発田農業で強打の捕手として活躍し、1998年のドラフトで巨人から3位指名を受け入団した。ドラフト1位が上原、2位が二岡。その年の目玉は松坂(西武1位指名)だった。巨人では、後々、名捕手として語り継がれるであろう阿部慎之介選手と同時代を過ごしたことも含め、現役時代に何十人もの捕手がジャイアンツに在籍したはずだ。2012年、日本ハムとの日本シリーズで起きた”死球騒動”が最もクローズアップされた出来事になってしまったが、激しい生存競争のチームで、控え捕手として18年の現役生活を送ったことは賞賛されていい。

 彼がプロ入りする際、縁あって何度か自宅を訪問したことがある。プロ入り後、彼のサイン入り野球カードを頂いた。“栄光の巨人軍”で、立派に仕事を勤め上げた彼を誇りに思う。今後の活躍を祈念しています。

2017年2月11日 (土)

スペシャルウィーク/2度目の引退 2

Special_week_2 偉大な父サンデーサイレンス(Sunday Silence/静寂な日曜日)は1,500頭近くの競走馬の父となり、43頭のG1馬を誕生させた。その中でもスペシャルウィーク(Special Week/特別な週)に惹かれた理由がある。

 1.黄金世代  1998年の牡馬クラシックはセイウンスカイが皐月賞と菊花賞を制し2冠馬となったが、ダービー馬にはスペシャルウィークが輝いた(1987年に騎手デビューした武豊は、スペシャルウィークで初めてダービーを勝った)。この春はこの2頭にキングヘイロー(後に高松宮記念を勝利)を加えた3強と言われていた。その年のジャパンカップを勝ったエルコンドルパサー(翌年、凱旋門賞2着)、そして有馬記念を勝ったグラスワンダー(有馬、宝塚、有馬とグランプリ3連覇)も“同期”。類い希な黄金世代のダービー馬であること。

 2.忘れ形見  母キャンペンガールはマルゼンスキーを父に持つ優れた良血馬だった。気性の荒い同馬はデビュー前のケガで未出走に終わったが、血統背景から繁殖馬として期待されていた。しかし、気性難は仔馬にも受け継がれ、初仔の牡馬、2番目の牡馬は出走できず、3番目の牝馬はスペシャルと同じ白井厩舎で2勝をあげたものの、4番目の牝馬も活躍できなかった。5年目に、初年度産駒が活躍していたサンデーサイレンスが交配された。受胎したキャンペンガールは出産の半年前から疝痛に苦しみ、腸の一部が壊死するという、 生命の危機に陥った。5月2日まで持ちこたえたが、5番目の牡馬スペシャルウィークを出産すると、乳を与える事もなく息を引き取ったという。彼は母キャンペンガールの“忘れ形見”ということになる。

 スペシャルウィークはG1・6勝の牝馬ブエナビスタという最高傑作を送り出したが、残念ながら自身を超える牡馬を輩出できなかった。そのことが、悔やまれる。余生を送る日高大洋牧場では、彼と会うことはできるのだろうか。

2017年2月10日 (金)

スペシャルウィーク/2度目の引退 1

Special_week_1 1998年のダービー馬スペシャルウィーク(牡22)が種牡馬を引退し、生まれ故郷の日高町の大洋牧場で余生を送るという。競走馬としてはG1・4勝を含む17戦10勝(14連対)。種牡馬としては、G1・6勝のブエナビスタ、日米のオークスを勝利したシーザリオ、菊花賞馬トーホウジャッカルなどの活躍馬を出した。1999年の有馬記念で競走馬を引退。今回は2度目の引退ということになる。

 スペシャルウィークに会ったことがある。2002年6月初旬。社台スタリオンステーション早来。見学用の柵越しに種牡馬たちが放牧されていた。じっと立ち止まったままの馬、牧草をむしっている馬、走り回っている馬。

