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2016年12月

2016年12月31日 (土)

母の断捨離

 先日、74歳の母の断捨離に駆り出された。実際は断捨離とまではいかなかったが、不要な衣類などを処分した。

 インターネットの性格診断で「あなたは合理的で効率的、断捨離が得意。本当に必要なものしか部屋に置かず、家の中は美しく整えられています…」と続いた。

 「断捨離が得意」。そうかもしれない。進学と転勤等で、19歳・21歳・23歳・27歳・31歳・37歳・41歳・44歳・46歳と引っ越しを9回経験した。引っ越しの度に選別される所有物の多くは、存在価値があるにも関わらず、次の場所で始まる新しい暮らしのに不必要と判断され、廃棄される。所有すれば身軽さを欠くことを経験してきたから、いっそ所有しないこと常としてきた。

 片づけられない人の多くに「引っ越し経験がない人が多い」というのは、かなり当てはまると思う。引っ越し経験がない人は、捨てる意味がわかっていない。次の場所で入れ物(部屋の間取り・収納スペース等)が大きくなっていくとは限らない。

 母親の場合、3つの癖が影響していると思った。①とっておく癖 ②入れ物を増やす癖 ③管理しない癖

①「とっておく癖(いいモノだから・高かったから・まだ使えるから・いつか使うから)」に対しては、「その時はやって来ない」という現実を理解してもらうことが重要になる。あって良かった経験はありましたか?反対に、無くて困った経験はありましたか?と聞く。

②「入れ物を増やす癖」。入れ物に収めると、一見、整理できたように思ってしまう。しかし、それは片づけの先送りでしかなく、片づけの勘違いに過ぎない。断捨離とは読んで字のごとく。断つこと・捨てること・離れること。詰めて、寄せて、重ねただけでは断捨離にはならない。思い切ってクローゼットを無くす(減らす)、タンスや衣装ケースを捨てる(減らす)、スチール棚や100均のカゴなども捨てる。「入れ物に入った入れ物が入れ物に入っている」という状況をやめるだけで、スペースが確保できる。

③「管理しない癖」。例えばレインウェアが3つ出てきたりする。これは雨天時など使用場面が限られるため、管理していない状況ではどこにしまったか忘れてしまいがちになる。その結果、購入を繰り返して数が増える。未開封の機能性下着が数枚。これは買ったまま保管したもの。ガムテープが5つ以上埋まっていた。食品では「からし」が5本、醤油やサラダ油、インスタントコーヒーなどが多数。これらは安売りで買ったというが、一般家庭でからしを1年に何本消費するだろうか。貧乏性の人はこういった貯める購入行動が染みついている。

Kitakazetaiyou 整理作業を進めていると、やはり母に無断で廃棄するわけには行かず、ひとつひとつ確認を取ることになる。母の言い分の中で「確かに一理ある」と思う点がある。それは 「モノに対して思い出、思い入れがあること」。モノに魂を入れてしまう傾向が強い人は、なかなか捨てられない。モノとココロがくっついているために、なかなか剥がせない。 

 40年前、まだ電子レンジが出始めの頃、家には“ナショナル製”の電子レンジがあった。やむを得ず、必要に迫られて購入した高価な家電。その初期型電子レンジが、つい4~5年前まで家にあった。レンジ庫内の灯りが切れていたが、最後まで現役だった。それは母だけでなく、家族にとって思い入れのある家電だった。

 母が衣類を捨てられない理由も、当時のモノに思い入れがあるからだ。日本製と刺繍されたタグのついたウール100%のコート。シルクのガウン。入学式や卒業式で着用したスーツ。これらは決して楽ではない家計をやり繰りして購入したもの。思い入れがあるのは当然だ。その想いは大切にすべきだと思う。母親は引っ越しなどしないし、女性はいつになってもオシャレをしたいからだ(嫁入り前ではなくとも)。

 しかし、断捨離を覚悟した以上、それらを吟味することが必要になる。ゴミ袋に詰める際に話を聞くことは、イソップ寓話「北風と太陽」に似ている。北風が上着を吹き飛ばそうとしても、旅人は上着をしっかり押さえてしまい、服を脱がせることができない。太陽が照りつけると、旅人はその暑さに耐え切れず、自ら上着を脱いでしまう。

2016年12月30日 (金)

ミニマリストとシンプリスト

 先日、74歳の母の断捨離に駆り出された。そのことは明日に回して、少し記す。

 断捨離という言葉が一般的になりつつあった時期、「ミニマリスト」、「シンプリスト」という言葉も目にした。ミニマリストやシンプリストが語られる時、ほぼ100%、「ミニマリストの部屋」、「シンプリストの部屋」という具合に部屋の写真が添付される。写真を見ると、確かに部屋の有り様は両者の特徴を現している。両者には明らかな違いがある。更に、両者と一般的な部屋との間にも大きな違いがある。

 自分の居場所である部屋(巣みたいなものか)の雰囲気、デザインや家具などに考え方が現れるというのはその通りだと思う。自分は「ミニマリストの部屋」の写真を見て違和感を感じるし、憧れることはない。「シンプリストの部屋」の写真を見れば、少し憧れるし、自分の部屋に近いものがあるなぁと思う。

 では、思想としてのミニマリズム、思想としてのシンプリズムはあるだろうか。例えば、ミニマリズムやシンプリズムの人は「小さな政府」を志向するだろうか。そう短絡的には直結しないだろう(割合は多いかもしれないが)。 

 先週、“年金カット法案”とも言われている「年金制度改革法案」が可決・成立した。「時代に合わない」とか「設計が古い」とか、様々な理由で行われる制度改革、制度改定を見て、「シンプルな仕組みでないこと」に嫌悪感を覚える。

 自分は自国に、充実した福祉国家であって欲しいと思っている。その考え方から「小さな政府」には異を唱えたい。しかし、一方で「シンプルな仕組み」であることを願っている。そして、政府や行政が行う仕組みづくりにおいて、最大かつ最重要な仕事は『所得(富)の再分配』だと考えている。

 個人の断捨離には、相応の勇気がいる。制度の断捨離、そして、シンプルな仕組みの再構築が必要だと、絡まった糸のような制度改定を見ていて思う。

2016年12月29日 (木)

年賀状産業を縮小しよう

Nengajyou どこの国にもあるものかもしれないが、経済効果優先の行事や慣例。業界と結びつき、一大産業になっているものがある。例えばクリスマスの「ケーキ」、「プレゼント」。バレンタインデーの「チョコレート」とホワイトデーの「お返し」。最近では節分の「恵方巻き」、ハロウィンの「仮装」。新年の「年賀状」も、これに加えたい。本来の年賀状はどんな形のものだったのだろうか。

 現在やりとりされている年賀状の機能は、メール、LINE、SNSで事足りる。「虚礼廃止」を推し進め、悪しき慣例を簡便化・省力化して、多岐に渡る関連資源の節約につなげたい。

