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2016年9月18日 (日)

「こち亀」連載終了

Img “スーパーカー消しゴムの時代から、ポケモンGOの時代まで”

 久しぶりに手にとった少年ジャンプ。ページをめくった後の紙とインクの匂いが懐かしい。「こちら葛飾区亀有公園前派出所」連載40年とコミックス200巻の節目に連載終了。

 うちは毎週マンガ雑誌を買ってもらえるような家庭ではなかった。それ以前に遊びや部活などに忙しく、マンガ雑誌に興味がなかった。唯一、興味があったのは野球マンガの「ドカベン」(少年チャンピオン)。どこかで手に入れた少年ジャンプの「こち亀」は、ラジコンやテレビゲームなど、当時の子供にとってはお金がかかるオモチャやあこがれのアイテムが多数登場していて、自分自身の暮らしとは少し距離のあるマンガだった。

 高校生になると、次第に両さんとの距離が縮まっていった。小学校高学年になった弟と共有でジャンプを購読した。小遣いから、自分が100円、弟が80円、そんな具合に。ジャンプで1番の楽しみは「こち亀」だった。「今回はどんな力技(ちからわざ)で笑わせに来るのだろう」と、毎週楽しみにしていた。キャラも丸みを帯び「人情もの」と言ったらいいだろうか、胸を熱くするような話も描かれるようになっていった(名作「お化け煙突が消えた日」は1988年第18号掲載)。当時の少年ジャンプは、発行部数400万部突破という時代だった。連載作品は「北斗の拳」、「ドラゴンボール」、「キン肉マン」、「キャプテン翼」などマンガ史に輝く作品ばかり。数年後にピーク発行部数653万部(週間誌)を記録したというから驚く。

 作者の秋元氏は主人公の両さんが、まるで本当に実在する人物であるかのように語る。これは「ドカベン」の水島新司氏が「史上最高のバッターは山田太郎」と真剣に答えたことと同じ現象。万人に認知されたキャラクターは、作者の構想や雑誌紙面を超越した存在になるのだろう。

Kochikame 先日、BOOK・OFFで本を売った。新書や文庫の買取価格に対し「こち亀」の買取価格は高い。それは需要があるからであり、人気凋落しての連載終了ではない。それにしても40年。連載開始時の首相は三木武夫。その前は田中角栄だ。“スーパーカー消しゴムの時代から、ポケモンGOの時代まで”と書いたが“列島改造論の時代から、アベノミクスの時代まで”ということにもなる。この間、マンガは子どもの娯楽から日本の文化、アイデンティティのひとつにまで成長し、昇華した。秋元氏と両津氏は、そのことの功労者といえる。

 時々、コミックスを手にとっていた。そこには必ず安心できるストーリーがあり、楽しいひととき、息抜きの時間を与えてくれた。心から感謝したい。

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