 スペシャルウィークは凛としていた。遠くから眺めるだけだったが、好きだった黒鹿毛の馬体を目に焼きつけた。隣の柵にはグラスワンダーがいた。栗毛の馬体は“マル外”が持つ、いかにも“Yankee”という雰囲気だった。そして、1頭、自身のエリアでは物足りなそうに走り回っていたのがアグネスタキオン。その姿は引退の原因になった屈腱炎が軽度のものだったことを物語っていた。3歳春に引退して1年余り。他の馬たちとは違い、馬体が引き締まっていた。もし無事だったなら、2週間後の2002年宝塚記念(ダンツフレームは2001年皐月賞2着馬)を勝っていただろう。あと1頭は白馬のようになったメジロマックイーン。芦毛の馬が歳をとると白くなることを初めて知った。

 スペシャルウィークは1999年の宝塚記念でグラスワンダーに3馬身差の2着。秋の凱旋門賞出走計画が白紙に戻された。その年の有馬記念は彼の引退レースになったが、ここでもグラスワンダーにハナ差(4㎝といわれている)敗れた。因縁の2頭が、仲良く隣り合わせになって種牡馬生活をする姿を見て、「競馬とはひとつの産業(人が暮らしていくための経済活動)であること」を理解した。(明日に続く)

2017年2月 9日 (木)

日本人のメンタリティ

Bukatsu_2 先日、あるプロスポーツ監督の実父が亡くなった。チームの日程と重なっていた監督は、父の通夜・告別式に参列せず、チームに帯同した。「覚悟はできていた。別れは済んでいた」、あるいは「勝負に関わる者の宿命」ということなのかもしれない。

 最近、ようやく、部活の在り方を考え直す動きがあると報道されている。“部活改革”とも言えるこのような動きが、正しいのかどうか微妙な点もあるが、一方に偏っているだけのものを問い直してみることは必要なことだと思う。

 日本人のメンタリティは、日本人特有の美徳や精神論、合理的でないものに支配されている。そのことが、企業のパワハラなどにも通じている。

2017年2月 8日 (水)

1票の格差

Congo このブログは「日々の雑感集」なので、度々、世界とか大統領が出てきては困るのだが…。

●アメリカ国民のおよそ半数を占めるトランプ支持者たちの1票 … 世界の枠組みを変える

●日本国民が自民党なり民進党なりを支持する1票 … 多少の意味はある

●世界最貧国(正式な呼称は後発開発途上国)と言われるコンゴ民主共和国(旧国名ザイール)や中央アフリカ共和国などの1票 … 何も変わらない

 世界における「1票の格差」は拡大するばかり。民主主義とか多数決が、とても脆弱な仕組みに思えてくる。

2017年2月 7日 (火)

パンダ焼き(弥彦村)

Dsc_0610 有名なお菓子(全国ご当地おやつランキングで1位獲得)らしいが、今回、頂いて初めて食べた。食べ方が書かれたしおりに「白パンダ焼き」と書いてあり、外は米粉を配合したモチのような生地、中はうぐいす色をした「弥彦娘(枝豆)」のあんこ。食感はモチに近いが、重さがなく、粘り気も抑えてある。味は上品、優しい甘さ。初めて食べたのに懐かしさすら感じる。HPで検索すると、弥彦娘のほかに、チーズクリーム、キャラメルクリーム、定番の小倉あんなどもある模様。

 分水堂菓子舗 弥彦駅前 弥彦観光案内所すぐとのこと

2017年2月 6日 (月)

スーパーマルイ(見附市)

 時たまスーパーマルイ学校町店(長岡市)を使う。フレッシュマートツチダの店舗を引き継いで10年以上。学校町や花園などの住宅地に近く、付近に市営住宅があり、地域に必要されるスーパーになっている。