 1.年賀ハガキ…大量に森林資源を浪費している(リサイクルしているから良いという問題ではない)。

 2.印刷コスト…プリンターやインク、画像ソフト等の購入費用、その原料。

 3.作成時間…年末の多忙な時期に自ら作成したり、業者に足を運んだりする時間。

 4.投函…郵便局周辺が交通渋滞する。経験した人も多いはず。

 5.仕分け~配達…人件費、配達する燃料費コスト。年末年始にどれだけの人が動員されているのか。

 2017年にハガキは52円から62円に値上げされる(うち年賀状は52円に据置。封書も82円に据置)。消費増税を除いては23年ぶりだというが、日本郵政は昨年11月に株式上場した。値上げによる収益は数百億円と報道されている。およそ20%の値上げ率は他の商品で類を見ない。そして、誰も文句を言わない。民営化の意味する所、上場の意図したところは何だったのだろう。

2016年12月28日 (水)

「保育園落ちた」を擁護する

 「保育園落ちた日本死ね」という投稿ブログ。これが発端となって待機児童問題がクローズアップされた。この言葉が新語・流行語大賞トップ10に入ると、全く別の論点で議論が再燃した。大まかな流れは下記の6点。特に5の論調があまりに本質を逸脱していて驚いた。

1.「保育園落ちた~」が新語・流行語大賞トップ10に選出される → 2.1に体する批判 →タレントらによる「とても悲しい気持ちになった」等の批判  →3.2に対する協賛社の見解 →「協賛という立場である弊社は、審査員の選定やワードに関して意見を申し上げる立場ではございません」 →4.2.に対する審査員の見解「死ね(という言葉)が、いい言葉だなんて私も思わない。でも、その毒が、ハチの一刺しのように効いて、問題の深刻さを投げかけた」 →5.3と4に対する主に2側の反論(原文を引用)「web署名を用いる。法的効果はないことはご存じの方も多いと思うが、対民間企業であるX社(協賛企業)の場合は、法的な効果はあまり関係ない。狙いは、投資家に対して数の証明を行うことにある。企業に対しては株主の発言力が異常に強力である以上、ここが弱点だ。」 →6.5に対する反論 →「言論の自由」等

 「(新語・流行語大賞トップ10の)協賛企業X社に圧力をかけよう」という暴挙。勝手にやればいいこと。徒党を組む必要はない。

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 「保育園落ちた~」を擁護する。類い希なキャッチコピー。社会が抱え、優先度・緊急度が高いにもかかわらず、着手されない、あるいは解決されない課題。直面した当事者であるからこそ、日本(国や行政、社会や世論)に対し発せられた怒り。ブログ主は弱者であり、公正でないものに怒っていたのだと思う。“公平な抽選”で落ちたのは保育園への入園許可。しかし、公正ではないものによって、自分自身と子どもが落とされたと考えても不思議には思わない。国会で取り上げられ、論争を広げ、保育士の劣後した待遇改善も喫緊の課題として浮き彫りになる等、放置されてきた様々な問題がようやく改善される方向に動き出した。社会は告発者を擁護すべきだろう。

 その上で。苦言を1つ。 

 小学校2年の夏から秋、そして冬にかけてのおよそ半年間、俺は4歳の弟を保育園に迎えに行っていた。家と小学校と保育園は近所にあり、距離的にはそれほど大げさなことではない。家から小学校の西門を入るまで100メートル、ひとつ信号がある。西門から保育園に近い東門までは前庭をぐるっと廻って300メートル。東門から保育園まで100メートル。

 夏の前庭には真っ赤なサルビアの花が咲き、花心をつまんでは蜜を吸った。秋の前庭にいた悪ガキに、輪ゴムを飛ばされたと言って弟は泣いた。冬の前庭は雪に覆われ、除雪された歩きやすい道を外れ、積み上げられた雪山の上を歩いた。

 保育園の玄関には、たくさんのお母さん達が集まっていた。その中に入っていくのが、恥ずかしかった。3人姉弟の末っ子で、早生まれの弟は、まだ幼かった。次の春から弟は近隣の幼稚園に転入した。保育園は「迎えが小学校2年生では好ましくない」と判断した。延長保育も限度があった。“子育て支援”などという言葉もなく、行政の施策など望むべくもなかった。

 40年が経過し、世の中は進歩した。今の子育て世代が恵まれているとは思わない。行政の施策が後手に回っていることも事実だろう(行政とはそういうもの)。企業の制度も支援も不足だし、不十分。しかし、10歳、8歳、4歳の子育て、祖父母の医療費負担で経済的負担が大きかったにも関わらず、看護・介護のために幼稚園の学費捻出を余儀なくされていた父と母。あの頃の親たちほど必死な状況にないことも、知るべきだろう。赤ちゃんを背負って働いた母親が、あなたのお祖母ちゃん世代までにはいたことを知るべきだし、大人たちはそのことを教えるべき。「保育園落ちた」は、切迫した想い、切実な願い。「日本死ね」は、前段の修飾語や接頭語に過ぎないと解釈している。

 自分自身、父と母を尊敬する理由はいくつもあるわけではない。ひとつ、あるいは、ふたつ。父と母が、「必死で育ててくれたこと」に感謝。

2016年12月27日 (火)

とんかつ鉄平(長岡市)

Teppei 両親が大好きなとんかつ屋。イオンに買い物に来ると必ずといっていいほど食べるようだ。父はとんかつ派。母はひれかつ派。自分はとんかつ派。とんかつの旨さは脂身にあると思うのだが…。

 サラリーマンのランチ利用が多い店。ごはん・野菜・みそ汁のおかわり可。説明するまでもない。有名店だ。昔ほど、とんかつ屋の数も多くない。末永く営業してくれることを願う(写真はネットから引用)。

 とんかつ鉄平 長岡市千秋1-228-1 イオン長岡店向かい 11:00~23:00 定休日:月曜

2016年12月26日 (月)

人生に必要な知恵はすべて○○○で学んだ

Toyokeizai_2 いつもは競馬ファンであることの片鱗も見せない大学教授や評論家から、競馬にまつわる発言が聞かれたのはたまたまだろうか。年の瀬になって有馬記念を語るのは自由だが、経済誌の特集記事(週間東洋経済2016/11/26号 トランプノミクスと並んで競馬が特集された)を読んだくらいで、「実は競馬を少しかじっています気取り」はやめて欲しい。競馬の“授業料”はそんなに安くはないはずだ。

 昨日の有馬記念は人気順に「1番人気が1着→2番人気が2着→3番人気が3着」で決まった。有馬記念にしては珍しい。先日記したように“リピーターレース”になった。これで来年はサトノダイヤモンドがリピーターとなるはずだ。

 競馬の醍醐味は人気馬が勝つわけではないところにあるが、実力を出し切れるレース展開や馬場状態になれば、人気通りに決まる。人気はファンの期待と信頼を数値化したもの。そのファンは金銭を賭けている。人気の信頼度は高いのだ。過度な期待と信頼が崩れる所に高配当が潜んでいる。

 今日のタイトルは「人生に必要な知恵はすべて幼稚園の砂場で学んだ」(ロバート・フルガム)のパクリ。以下はその要約。

 私の生活信条を文章にしたクレド(信条集)は、長いものだったが次第に短くなった。飾らない言葉に深い含みがある。「何でも知っているというのは、何も知らないのと同じこと」。人生を送るために必要なことは、すでに知っているということに思い至った。どう生き、どう振る舞い、どんな気持ちで日々を送るか。それらのすべてを幼稚園で教わった。それは日曜学校の砂場に埋まっていた。私は何を学んだろうか。

 何でもみんなで分け合うこと。 ズルをしないこと。 人をぶたないこと。 使ったものはもとの場所に戻すこと。 自分で後片づけをすること。 人のものに手を出さないこと。 誰かを傷つけたら、謝ること。 食事の前に手を洗うこと。 トイレに行ったら水を流すこと。 焼きたてクッキーと冷たいミルクは体にいいこと。 つり合いの取れた生活をすること。 毎日少し勉強し、少し考えること。 絵を描き、歌い、踊り、遊び、そして少し働くこと。 毎日昼寝をすること。 おもてに出る時は車に気をつけ、手をつないで、離れ離れにならないようにすること。 不思議だなと思う気持ちを大切にすること。

 どれか1つ取り出して、大人向けの言葉に置き換えてみるといい。それを家庭や仕事、国の行政、世間一般に当てはめてみれば、そのまま通用するだろう。明快で、揺るぎない。私たちが、世界中の人々が、クッキーを食べ、ミルクを飲み、フカフカの毛布にくるまって昼寝ができたら、世の中はどんなに暮らしやすいだろう。各国の政府が使ったものはもとの所に戻し、散らかしたら後片づけをする政策を実行したら、世界はどんなに良くなるだろう。人間は手をつなぎ、離れ離れにならないようにするのが一番だ。

 自分のクレド(信条集)をブログに記していこうと思う。

 「人生に必要な知恵はすべて競馬場で学んだ」

2016年12月25日 (日)

ケーキのないクリスマス

20161224_3 今年のクリスマスはケーキを買わなかった。丸いケーキを止めて、ショートケーキにしたり、昔懐かしいバタークリームのケーキにしたこともあった。有名店や老舗のもの、お気に入りの店「ル・クール(村上市)」のケーキを3年続けたりもした。

 今年は頂き物の「ガトウ専科のお菓子(写真)があるから、ケーキなし」というのは奥様のアイデア。

2016年12月24日 (土)

2016年 有馬記念

2016kabegami1440x1280 年の瀬の風物詩。今年の有馬記念はクリスマスの開催。当日の新潟競馬場周辺は有馬記念だけは買うという人で溢れ大渋滞する。新潟競馬場は殺風景な馬券売場でしかなかったが、近年は多少、イベントをやっている。10年ほど前までは「有馬記念フェスティバル」がかなりの規模で開催されていた。会場は新潟県民会館、新潟テルサ、朱鷺メッセと変わったが、いつも満席だった記憶がある。競馬人気が盛り返し、馬券売上も増加しているようなので、そんなイベントの復活もあるといい。

 有馬記念は“リピーターレース”(前年に馬券対象になった馬が、翌年も1頭好走する傾向)でもある。今年は前年の1着から4着馬が参戦し、どの馬がリピーターになってもおかしくない。加えて、ジャパンカップ1着から4着馬も参戦する。ファン投票1位かつ1番人気が想定され、天皇賞・春とジャパンカップを完勝した△キタサンブラックが3着は外さなそうだが…。長く競馬をやっていると馬との相性もある。キタサンブラックの能力・実績に敬意を払いつつも、ドゥラメンテ世代の繰り上がり最強馬(失礼。もちろん、無事これ名馬であることは言うまでもないが)とは巡り合わせが悪い。今年の菊花賞馬◎サトノダイヤモンドが本命。紛れの多いコースを克服して欲しい。来年のリピート馬にもなり得る。昨年の勝馬○ゴールドアクターは“マツリダゴッホ”臭いが、中山巧者なので対抗。熾烈なリーディング争いをしている戸崎騎手が乗る▲アルバート、△サウンズオブアース、牝馬△デニムアンドルビーと△ミッキクイーン。外枠不利のレースだが、シュヴァルグラン、マリアライトもヒモに買う。アルバート、デニムアンドルビーが絡んでくれば…。

2016年12月23日 (金)

1990年 有馬記念

 バブル時代の末期、首都圏の端っこに引っかかるようにして学生時代を過ごしていた。

 池袋を起点とする東武東上線沿線に住んでいた自分は、長い間、朝霞台にあるバイト先に通っていた。バイトは倉庫内で黙々と作業をこなす単純労働だったが、バブル期で時給が良かった。客や同僚と会話する必要がなく、軽作業だったから体力的なキツさもなかった。冬は倉庫内の寒さが堪えたが、雪国に育った身にしてみれば、屋外が晴天であるだけでも違った。

 昼休みや休憩中、鉄組みの倉庫の階段に腰掛けて、「このままこの会社で仕事をしていれば、食うことには困らないな」などと呑気なことを考えていた。そう思わせるほど世の中は浮かれていたし、そう思わせるほど自分はまだ子供だった。

 大学は冬休みに入っていたが、年末に帰省するまでバイトに励んだ。ある日、バイト先で話しかけてくる男の子がいた。見かけない顔だった。専門学校生の彼は3つ年下で川口市から来てた。JR武蔵野線は府中本町と南船橋(西船橋と記憶していたが延伸したようだ)を環状に結び、首都圏の外側を半円状に走っている。武蔵野線の北朝霞は朝霞台と隣接しており、彼は東川口からバイト通勤していた。

 彼は冬休みのだけの短期バイトで、休憩時間に会話するようになった。ほどなく彼は、競馬の話をするようになった。競馬の話に興味は無かったが、「有馬記念」というレースだけは知っていた。出会ってから数日、彼が「有馬記念に一緒に行きませんか?」と誘ってきた。武蔵野線の府中本町駅は東京競馬場に、船橋法典駅は中山競馬場にほど近い。誘いに乗っても良かったが、その誘いに乗ることはなかった。俺は彼を“10代で競馬をやっている得体の知れないヤツ”と見ていたからだ。彼から「馬券を買って来ますよ。明日までに考えておいてください」と言われ、半ば強制的に馬券を買うはめになった。