Marui スーパーマルイと言えば、実家の近所、見附市学校町にあったマルイが懐かしく思い出される。テナントに入っていたフレンド見附店で“イタリアン”の味を覚えた。マルシャン/北欧のパンやシュークリームは高級品だった。左側の入口前に黄色い貨車のようなボックスを設置して営業していたナカザワミート。よく焼き鳥を買い食いした。あの頃は夕方になるとママチャリが所狭しと駐輪していた。2重に停めてあると、抜け出すのに苦労した。今は自転車で買い物する姿をあまり見かけない。どこのママも軽自動車を所有している。

 見附の食品スーパーと言えば、見附センターだった。本町店(町中の本店)と本所店(駅前)。農協が経営していたエーコープにはおそらく見附で初めてのエスカレーターが設置されていた。店の前は駐輪場になっていて、100台以上並んでいることもあった。駐車場は裏にあった。今では考えられない。原信は本町の外れ、嶺崎の手前にあった。ボウリング場だった建物を改装していたような記憶があるが、曖昧だ。現在の店舗は西に500㍍、越後交通・上見附車庫前に移転。ウオロクやPLANTができたのは、自分にしてみればつい最近の話だ。

 スーパーではないが、衣料品のダイマゴ(大孫商店)、かめざきや(現在も営業中!)、和菓子の若松園、しらさぎレコード、事務用品のイマニ、おやまつ床屋…。角にあったおもちゃ屋はなんといったっけ?いろいろと思い出す。懐かしい見附の風景を集めたサイトを探してみよう。なお、スーパーマルイの本社は見附市。学校町店は新町に移転して見附店として営業している。

2017年2月 5日 (日)

トースターを買い替える

Img_201702 トースターを買い替えた。ヒーターなどの主要部分に問題ないのに、タイマーが効かなくなった。

 「かえる・かわる」という読みをする漢字がいくつかある。今回は買い「替える」。

 替える(別の新しいものにする、役目を別の人に任す)・換える(別のものに置き換える、別のもので同じことをする)・変える(異なる状態や性質にする)・代える(役割を他のものにさせる)

 英語なら「change」で事足りる。日本語は多様な表現を持つ上質な言語なのか?同じ読み方で微妙に違う意味を異なる漢字で「表す」難解な言語だろう。

 表す(考えや感情を言葉、表情などで表現する)・現す(姿や本質を具体的に見せる)・著す(書物を執筆する、出版する)・顕す(表す・現すの表外音訓※)

 “Why japanese people”だ。

 ※表外音訓 常用漢字表に記載されていない字音(文字の発音)と和訓(漢字に和語を当てて読む読み方)

2017年2月 4日 (土)

「春夏秋雪」 冬の折り返し日

Dsc_0607 2月4日17時38分 薄暮 写真はいつもの窓辺から

 今日は立春。暦の上で春は立春から、夏は立夏から、秋は立秋から、冬は立冬から始まる。昔の人は良くしたものだと思う。

 縦長の日本列島だから、北と南で微調整が必要になる。雪国バージョンに調整してみる。

 4つの季節を、『春・夏・秋・雪』と分けると、更に良い。雪国の冬とは、雪そのものだから。

 春は春分から、夏は夏至から、秋は秋分から、冬(雪)は冬至から

 少し調整した「雪国の二十四節季」はしっくりくる。

 「雪国の二十四節季」で、立春は冬至から春分の折り返し日になる。冬の折り返し日=雪が折り返す日。

 春の折り返し日は立夏。夏の折り返し日は立秋。秋の折り返し日は立冬。

 とてもわかりやすい。

2017年2月 3日 (金)

古き悪しき時代

 トランプ大統領が世界の中心となって以来、世界中が彼と彼の政策を凝視し、結果、世界中が振り回されている。トランプ大統領は、民主的手続きで選ばれ、掲げた公約どおりに、これまでの仕組みを再構築しようとしている。マスコミや識者の反応は、少々ヒステリックに映る。

 上手く表現できないが、“累進課税制度”のように、これまで社会の枠組みに恩恵を受けてきた人たちほど、改革に対する“税負担率”は高くなるように思う。それはそれで願ってもないことだ。理にかなっている。