 スポーツ新聞を買い、暗号のような出馬表“馬柱”を眺めた。おおよその意味はわかってきた。バイト代金で買う馬券は負けられない思いが強く、予想家たちの予想欄を無視することはできなかった。今でも覚えている。1番人気のホワイトストーンから宝塚記念の勝馬オサイチジョージの馬連を千円、ホワイトストーンからメジロライアンの馬連を千円買った。

1990_arimaoguri 1990年の有馬記念はオグリキャップの引退レース。この競馬史に残るレースが、自分が初めて馬券を買ったレースだった。結果はオグリキャップの復活、そして引退。持っていた馬券は紙くずになった。

 3年後、1993年の有馬記念でトウカイテイオーの「復活・引退」を的中できたのは、オグリキャップの教えがあったからだ。競馬歴は27年になった。何年かに1度は東京競馬場や中山競馬場に足を運ぶ。ディープインパクトのダービーも観た。

 武蔵野線の高架がある風景は荒涼とした“武蔵野”を思わせる風景が残る。あの電車に乗る度に感傷的になるのは、なぜだろう。そして、競馬の世界へのきっかけを作ってくれた、“ただ人懐っこいだけ”の純粋な彼に感謝し、伝えたいことがある。「あれから、競馬とは長いつきあいになったよ」、「1990年の有馬記念を観に行かなかったことを後悔している」と。

2016年12月22日 (木)

糸魚川大火を中継し続けたAbemaTV

 12月22日午前10時半ごろ、新潟県糸魚川市の商店街から出火。火は強い南風にあおられ商店や住宅などに燃え広がり、延焼は約4万㎡、150棟以上に及ぶ大火災となった。

Itoigawa_fire およそ火事の映像とは思えなかった。阪神大震災や東日本大震災のような映像だった。地上波テレビはニュースで取り上げていたが、やはり局地的なニュース扱いだったのに対し、インターネットテレビ「AbemaTV/AbemaNEWS」は提携するテレビ朝日とその系列局であるUX新潟テレビ21の映像を使いながら、ほぼ休みなくこの大火を中継し続けた。インターネットテレビの可能性を実感した。強風の影響を受けた延焼拡大などの状況は1976年の酒田大火に酷似するという。

㈱AbemaTV(アベマTV)  ㈱サイバーエージェントと㈱テレビ朝日の出資(サ社60%・朝社40%)により設立されたパソコン・スマホ向けライブストリーミング形式によるインターネットテレビ局。

酒田大火  1976年(昭和51年)10月29日に山形県酒田市で発生した大火。日本海を進む低気圧の影響による強風によって火災が拡大、大量の飛び火で消火活動が進まず、酒田市中心部22万5千㎡を焼失した。

2016年12月21日 (水)

冬至と県民性

Dsc_0562 冬至は「昼が最も短い日(夜が最も長い日)」。「日の出が遅く、日の入りが早い日」ではない。日の出が最も遅い(7時近い)頃ではあるが、日の入りが最も早い日は大雪の頃。2週間前に“ピーク”は過ぎている。

 今日の日没時間は長岡(新潟)16時30分頃。稚内(北海道)15時53分頃、東京16時31分頃、那覇(沖縄)17時42分頃。稚内と那覇では日の入りが2時間近く違う。長岡と東京では、ほぼ変わらないのもちょっと驚く。

 天候、気温も違うが“日の入りが2時間違う”北と南の暮らし。それだけをとってみても、「県民性」と言われるような気質の違いや、統計的・科学的な裏付けを持ってなんらかの傾向が示されることは、当然なことだと思う。

2016年12月20日 (火)

主治医

 20代からずっと、偏頭痛持ちだった。月に1度くらい定期的に痛みだし、ひと晩眠ると治まる。そんなことを繰り返していた。

Photo 若い頃から、血圧がやや高めに推移していた。35歳の検診時、「まだ若いが、薬を服用しなさい」と進めてくれたのが長岡中央病院の富所先生。35歳にして降圧剤服用になるとは…という思いだった。基本的に血圧を下げる薬は一生続くものだから。しばらく後、定期的に襲われていた偏頭痛が無くなっていることに気づいた。先生は「薬と直接関係があるかわからない」と回答されたが、その後、偏頭痛は1度も経験していない。偶然にも、遠い昔、父も先生の患者だったこと(高血圧で)が診察に役立ったのかもしれない。

 1年間処方を受けた後、転勤等で溝橋の窪田医院に2年、上越市直江津の小林医院に3年、現在は長岡駅のアイ内科クリニックに7年受診している。すべての先生に共通しているのは、「穏やかで威張ったたところがなく、医療知識に優れた名医ばかり」という点だ。

2016年12月19日 (月)

ある喜劇人の死

 「かわいがっていただいた。助けていただいた」

 「へこんでいたとき、舞台の袖で励ましてくれた」

 「舞台の袖にはけていく時の背中がかっこよかった」

 「同じ時期に同じ舞台に立ててよかった」

 「彼を忘れないでほしい。これからも彼を思い出してほしい」

 「顔は怖いが優しい。人間が男前。気遣い、ハートが男前だった」

 「舞台では体当たりの姿を見せていた。みんな彼の姿勢を見習わなあかん」

 12月16日 吉本新喜劇 島木譲二 脳出血のため72歳で死去。

2016年12月18日 (日)

年の瀬の予定調和

Sanadamaru 人の価値観は千差万別。この社会にはびこる予定調和(決まっていないのに、決まっている)には辟易している。しかし…

 大河ドラマ「真田丸」が最終回。大河ドラマは歴史上の人物の一生を1年かけて描くという命題のもとにあり、最後は必然的に死が描かれる。視聴者は1年を共に過ごし、身近な人になった主人公の死を厳粛に受け止め、感傷的になる。

 大晦日の紅白歌合戦は、その年に流行した歌(歌手)を聴くという面があるだろうが、嗜好が多様化し、流行した歌を紅白で初めて聴くということも珍しくない。近年、紅白でしか聴かない歌手(ヒット曲のないベテラン)は冷遇されている。紅白だからこそ、「紅白でしか聴かない歌を聴きたい」と考える人もかなりいるのではないか。

 毎年の定例パターンを踏むことは、無事に1年を終え、健やかな年を迎える道すじを歩むこと。年の瀬の予定調和にはそんな意味があるように思う。

2016年12月17日 (土)

交通安全

Tomare_hyousiki_2 昨日、奥さんが物損事故に巻き込まれた。成人のおよそ8割が自動車免許を持ち、狭い国土の中を運転している。「自動車運転者密度」のような指標があれば、日本の数値は世界有数となるだろう。

 人は人生で何回、交通事故の当事者になるだろう。人ごみの中で、人と接触することは珍しくない。腕と腕がぶつかることもあるが、袖と袖が触れ合うことなど珍しくない。

 これが、車と車になると接触事故になる。ここまで車社会となり、1日千件超の事故が起きている。事故が起きれば、事故に関わるすべての人が、気が重い時間を過ごすことになる。人身事故になれば事態は深刻度を増す。

 一時停止徹底、法定速度遵守、車間距離確保、左右確認。わずかな決まり事をしっかりと継続することが事故を防ぐことになる。

2016年12月16日 (金)

醤油の等級

 正月以外、ほとんど酒を飲まない家だった。たまに町内の酒屋が配達に来ても、置いていくのは酒ではなく醤油だった。キッコーマンやヤマサなど全国的なメーカーのものではなく、“越後獅子”ブランドの山崎醸造の醤油だった。

 やがて酒屋が閉店し、子どもたちが独立し、醤油の銘柄も変わっていたようだ。母親が最近使っている醤油が近所のスーパーにないというので、小売店を調べてみた。店はすぐに見つかった。いくつかのサイトを眺めていると、醤油に種類がることはなんとなく知っていたが、等級があることが興味深かった。

 【種類】 こいくち・うすくち・たまり・さいしこみ・しろ  成分は全窒素分、無塩可溶性固形分、直接還元糖の分析を行い、規格値の範囲に、色度については「しょうゆの標準色」に照らしてその範囲内に入っていることが必要。

 【等級】 標準・上級・特級(特級・特選・超特選の区分あり)  JAS規格により、特級・上級・標準に分けられ、特級だけに特選・超特選と表示できる。

   https://www.soysauce.or.jp/gijutsu/jas/top.html

 以前は酒類に等級(日本酒の2級酒だとか焼酎乙種だとか)があり、税率にも差があった。「醸造と税」には長く深い歴史があるようだ。醤油も醸造製品だが、“醤油税”があったのではと思い調べてみると、やはり明治・大正時代に存在していたようだ。

2016年12月15日 (木)

寒波も緩む

 新潟県内は冬型の気圧配置の影響で山沿いを中心に雪となった。長岡でも道路や屋根が白い雪に覆われた。湯沢や津南、魚沼市等では30㎝以上の降雪があった模様。

 ロシアのプーチン大統領が11年ぶりに来日。懸案である北方領土問題を含む平和条約の締結や経済支援・共同経済活動等について会談・交渉が行われる。日本とロシアの関係は“戦後”のまま。

 こんなブログで日露関係を語っても仕方ないので、別の視点。日本への到着が予定より2時間40分遅れたことについて、以下のような報道。

 ・露大統領府は遅れの原因について説明していない →「安倍首相との会談日程を混乱させ交渉の主導権を握ろうとする意図が透けて見える」と解説

 ・プーチン大統領は過去にも各国首脳との会談や国際会議に遅れており、2012年オバマ米大統領との会談に40分遅刻。同年のウクライナ大統領との会談に4時間遅刻。2013年 ローマ法王との会談に50分遅刻。今月2日に岸田外相との会談は2時間遅延。 →「プーチン大統領は国内で強大な権限を握るが、他国の指導者を相手に時間を守らない振る舞いについては非礼との批判もある」と解説。

Hoppouryoudo 非礼との受け止め方もわかるが、アメリカ大統領やローマ法王との会談に40~50分遅刻した“実績”から、日本の首相に2時間40分の遅刻は妥当ではないか。「遅刻は想定の範囲内」くらいでないと、領土交渉になど立ち向かえない。北方領土に関しては70年以上、遅刻している。

 今年はイギリスのEU離脱(ブレクジット)、トランプ大統領誕生と事前予測とは逆の結果が出る事態が相次いだ。ブレクジッ「ト」、「ト」ラン「プ」、「プ」ーチン。“しりとり”が繋がって、今年最後の番狂わせ、逆の結果がもたらされるかもしれない。つまり、北方領土が一部でも返還されるとか…。氷河期も、冷戦も、寒波も、ずっと続くということはない。

2016年12月14日 (水)

白と黒を混ぜて

Yahoo!ニュース = 時事通信から抜粋して引用(斜体部分)

 消費者金融など貸金業者に対する規制を強化する「改正貸金業法」が成立してから12月13日で10年が経ったという。金利上限の引下げや融資額の総額規制(年収の3分の1以下)が実施される等した結果、 

2015年度末 無担保の消費者向け貸付残高:4兆4,438億円(06年度末比約4分の1以下)

2015年度末 貸金業者数:1,926社(06年度末比6分の1以下)

  「武富士」は2010年に会社更生法適用を申請。「アコム」は三菱UFJ、「プロミス」は三井住友の傘下に。一方、過払いの利息返還請求は2015年度も2,500億円。過去10年の累計は6兆円を超えるという。「顧客を無視した利益至上主義が多重債務問題の原因になった。問題解決まではあと一歩」と業界団体は引き続き貸金業界の健全化に取組む意向を示している。

 白と黒を混ぜて灰色にした。消費者向け貸付残高も貸金業者数も、鵜呑みにしてはいけない。総額規制(年収3分の1)の対象外である銀行カードローンは右肩上がりで伸びている。銀行はクレジット系会社等と提携し、甘い汁を吸っている。CMも丸抱えなのではないか。ピンハネする者を表に出して白くし、その額を小さくしただけ。一方で、おおよそカードローン需要など見込まれない優良な属性を持つ客に対しては、不必要な「融資枠(ローン限度額)」の設定を“押し売り”している。

2016年12月13日 (火)

インド料理ニサン(長岡市)

Dsc_0569 「インド料理ニサン 長岡店」(国道8号線 旧大阪王将だった建物)。県内では三条市に次いで2店舗目のようだが、ネット検索すると関西圏などで同名のインド・ネパール料理店がヒットするので、そういったグループ店舗なのかもしれない。

 いきなりそんな裏側を勘ぐったのは、料理がとても美味しかったから。アジア系の料理店にありがちな「癖のある味」ではない。日本人好みの味への歩み寄り具合が絶妙だ。特筆すべきは自家製の「ナン」が衝撃的に美味しかったこと。おかわりもOK。ランチは700円~1500円まで9種類。写真は「ルンビニランチ」(780円)。カレーはチキンやキーマ、野菜等から選択。ランチ種類によっては数種類選べる。辛さは「普通・中辛・辛口・激辛・HOT」から選べるが、普通だと物足りない。辛口以上、カレー好きなら激辛以上で。また、ナンの種類を選べたり、ドリンクもチャイ、ラッシー等から選択できる。キッズランチ(550円)があるのも親切。これは通いたくなる。ディナーでも訪れてみたい。店員さんもインド・ネパール系(インド料理店の多くはネパール人料理人)の方だが親近感を持てる。

 【追記】複数回リピートした。やはりランチの方がコストパフォーマンスは高い。+300円の「チーズナン」は食してみる価値あり。

 インド料理ニサン 長岡市蓮潟5-1-1 ランチ11:00~14:30 ディナー17:00~21:30

2016年12月12日 (月)