 彼を支持するのは、古き良き時代 Old good days のアメリカを取り戻したい人々であって、決して弱者とは言えない。彼はアメリカ社会の弱者や世界の弱者・貧困層・難民などを救うような救済者や改革者でないことはわかっている。彼は挑戦者。その意味で応援している。挑戦者に品格など求めていない。

 しかし、ある1点についてだけは注視して行きたいと思っている。なぜなら、自分も同じようにひとつの疑念を抱いているからだ。幼い頃、アメリカに住んだ経験があるという評論家が、以下のような主旨の発言をしていた。「遠い昔になってしまったが、あの頃、アメリカで私たち(日本人)は酷い差別を受けていた。トランプ大統領の目や物の言い様が、人種差別者のそれと似ている」

 Old good days を取り戻そうとして、それとは表裏一体の Old bad days を連れて来ないことを祈っている。

2017年2月 2日 (木)

プレミアムトリプルチーズ(マルシャン)

Marcian_triplecheese_2 長岡の2月の風物詩は美松の39セールだが、マルシャンも工場売店でひっそりと感謝祭を開催するようだ。

 2017年2月3日(金)・4日(土) 9:00~16:00

 なかなか入手しづらい“プレミアムシリーズ”の「プレミアム・トリプルチーズ」(写真は同社HPから)や「プレミアム・アーモンドラテ」、「プレミアム・小倉マロン」、「プレミアム・ミルクレーズン&ホワイトチョコ」は感動的な美味しさ。

   http://kasa.air-nifty.com/blog/2017/01/post-6d7a.html

2017年2月 1日 (水)

フジキセキとアグネスタキオン

Agnestachyon_2 昨日の続き。時期外れな内容になったが、雑感。

 2000年の第17回ラジオたんぱ杯3歳ステークスは衝撃だった。将来を嘱望された3頭の馬が出走し、ゴールした着順掲示板に赤い“レコード”の文字が浮かび上がった時は背筋が震えた。1着アグネスタキオン(皐月賞)、2着ジャングルポケット(ダービー、ジャパンカップ)、3着クロフネ(NHKマイル、ジャパンカップダート)。アグネスタキオンの走破時計2分00秒8は16年経った現在も、阪神競馬場・芝2000㍍の2歳レコードだ。

 1994年の朝日杯3歳ステークスの勝ち馬は日本競馬の歴史を変えた種牡馬サンデーサイレンスの初年度産駒フジキセキ。2着はスキーキャプテン。後の同世代クラシックは皐月賞がジェニュイン、ダービーがタヤスツヨシ。皐月賞とダービーで1着と2着が入れ替わったが、3着オートマチック、4着ホッカイルソーは変わらず。菊花賞馬はマヤノトップガン。

 「新潟在住競馬ファン」である自分は、フジキセキが夏の新潟新馬戦デビュー馬であることに加え、もうひとつ思い入れがある。彼は1992年4月に産まれ、2015年12月に逝去している。これが自分にとっての“ある期間”とほぼ合致している。競走馬としての強さ・速さ、受けた衝撃度ではアグネスタキオンなのだが、フジキセキを崇(あが)める所以(ゆえん)はそんなところにある。

 今年、ホープフルステークスがG1競走に昇格する。創設時から幾度となく名称が変更され、阪神2000㍍から中山2000㍍条件変更されている時点で同じレースでは無いのだが、JRA施行レースとしては、ラジオたんぱ杯3歳牝馬ステークス→ラジオたんぱ杯3歳ステークス→ラジオたんぱ杯2歳ステークス→ラジオNIKKEI杯2歳ステークス→ホープフルステークス(G2)→ホープフルステークス(G1)と変遷してきたことになる。G1昇格と併せ、レースは有馬記念から4日後の12月28日水曜に実施される。長らく続いた「有馬で大円団」の時代が終わって、新時代幕開けの年になるのだろうか。そのためにも、アグネスタキオンを超えるホープフルな名馬に勝利してもらいたい。

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