雪国人の宿命

 週末、一時的にパラパラとした雪が舞ったが、ほんのわずかな時間で収まった。ルーフに雪を積んだ車を見かけたが「どこから来たんだろう」という気持ちで見ていた。この冬は、朝、窓辺に立ち、外を眺めると一面真っ白」という日がまだない。週間天気予報の雪マークも前日になると消えていたりする。平野部の降雪はクリスマス頃になるだろうか。

Tenki 北海道で記録的な大雪となり、札幌で12月上旬としては29年ぶりとなる65㎝の積雪を記録したという。ニュースは「183便が欠航した新千歳空港で1500人が夜を明かした」ことを報道するが、広大な北海道では、もっと降雪の影響を受けた人がいるはずだ。通勤・通学・物流等の生活面で影響を受けた人たちはその100倍も1000倍もいる。

 今年はラニーニャ現象が観測されていると聞いていたが、どんな冬になるか。気象庁の地球環境・海洋部という部署が「エルニーニョ監視速報」というのを毎月出している。最新号はNo.291。

 「秋に発生したラニーニャ現象が続いている。冬から春にかけて平常の状態になる可能性が徐々に高まり、冬の終わりまでラニーニャ現象が続く可能性は、平常の状態になる可能性と同程度である(50%)。春には平常の状態になる可能性が高い(70%)」という概要。ラニーニャだからどうこうと結論づけていない。3ヶ月予報は平年並み。

 雪国では「今年は暖冬だね」などと会話する人はいない。雪の量が多いか少ないか。天候で関心があるのはその1点だ。降雪量予報があるからといって何をするわけでもない。暖冬=少雪予報と聞いて安心したいだけ。少雪予報だからといって安心することはない。雪は1度の寒波で1メートル積もることもあるからだ。寒波襲来の予報に気分は沈み、根雪にならないかと心配する。積雪は道を1車線塞いだり、路地では自然に交互通行になる。雪国に産まれた人の宿命は、そんな心配事を、冬の間、ずっと持ち続けなければならないことだろう。

2016年12月11日 (日)

先進国中最下位

 「東洋経済オンライン」から要約して引用(斜体文)。 

 1.GDP第3位→ 1人あたりGDP第27位(先進国中最下位) 

 2.輸出額第4位→ 1人あたり輸出額第44位 

 3.製造業生産額第2位→ 1人あたり製造業生産額はG7平均以下

 4.研究開発費第3位→ 1人あたり研究開発費第10位 

 5.ノーベル賞受賞者数第7位→ 1人あたりノーベル賞受賞者数第39位 

 6.夏季五輪メダル獲得数第11位→ 1人あたりメダル獲得数第50位 

 世界に190以上の国がある中で日本はGDP第3位の経済大国。輸出額、製造業生産額、ノーベル賞受賞数などの世界ランキングで日本は高い地位を占めている。しかし、日本では「1人あたり」という話は聞かれない。国民1人ひとりの豊かさや、個人の能力発揮度合を見るには、「1人あたり」のほうが適切だ。日本は人口が多い(先進国で1億人以上の人口は米国と日本だけ)という要因はあるものの、「国は高いランキングにいるが、1人あたり(個人)で見ると順位が大きく下がる国」。デービッド氏の母国イギリスはかつて「イギリス病」などと呼ばれ、衰退していく国家の見本のように語られていたが、サッチャー首相が断行した改革等によって、欧州第2位の経済国に復活した。日本人が長時間労働をし、有休も取得せず働いても、「生産性は世界第27位」。労働者1人、1時間あたりで計算するとイタリアやスペインを下回り、先進国最下位の生産性。「失われた20年」を経て、日本は「日本病」に陥っていることを認識すべき。 

 デービッド・アトキンソン ゴールドマン・サックスのアナリストから、日本の国宝・重要文化財の補修を手掛ける小西美術工藝社に転じ、現在は社長。オックスフォード大学で日本学を専攻し、裏千家茶名を拝受する等、日本文化への造詣が深い。1965年イギリス生まれ。

 こういう記事を日本経済新聞で見たことがない。

2016年12月10日 (土)

東華飯店(見附市)

 「ソウルフード」というカテゴリーは10の記事を書けば終わると思う。ソウルフードが30はないだろう。飲食店に限定する気はないが、外せない飲食店が東華飯店。

 第四銀行見附支店の裏にあった頃から、40年近く通っている(といっても最近は年に1回か2回)。幼い頃、食べ盛りの頃の思い出話は無数にある。中学・高校の頃は「ミ大」と「ギ1」、みそラーメン大盛と餃子が500円で食えた。最近はもっぱらチャーハン大盛700円と餃子150円。

 ここより美味いラーメン屋や中華料理店はいくらでもある。ほぼすべての客がそんなことはわかったうえで来店している。東華飯店は風土や食文化であり、町の歴史、自分自身の歴史でもある。

 「食べログ」などで“よそ者”が口コミを投稿しているが、笑うしかない。そんなサイトの星が例え0個でも、この店から客がいなくなることはない。

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 東華飯店 見附市嶺崎1丁目 見附市中央公民館の裏 11:00~20:30(昼休憩あり) 定休日:月曜

2016年12月 9日 (金)

マレーシアからの小包

Windbreaker_2 初めてインターネット通販を利用したのは、利用履歴が調査できる範囲で2003年8月。Amazonで本を買ったのが最初。以来、ネット購入した店舗は、宮城、山形、福島、新潟、栃木、埼玉、東京、山梨、愛知、京都、大阪、福岡、鹿児島…キリがない。

 Amazonで注文したウインドブレーカーがマレーシアからの発送だと知ったのはメールに「Malaysia POST」の文字を見つけた時。その時から、嫌な予感はしていた。11/1に注文し、到着予定日が4週間後の11/29。11/8までの足取りは追跡できたのだが(下記)、予定日を10日過ぎた今日、マレーシアからの小包が届いた。本格的なコートを着込むまでの時期に着たいと考えていたが、季節を逸してしまった。肝心の商品も到底価格相応なクオリティではない。サイズ表記と現物の違いに驚愕(笑)。インターネット通販を利用して14年目。いい勉強になった。

【参考】 今回の小包の軌跡は下記のとおり(他の方のブログが参考になったので載せておく)。オーダー11/1。11/3に発送されている。受取予定日は11/29。到着は12/9。

Malaysia Post - Registered

Nov 08, 2016 06:35 amItem Arrived at Kwailabesi Aerodrom Malaysia Post - Registered Japan

Nov 07, 2016 03:25 pmItem Sent to JAPAN Malaysia Post - RegisteredMPC PMIH (KLIA)

Nov 04, 2016 12:35 pmItem Posted Over The Counter to Japan Malaysia Post - RegisteredMPC PMIH (KLIA)

Nov 03, 2016 05:58 pmDispatch PreAlert to Japan Malaysia Post - RegisteredMPC PMIH (KLIA)

Date & time are usually in local time of the checkpoint location.

2016年12月 8日 (木)

75周年を追悼

 12月8日は日米開戦、真珠湾攻撃の日。1941年12月8日から75周年の節目の年、安倍首相が日米開戦の舞台になった真珠湾を訪問するという。現職首相が真珠湾を訪れるのは初めてのこと。オバマ大統領は現職大統領として初めて、原爆を投下した広島市を訪問している。真珠湾訪問は、その返礼の意味合いがあるとみられ、戦後に終止符を打つとともに、同盟深化をアピールする狙いがあるという。自分はどちらかと言えばリベラル的な思考・思想に共感することが多いが、日米開戦75周年の年に首相が真珠湾を慰霊訪問することには何の違和感も持たない。

Nagumo ここ、長岡市は連合艦隊司令長官・山本五十六海軍大将の出身地。旧日本海軍による真珠湾奇襲攻撃の指揮を執った南雲忠一海軍大将は山形県米沢市の出身。上杉の時代から、上越・長岡と米沢は縁が深い。山本五十六が出身地でも尊敬の念を持って讃えられているのに対し、南雲忠一は出身地においてさえ、冷遇されている印象を持っている。南雲忠一海軍大将も追悼されるべき。Amazonで南雲忠一に関する古書を買い求め、75年前の戦争と軍人に敬意を表したい。

豊田穣 「波まくらいくたびぞ-悲劇の提督・南雲忠一中将」 (1973年) 著者豊田穣氏は海軍兵学校の出身。1971年(昭和46年)「長良川」で第64回直木賞を受賞。本書に記された南雲忠一海軍大将は海軍兵学校29期先輩に当たる。

2016年12月 7日 (水)

大黒天物産に期待

 西日本を中心に「ディオ」や「ラ・ムー」等の店舗ブランドで営業している大黒天物産㈱(東証1部上場)の長岡市(東栄地区)進出が決まったようだ。愛宕交差点の渋滞悪化に繋がるおそれはあるが、「選択肢の増加」という意味で歓迎すべき出店だ。

Dsc_0693_2 長岡市のスーパーマーケットが寡占状態あることは何回か記した。長岡市や新潟県においては某社の“ドミナント戦略”のお手本のような店舗出店が続いており、マーケティングの教科書に載ってもおかしくないほど、戦略の効果が出ている。どの店もキレイだし、商品レイアウトに統一感があるため、日々の買い物を恒常的に行う主婦や高齢層の支持があるように思う。どの店舗に行っても違和感がないため、時折、自分が今、どこの店にいるのかわからなくなることがある。

 自分は旅行などで出掛けた先でスーパーの食品売場に行くことを楽しみにしている。お土産屋にあるのものは、その土地の歴史や出来事を代弁するが、今の暮らしや人々の生活は語らない。以前、富山に行った時、平和堂(東証1部上場)というスーパーに入った。後で調べてみると、同社の本社は滋賀県にあり、富山店は同社にとっては東端の店舗だった。旅行先のスーパーで眺めるのは商品の製造ラベル。製造業者は富山県内の企業が多いが、石川、福井、滋賀、兵庫のものもある。意外に新潟は見かけない。営業地域が異なるということは、業者にとっての出口=味覚・食文化などの地域性、消費行動、顧客特性が異なるわけだが、小売業者にとっての入口=仕入れルートや卸売商社が違うということになる。商品ラインナップの違いに衝撃を受けたり、レイアウトや陳列方法にも感心することが多く、価格もかなり違っていたりする。 

 我々はスーパーも、商品も選択しているように見える。だが実際は、限られたスーパーが陳列する限られた商品から選択しているに過ぎない。選ばされているのが現実だろう。

 大黒天物産㈱はディスカウントスーパーのようだから、喜多町のダイレックスのようなイメージだろうか。スーパーもそうだが、何よりも商品の選択肢が増加することを期待している。もちろん、価格の選択肢も広がるだろう。

2016年12月 6日 (火)

遺影の写真

 昨日「昭和49年3月に祖父、昭和52年2月に祖母が亡くなった」と書いた。祖父は69歳、祖母は63歳だった。祖父の記憶は数えるくらいしかないが、祖父のことを記す。

Kiselu 祖父は「病弱な人だった」と聞かされた。「(兵隊として)戦争に取られたが、身体病弱のため帰された」とも聞いた。記憶に残る祖父は、病気に冒されていたこともあるが、体は細く、骨だけの体だった。火鉢の前に座り、キセルで煙草を吸う姿を覚えている。“明治の男”そのものだったと、今になっては思う。

 昭和48年の秋。日曜日か祝日の朝、祖父と父が出掛けるという。祖父と父が出掛ける。それだけで、どこがドキドキと、どこかワクワクとしていた。組み合わせが違うから。いつもはそんなことがないからだ。

 行き先は、何ということはなかった。小学校の前庭だった。家から小学校までは100㍍、前庭もその先100㍍だった。2人を追うように、あるいは、2人を追い越して前庭に着いたかもしれない。

 前庭は半円状の白い柵に囲まれており、普段、生徒が立ち入ることはなかった。秋の芝は色が抜けて薄い山吹色になっていた。休日の小学校に人影はなかった。父は茶色のカーディガンを着て、手にはカメラを持っていた。

 祖父は父の指示に従って、白い柵を跨ぎ、芝生にあぐらをかいて座った。眩しそうな表情をしていた。父が中腰になり、少し前に寄って、シャッターを切る。1枚、2枚、3枚。

 「お前も撮ってやる」と言われ、1枚。その後、祖父に抱かれて撮影したのかもしれないが、記憶がない。

 半年を経たずして、祖父は他界した。3月31日。春の訪れを待っていたかのように。

 あの日、撮った写真は祖父の遺影の写真だった。 

 あの日、秋の晴天を待って、2人は写真を撮りに出掛けた。

 あの日、父と、父の父との間にどんな会話があったのか。 

 あの日、祖父は父に受け渡したような気がする。リレーのバトンや駅伝の襷(たすき)のようなものを。

2016年12月 5日 (月)

病院へ続く道

 見附市内、刈谷田川にかかる瑞祥橋の架け替え工事が始まった。市内から瑞祥橋を越え、耳取方面に左折する道は「病院へ続く道」だった。

 昭和49年3月に祖父、昭和52年2月に祖母が亡くなった。祖父母が通院、入院していた長岡中央病院には数えきれないほど通った。

 瑞祥橋から耳取方面、椿沢を通って、浦瀬を右折、永田で左折、東北中学校の前を通り、川崎で栖吉川を越え、ニチエー(現在はエヌ・シィ・ティ)の裏に出る。中央病院はすぐそこだ。バイパスがない時代、父はいつもこの道を使っていた。

 父は仕事を終え、夕飯を済ませると、「お前も行くか?」と聞く。必ずといっていいほど父についていった。観たいテレビ番組もあったが、父について行く方を選んだ。見舞う祖母が喜んだし、自分が同乗した方が、父は安全運転になるような気がした。子どもながらそう思っていた。

2016年12月 4日 (日)

パソコンのこと

 パーソナルなコンピュータの履歴。パソコンは5台目=5代目。なぜか、その時々で「必要に迫られて」購入してきた経緯がある。

■98年 FMV-BIBLO NUVIII23 メモリ64MB HDD4.3GB 価格35万(Office含む) ●インターネット革命の端緒となった「ウィンドウズ95」搭載モデル。日本語入力ソフトが「一太郎モデル」か「ワードモデル」か選べたり、着脱式FDDが着いていたり。時代を感じる。定価353,000円(税別)。確かにその通りだった。冬のボーナスのほとんどを使って買った。「これからPCスキルは必須なものになる」という確信と覚悟のようなものがあった。“自分への投資”と考えていた。新潟市の「Dekky401」の2階エスカレーター脇にあったパソコンショップで購入した。ちょうどクリスマスの頃で、モサモサと雪が降っていた日だった。3年使用した。

Deskpower■01年 FMV-DESKPOWER C6/86WT(写真) メモリ128MB HDD40GB 価格20万(Office含む) ●家でも仕事をするために購入。ヤマダ電機長岡店で、会社の先輩と同時に同機種を買った。視力が低いこともあって、ディスプレイ・キーボードがノート型よりも大きいデスクトップ型にした。当時としては高スペックで、ワイヤレスキーボード・マウスだった。PCの機能や通信環境(ブロードバンド「ADSL」化が進んだ)も日進月歩した時代。テレビチューナーが搭載されていて、古い社宅でアンテナの分波器を使い、長い配線を通していたことを思い出す。Bluetoothの現代では信じ難い。06~08年は初めてのブログを書いていた。電源ユニット故障のため買い換え。7年使用した。

■08年 Inspiron 530s メモリ2GB HDD160GB 価格15万(Office含む) ●Dellのウェブサイトで購入。Dellのオーダー型は先進的だった。あらゆるスペックは前機種を上回っていたが、DESKPOWERが優秀な機器だったことは、これを使い始めてからわかった。「スピーカー内蔵ディスプレイって当たり前じゃないんだな」とか。DVDドライブがずっと不調だった。邪魔なスピーカーは処分して、「無音」で使っていた。「次は日本メーカーに戻す」ことを強く決意していた。この頃はインターネット9割、仕事1割。会社でUSBなどの記録媒体が使用禁止となって以降、家でパソコン仕事は無くなった。電源ユニット故障のため買い換え。8年使用。

■12年 Dynabook B252 メモリ2GB HDD320GB 価格3.3万 ●2年8ヶ月単身赴任していたが、費用負担を考えてネット環境がないまま過ごしていた。しかし、やはり不便。赴任して1年後にネット環境を整備し、その時に楽天(東芝ダイレクト)で購入した。当時がデフレのピークだったこともあって格安で調達できた。現在もリビングで使用中。同時に揃えたプリンターもデフレ商品で、HPのインクジェット機は4千円だった。

■16年 Dynabook EX/39 メモリ8GB HDD1TB 価格7万(Office含む) ●価格Com最安店舗で購入。価格はCPUスペックに比例する。購入するPCはCPUスペックが低いモノばかり。ゲームや動画編集などの趣味もなく、高スペックのものはいらない。姉が同時期に購入したVAIOの価格は3倍以上する。差は感じない。薄いゴールドにヘアライン加工されたデザインが上品でいい。

2016年12月 3日 (土)

ローカル路線バス乗り継ぎの旅 2 卒業

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 テレビ東京のバラエティー番組「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」を太川陽介・蛭子能収の名コンビが、次回の第25弾をもって卒業することが発表された。

 以前、記したとおり、この番組に惹かれる理由は“ロードムービー”であること。

    http://kasa.air-nifty.com/blog/2016/07/post-4d13.html

  “ロードムービー”には仲間割れがある。2人、時には3人が些細ないざこざを起こしながら進むところも、ロードムービーに欠かせない要素。

 2人、いや、マドンナを含め3人のように、路線バスで巡ることは難しくても、いつか訪れてみたい町がたくさんある。この番組は、全国的には知られていなくても、実は歴史ある町を紹介してきた。それは路線バスを使った旅だからできたこと。飛行機、新幹線、鉄道では縮尺が大きいのだ。

 ルートの枯渇、蛭子さんの高齢化等の課題は、2人の卒業で解決される。が同時に卒業するファンも多い気がする。番組コンテンツは変わらないから、新たな旅行者が「ローカル路線バス乗り継ぎの旅」の画面にフィットする想像ができない。

 新年の(名コンビの)最終回は、目をウルウルさせて鑑賞しよう。卒業に涙はつきものだ。

2016年12月 2日 (金)

軽やかに生きることは難しい

 先日、覚せい剤取締法違反罪で執行猶予中のシンガー・ソングライターが、同容疑で再度、逮捕された。レコードやCDを買ったことはないが、ヒット曲は時代と共にあり、同時代を生きる我々の多くは、多少なりともショックを受けている。

 シンガー・ソングライターは、“何かを伝えたくて”詩を書き、曲を作り、歌う。主張すること、伝えたいことがなければ、曲を作らなければいいし、歌を歌わなければいいのに、と思う。しかし、それを許さない何かがあるのだろう。 

 経済的成功のプレッシャーか。商業的なしがらみか。地位や名誉欲か。多くの取り巻き達か。

 本来、表現者とは自由“自らを由とする人”であるはず。

 彼は軽率だった。身軽で、軽やかであったなら、と思う。

 軽やかに生きることは難しい。

2016年12月 1日 (木)

川渡餅(上越市)

Kawatarimochi_2ネットニュースから引用 上越市で無病息災を願って11月30日と12月1日に食べられる「川渡(かわたり)餅」の販売が上越市の菓子店で始まった。もっちりした食感が特徴のあんこ餅を求め、市民らが列をつくっていた。川渡餅は上杉謙信が川中島の合戦前夜に兵士に餅を配ったところ、勝利した故事にちなみ、上越市で食べる風習がある。高田、直江津両地区の菓子組合加盟店の多くが2日間限定で1個108円(税込)で販売する。

 上越市直江津に勤務していた頃、この時期になると取引先から川渡餅の斡旋があった。なんということもないあんこ餅なのだが、上杉氏統治下の名残りを今に伝える風習が良い。上越は城下町であるせいか、和菓子屋が多い気がする。

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